【25】古代人宇宙飛行士説
「あれはなんだったのですか?」
部屋に戻り、それぞれは順にシャワーを浴びた。それがひと段落した時、縁が沈黙を破った。すでに夜の十一時を回っていたが、食欲など無い。
「さぁ」
要は、帰り際に手渡されたノートパソコンのキーボードを操作しながら、気のない返事をした。脱力したようにソファに背を預け、相が水のペットボトルを傾ける。時野は濡れたままの髪を、タオルで拭いていた。ドライヤーで乾かすのが常なのだが、一人でいると先ほどの光景が脳裏を過ぎり、怖くて仕方がなかったのだ。
「要。貴方は頭部の事を……あの小さい人間のようなものを、事前に知っていたんですか?」
縁の問いに、要はモニターを見たまま頷いた。
「日記に書いてあったから」
「日記?」
「クイーンズ教室に在籍してはいなかったけど、その前身となった研究者集団にいた科学者の一人が、石室の方のマリアを解剖したんだ。そっちの記録を、俺は見た」
「研究報告書か?」
相の言葉に、要は俯く。それから、少し考えるようにして唇を動かした。
「普通の日記だよ。多分俺と廉しか読んでない」
「誰の日記なんだ?」
時野が聞くと、要が視線をあげた。
「俺の産みの母親の日記だよ。頭部に部屋があって、生物がいたとしか記されていなかったけど、X線を見て、推測したんだ。その生物が音楽を発していることも分かってた」
要の声に、再度縁が言う。
「それで、あれはようするに、なんなんですか?」
「だから分からないんだよ」
「では、なんだと思いますか?」
その言葉に、要が長い瞬きをした。三人はそれを見守る。
「あくまでも推測だけど」
「構いません」
「恐らく人格や記録、意識、そういったものを持っているのはあの小さい奴だよ。正確には、それらをDLしている存在だと思ってる。意識のデータ化……意識を情報化して、ひきついでるんだと思うよ。人工生命体とでもいえばいいのかな。もっとも個性もあるだろうけど。ある種の不老不死の存在だ。心臓とか、動いてた体の方は、恐らくは生体スーツみたいなものだよ。量産化されているんじゃないかな。だからマリアとイヴの遺伝子は一致したんだと思う。元々は俺達と同じ人間で、体を機械化したとも言えるかな」
「そんなことが可能なのか?」
相が眉を顰めると、要が静かに頷いた。
「現在の科学で実現されたという話しは知らないけど、理論上は可能だよ」
「ではあれは、人間なのですか」
「俺はそう考えてる」
実感がわかなくて、時野は無言で腕を組んだ。その前で、相がさっそくスケッチブックを開く。絵を描くのだろう。
「じゃあ宇宙人じゃないんだな?」
時野が呟くと、要が僅かに首を傾げた。
「否定は出来ないよ。人間は宇宙に進出してる。宇宙にいた人間の可能性もある。それは宇宙人と言っても差し支えないんじゃないかな」
「……要。もしかして貴方は、意識を機械化し、人間と同じ体をスーツにした古代人が、宇宙に行ったと言いたいのですか?」
「うん、そう」
きっぱりと頷いた要を見て、あり得ないと思うのに、時野は反論できなかった。縁も同様らしい。相は作業に集中している様子で、会話には入ってこない。入りたくなさそうだった。