【２９】帰ったら何したい？

　廉の言葉を信じるならば、三種の神器であるらしい黒い物体を持ち、４人は部屋に戻った。

　時野と相と縁がそれぞれ持っている。要は、ＵＳＢから記録したデータを持っている。
中に入り、定位置と化したソファに座って、時野は改めて黒いオカリナ（？）を見た。掌の上にのせると、しっくり来る。ちなみに形状はバラバラで、時野が持っているものがオカリナに見えるだけだ。縁がつかんでいるのは棒状で、笛のように見える。相が持っているのは、三角形のピラミッドのようなものだった。勾玉でも鏡でも剣でもない。

　要は画面をにらみつけるようにして、動画ファイルと文字を一致させている。明らかに不機嫌そうだった。こういう時は、甘いものでも差し出すべきか。時野が思案していると、縁が深々と溜息をついた。

「さっぱりわかりません。何故これが三種の神器だと断定できるのでしょうか」
「知らねぇよ。同感」

　相が目を細めて小型ピラミッドを見る。

　時野はオカリナを見て、違いを頑張って探した。一応、吹く場所を上だと仮定すると、左右にも穴が空いている。しかも大きい。

「けどカグヤ姫だっけ？　結構怖い事言ってたよな」

　相が思い出すように虚空を見た。

「最初は俺達を滅ぼすつもりだったんだろ？」
「まるで神気取りですね」
「実際神様だったりしてな」

　時野がそう言って笑うと、縁と相が吐息に笑みを混ぜた。

「それにしてもお腹がすきましたね」

　縁の言葉に時計を見れば、既に夕食の時間だった。ここのところ、ろくに食べていない。
　相はピラミッドを机に置くと、クッションを抱えた。

「それより俺はすごく眠いぞ」

　確かに最近、睡眠時間も少ない。

「俺達、結構頑張って救世主業やってるよな」

　時野が肩をすくめてそう口にすると、縁と相も大きく頷いた。ちなみに一番働いていないのは自分だという自覚が時野にはある。しかし一緒に行動していれば、同じように疲れるのだ。それから要を一瞥する。多分一番疲れているのは要だろう。しかし要の集中力が途切れる様子はない。

「みんな、無事かな」

　相が呟いた。縁が溜息をつく。

「日本自体が無事だと良いのですが。私達が帰る頃には、本土が消滅していたりしたら嫌ですね」

　確かに想像すれば怖い。時野は、夏休みの宿題をしている場合ではないなと一人考える。
ただ、未だに現実感が薄いのだ。本当に、この島の外では、話しにあがっているような奇怪な出来事が起きているのだろうか。

「お前らは帰ったら何したい？」

　なにげなく思いついて時野が聞くと、相が天井を見上げた。

「かんぴょう巻きだな」
「私は卵ですね」
「また寿司かよ。まぁ、あそこは美味かったけどな」
「要は何かしたいことはありますか？」
「……カノジョが欲しい」

　予想外の答えに、皆が吹き出した。しかし笑っている場合ではない。このメンバーは、皆、もてないのだ。顔は良いと思うのだ。だが、もてない。人間顔ではないのだろう。

「しっかし、南海リゾートのはずが、こんなことになるとはなぁ」

　相が苦笑する。縁が大きく頷いた。

「どのみち学校も休校だったのでしょうし」
「ま、まぁ、一応俺達、保護してもらってるわけだろ？」

　時野が曖昧に笑うと、相と縁が顔を見合わせた。

「俺だったら……まずは、相手の頭を狙うけどな。寧ろ一カ所にいたら、まとめて殺りやすくねぇか？」
「確かに私達は格好の的ですね」

　そんな考えは全くなかったため、時野が息を飲む。

「例えば地球侵略が目的で大多数の人類の存在自体が駆除対象なのだとしても、やはりまずは頭脳を叩きそうなものですが」
「ここが頭脳だって分かってないのかも知れないぞ？」

　縁に対して時野が言うと、腑に落ちないという顔で縁が首を傾げた。

「そうかもしれませんが……」
「ま、分からないことだらけって事だよな」

　相はそう言って、ココアを飲む。その時要が立ち上がった。

「終わったよ。解読できる。相さん、スケッチブックを見せて」
「おう……でもお前、少し休めば？　顔色が悪いぞ？」

　相が差し出した絵を受け取り、要がポツリという。

「ありがとう」

　しかしすぐにパソコンの前へと戻り、再び作業を開始した。ウイルスの作成方法の解読に、早速取りかかった様子だ。

　それから三人は、冷蔵庫に入っていたチーズやハムを適当に食べてから、眠ることにした。

　その日も夜遅くまで、要は作業していたようだった。

　翌日時野達が目を覚ますと、要の姿はなかった。メモがおいてあって、ウイルスの生成のために、実験室へ行くとのことだった。キメラの遺伝子解析も同時に行うらしい。

「あいつって働き者なんだな」

　運ばれてきた朝食を食べながら相が言う。

「要がいなければ、この世界は滅亡していますね」

　縁が頷きながら箸を動かす。本日は日本食だった。

「なんでそんな天才が日本の高校に通ってるんだろうな」

　時野が呟くが、誰も答えは知らない。
　そこへ、要が戻ってきた。目のしたには赤いクマがある。

「大丈夫か？」

　思わず時野が聞くと、疲れ切った様子で要が頷いた。

「少し寝てくる」

　そしてそのまま要はベッドに向かった。出来ることが何もないのが心苦しい。
　時野がそんな思いで溜息をつくと、厚焼き卵を食べながら縁が瞳を揺らした。

「他の天才や研究者は何をしているのでしょう？」
「そう言えば見ないな」

　相が首を捻る。時野はふと陸魚の事を思い出した。会いに行ってみようか。少し悩む。
　梓馬ならば、すくなくとも自分よりは様々なことを知っているはずだ。
　日本の状況に関しても、間違いなく知っているだろう。

「そもそもクイーンズ教室のやつらも要のこと手伝えばいいのにな」

　相が言うと、縁が目を伏せた。

「妃廉博士も何をしているんでしょうね？　何か別の研究でもしているのでしょうか……？　それとも雑務に追われているのか……」
「要の居場所を知らなかったって事は、要が連絡してなかったんだろうし、あんまり仲良くないのかもな」

　時野が呟くと、皆が複雑な心境で言葉を止めた。まぁ、真相は考えたところで分からない。それから三人は、久しぶりにやることが無くなったので、だらだらして過ごすことにした。