【26】解読作業
「では、あの音はなんだと思いますか?」
「順当に考えれば、彼らの言語じゃないかな」
「声か。まぁ声と言われれば、そんな感じだったよな」
時野が頷くと、縁が納得したような顔をした。
「確かにあれは、日本語に聞こえました」
その言葉に、驚いたように要が顔を上げた。
「どういう事?」
すると立ち上がった縁が、ピアノの前に座る。
そして、三本の指を同時に下ろし音を出した。
「この音が、『す』です。こっちが、『め』です」
それから縁が短いフレーズを演奏した。それは先ほど聞いた物の一部と一緒だった。時野にも分かる。特徴を感じさせるのだ。
「これで、『すめらみこと』と聞こえました。日本語のようではありませんか? みこと、というのは」
要が唇を手で覆い、真剣な眼差しに代わる。
「すめらみことって天皇の事だっけ?」
時野が言うと、要の表情が険しくなった。
「他には?」
「ええと……このフレーズは、『くさなぎのつるぎ』でしょうか。『じんぎ』というのもありました。覚えている限りでは」
「草薙の剣……三種の神器の事か?」
時野が呟くと、要が視線を向けた。
「古事記だっけ? 俺は、あんまり詳しくないんだけど」
「そうそう。日本武尊が、八岐大蛇を退治した時に、出てきた剣」
「何故古代人が日本語を話すのでしょうね?」
「遺跡も日本のものに近かったし、不思議はないけど」
要が考え込むような顔で言う。
「明日にでも楽器を持ち込んで、会話が成立するか試してみよう」
縁がそれに頷いた。時野は、小人と聞いて親指姫の童話を思い出していたのだが、今回は竹取物語のかぐや姫を連想した。同時に八岐大蛇と、空に走った亀裂から姿を現した黒い物体が脳裏で混ざり合った。
もしかしたら、と考える。
古代にも、あの亀裂が出現したことがあったのかも知れない。だとすれば、簡単に街や、あるいは文明が滅びただろう。それもクレーターのようになるのであれば、例えばアトランティスが沈没したなんて言う話しのように、一つがまるまる消えてしまうこともあったかも知れない。それに直面したら、技術があったのであれば、宇宙に逃げたとしても何らおかしくはない。
「出来た」
その時相が声を上げた。そこには写真のような、先ほどの小人が描かれていた。
「この壁の文字、間違いない?」
「ん? ああ。絶対あったぞ」
要の言葉に、立ち会っていた時は全く気づかなかった時野は、じっと見る。それは遺跡に記されていた文字と同一のものに見えた。
「会話が成立したら、この文字の読み方も分かると良いんだけど」
要が自分に言い聞かせるように言った。
時野がそれを見守っていると、ポツリと相が言った。
「なぁ、写真に写らないことも日記に書いてあったのか?」
「そうだよ」
「前回は、お前の父親も立ち会ったのか?」
「それはないと思う」
「今回も立ち会ってないよな。見にも来なかった。日記を読んでたんなら、何も要が来るのを待たなくても、自分で解剖すればいいだろうが」
素朴な疑問だというように相は言う。すると画面に視線を戻して要が嘆息した。
「日記によれば、あの音楽で死ぬことはないと分かっていたけど、それは絶対じゃなかったし。内部に箱のようなものがあるのも分かっていたけど、内部に特殊な病原体がいないとも限らなかったからね」
「は?」
相が呆気にとられたように声を上げる。時野は、嫌な汗が浮かんできた気がした。
「俺と廉のどちらかが解剖をするのが、日記も読んでいるし、適切だった。それで、俺と廉がそれぞれ立ち会って被害にあった場合、対処する人がいなくなるから、リスク分散で廉は立ち会わなかったんだ。俺と廉を比較した場合、ここに人を集める計画一つとっても、国際社会への影響力、貢献度共に廉の方が高いからね。俺は兎も角、廉が今死んだら人類は困る、と言う結論じゃないかな。そもそも廉はまだ子供を作ることも出来るし」
感情をのぞかせずに要は言う。時野は、父親は厳しいが家族仲が比較的良いから、要と廉の親子関係が少し疑問だった。天才とはこういうものなのだろうか。
「私達も死んでいたのかも知れないのですね」
縁が目を細めた。
「出来れば今後は、事前に話して下さい。そう言う危険性は」
「うん。ごめん」
要が素直に謝った。この日はそれでお開きとなり、まだパソコンで作業をするという要を残して、三人は眠ることにした。