【27】通訳
翌朝には食欲が戻っていた。今日からは、ホテルの人が朝食を運んでくれるという。
皆でスクランブルエッグなどを食べながら、本日はいよいよ会話を試すのだと確認し合った。食後、エリア7まで降りて、昨日の手術室へと向かう。すでに電子ピアノが搬入されていた。時野はふと思いついて呟く。
「小人はお腹減らないのか? 何か持ってきた方が良かったか?」
「……少なくとも取り出した『部屋』の内部に排泄するための構造はなかったし、これまでの間に何かを食べていた形跡もないよ。多分、機械だから必要ない」
「オイルとか?」
時野のその言葉には、要は何も言わなかった。
無言のまま、黒い布をとる。すると十二単をまとった小人が顔を上げた。すぐに曲が流れ始める。要がすぐに縁を見た。
「私に古語の知識を期待しないで欲しいのですが、仕方がありませんね」
溜息をついてから、縁が続ける。
「現代口語に直すとすれば、『おはようございます』と言ったところでしょうか」
縁はそういうと、鍵盤を叩いた。すると小人の歌がやんだ。そして――小人が嬉しそうな顔をしたのが見て取れた。微笑んでいる。再び歌が流れ出した。
「『人類に危機が迫っています』」
「危機とは何?」
要が問うと、縁が頷き、曲を奏でた。どうやら縁は通訳係になったらしい。
時野は、実は縁は、勉強も普通に出来るのではないかと考えた。普段はやる気がないだけなのではないだろうか。一緒にいて思うのだが、縁には教養があるのだ。ならば勉強だって出来る気がした。
「『黄泉へ通じる亀裂が開き、人知を越えた存在が現れます。例えば、八岐大蛇と我々が呼んだ怪物です。これは後世にわかりやすく名付けた通称です。黄泉は、正確には――』……惑星しか理解できません。ええと要約すると『外宇宙の星から転送装置(?)を通してやってくる異星人が生み出した知能ある兵器です。アトランティスやムー大陸、レムリアを消滅させた存在です』……オカルトですね……」
「対抗策はないの?」
「『私達は、貴方達に、三種の神器を残しました。私達の科学知識の結晶です。しかしながら、神器を扱うことは、多くの人間には出来ません。生み出した科学者達が亡くなった後、私達はそれを使うことが出来ず、地球を捨て宇宙に逃れました。創造した者達と同等の知性を持つ者ならば、あるいは使用可能でしょう』」
「キメラは、一体何?」
「猫型の巨大動物で良いですか?」
「うん」
「『私達がこの星に戻る時、現世人類の存在が邪魔でした。そのために、発掘しうる科学を再発見した者達が現れた時に備え、駆除するために用意した生物型兵器です。しかし、信じて下さい。今の私達は、純粋に、あなた達を友人だと思っています。同じ人間だと確信しています。そして地球の未来を憂いています。私達を信じて下さい。私達は、あなた達に危機を報せにやってきました』」
「キメラの退治方法は?」
「『死滅させる独自のウイルスが存在します。キメラの遺伝子にのみ反応するウイルスです。作成方法の詳細は、キメラが封印されていた石室の壁に記載されています』」
「それにしても再発見か……今の、この文明は、何度目の科学文明?」
「『わかりません。ただし私達の文明社会、アトランティス文明の栄えた時代には、すでにそれ以前の時代に高度に発展した文明があったことが分かっています。その文明の遺産は、ピラミッドです。彼らは、火星にも同様の遺跡を残しています』」
「じゃあ、宇宙人の兵器の脅威にさらされたのは、何度目?」
「『私達が把握している限り、今回で三度目の襲来期です』」
「これまでの話しを証明することが出来る?」
それまで淡々と質問していた要が目を細めた。ここに来て疑うのかと、時野は笑みが引きつりそうになった。縁が鍵盤を叩くと、すぐに小人が歌う。
「『勿論です。私達は、私達が知るこれまでの地球、主に日本の記憶と科学知識を、映像化して保持しています。この記録を渡すことも、私の一つの使命でした』」
「貴方の名前は?」
「『カグヤと前回訪れた時は呼ばれました。さぁ記録を受け取って下さい』」
小人は歌い終わると、球体に小さな歩幅で歩み寄った。人形遊びを見ているようだ。
すると球体が転がった。必死に小人はそれを押している。それから再び歌った。
「『この装置に全ての記録が入っています』」
頷いた要が、手を入れ、それを慎重に取り出す。
「ありがとう。解析する努力をするよ。それと――」
要は小さく吐息してから時野を見た。時野は首を傾げる。
「カグヤさんは、何か食べる? 食事を用意しようか?」
縁が微笑してそれを演奏して伝えると、硝子の向こうで小人が微笑んだ。
「『お米を久しぶりに食べたいです』」
頷いてから、要は水槽に黒い布をかぶせた。会話は成立したのだった。
それから三人で、一度部屋へと戻ることにした。