腐男子の幼馴染からすると、ここは、王道学園らしい。

 現在、ソファでPSPで遊んでいる幼馴染――和田は、卓球部の期待の星だ。俺も、中等部までは、卓球に勤しんでいた。和田との出会いは、小学校時代のスポーツ塾で、奴の誘いもあり、俺は中等部から、この大波羅学園に進学した。

 しかし中3の中体連を最後に、引退した。周囲には、高等部に入ったらリア充になるから、イメージがヲタクな卓球からは遠ざかると断言したのだが……実際には、中3の秋に、アスファルトの上で、すっ転んで左手を痛めて満足に卓球ができなくなってしまったという切ない現実がある。

 卓球とは、繊細なスポーツだ。球一つ、ラバー一つとっても感覚が変わる。
 肉体的変化――それこそ他の球技のように身長や二次性徴からはあまり影響を受けないとはいえ、腕の微細な感覚は大きく動きを左右する。俺は右利きだが、左腕の動きがいかに重要なものであるかというのは、幼い頃から卓球に慣れ親しんでいればよく分かるだろう。

 スポーツ推薦で入学したものの、卓球が無くなってしまった俺。
 別段だからと言って、退学を迫られる事も無かった。
 だが、だからこそ、今後の方向性に悩んだ。

 俺のやりたい事って、卓球の他には、何があったんだろう?
 そう考えていた俺は、ポツリと呟いた。

「俺って、何がやりたいんだろうな」
「? リア充になりたいんじゃ?」

 至極明瞭に和田に言われて、俺は引きつった笑みを浮かべそうになったものである。
 ――だが。

 それも良いよな。ここは男子校であるが、卒業後は大学に行く等、女子と触れ合う機会も増える。俺は、お世辞にもイケメンでは無いが、何やら女子という生き物は、実際の顔面造形というよりも、”雰囲気”……即ち気の使い度等も考慮して、”イケメン”か否かを判断するらしい。そこで俺は、雰囲気イケメンになるべく、研究を開始する事にした。

 研究というと大げさだが、そう言うしかなかった。理由は、開発費(=部費)が、欲しかったからだ。そう、俺は、部活を立ち上げる事に決めたのである。大波羅学園は、部活所属が必須だ。帰宅部は存在しない。全寮制なので、帰宅するとバレる。また、運動推薦だった俺は、各地の他の部活に今更入るのが、どことなく気まずかった。そこで部活を立ち上げた。所属必須の代わりに、部活の立ち上げが自由な校風である。

 その名も――雰囲気イケメン研究部!

 と、言うのは、嘘だ。あくまでもこれは通称かつ実態であり、こんな名前じゃ申請には通らない。正式名称は、『親衛隊保持生徒特徴研究部』である。

 ……俺からすると、あんまり変わらない。

 この学園には、”親衛隊”という存在がいる。中等部で入学した頃は、衝撃的だった。人気者の生徒には、ファンクラブのような”親衛隊”というものが組織されるのである。なお、親衛隊は、部活扱いだ……。

 高等部に進学して、この部活を立ち上げるまでは、俺にとっては遠い存在だった。ごくごく平凡な俺には、親衛隊が組織された事も無かったし、卓球部で親衛隊持ちなのは、和田ONLYだったからである。その和田であるが、この部室にサボりにくる。

 部長俺、副部長水栄しかいないこの部は、腐男子妄想を口走るのに丁度良いそうだ。
 腐男子……これは、何やら、男同士の恋愛関係を妄想するのが好きな人種らしい。

 その時、ガラガラと扉が開いて、水栄が入ってきた。

「お疲れ様です」

 淡々とそう口にした水栄楓は、部員ゼロを覚悟していたこの雰囲気イケメン部の最初にして、最新の部員である。水栄は、眺めの茶色の前髪を揺らし、抱えていた大きなダンボールをドンと自分の机の上に置いた。

「何だそれ?」

 俺が尋ねると、水栄が顔を上げた。

「親衛隊長一覧表を作成しようと思って」
「あ、ああ、そう」

 曖昧に俺は頷いた。頑張って笑顔を作った。
 俺、現在は高等部二年生である。水栄は、現在一年生だ。
 なんでも水栄は、各親衛隊の隊長のファンらしい。しかし、親衛隊の隊長に対する親衛隊作成行為は、学園において禁止されている。そのため、彼にとってはこの部の存在が、正しく救世主だったらしい。しかも水栄は、”親衛隊”の”隊長職”に心惹かれるだけらしく、特定の親衛隊の隊長が好きだというわけでも無いようだ。俺にはよく分からない世界である。だが、和田には理解できるそうで、この二人は、比較的話が合うようだ。

 普段は寡黙な水栄と、普段は独り言(勇者×魔王×勇者萌えぇえええ! 等)が多い和田の会話の成立風景は、眺めている俺には、いまいち理解不能ではあるが。

 そんな俺は、普段はメンズファッション誌を眺めるという作業に従事している。
 雰囲気イケメンの研究のためだ。
 無論、それは口実であり、実際には、時間潰しに終始している。

 だが、見ているだけでも、意外と知識は身につく。今年流行の色だとか。
 今年に限らず、俺は幼い頃は、紺色は紺色として教わり、ネイビーでは無かったし、赤紫色の格好良い言い方はワインレッドであり、ボルドーでは無かった。

「どこの親衛隊から手を付けるんだね?」

 和田が聞くと、水栄が小さく首を傾げ、悩んだ顔をした。

「やっぱりここは、生徒会の親衛隊から行こうと思っていて」

 その声に、俺は腕を組んだ。生徒会の親衛隊……生徒会メンバーには、それぞれに親衛隊が組織されている。そもそもウチの学園では、生徒会メンバーは、抱きたい・抱かれたいランキングなるものの上位者が抜擢される。

 結果、今季は、俺様生徒会長・王子様風キラキラ副会長・チャラ男会計・寡黙書記・双子の生徒会庶務、少し遅れて編入してきた生徒が生徒会補佐をしている。俺から見ると、毎年似たような方向性のメンバーなのだが、和田から言わせると、今年はいつも以上にパーフェクトらしい。知らん。


 こうして――今日も、部活の時間が流れていった。