寮の部屋へと戻った俺は、冷蔵庫の扉を開けた。
 この学園には、巨大スーパーが併設されていて、自炊可能である。
 なんでも、生徒の自主性を伸ばすためらしい。

 自主性……それを伸ばすために、生徒会等も、非常に働いている。どう考えても一般社会であれば教職員の仕事だろう事まで行っている。それを言うならば、風紀委員会もそうだろう。警備員さんが校門にはいるというのに、学内で警備活動を行っているのは、風紀委員達だ。そもそもの話、学内で警備が必要な学園なんて危険だと俺は思うが……な、なんと、俺には世界が違う事に、同性同士の強姦被害が後を絶たないらしい。

 思春期エロ真っ盛りの男子が押し込められた学園であり、最寄りの街までも車で二時間もかかる山間部にある学園のため、性のはけ口も恋愛対象も同性同士が圧倒的に多いという。部活一筋だった俺は、中等部までは深く考えて来なかったので、実感が無かった。しかし暇になった現在、確かに周囲を見渡し、可愛らしい男子等を見ると、時々変な気になる。だって……可愛いのだ。別に俺は、同性愛に偏見は無い。

 和田なんかはその点、「俺、は、ノーマル!」と、度々口にしている。
 しかし奴の性的嗜好に、俺は一切興味が無い。

 なお、部長特権で、俺は一人部屋だ。各部の部長等は、寮において、会議などの関係(?)から一人部屋と定められているらしい。帰宅後まで部長の部屋に集合して会議をしている部活って、ちょっと尊敬してしまう――最初はそう思っていたが、実際には親衛隊の雑談の場所だったり、人気過ぎて強姦被害に合いそうな人々の保護的観点だったらしいと最近知った。まぁ良い。本日は、焼きそばを作ろう。

 それから風呂に入って、寝た。
 翌日の一限は、ホスト風数学教師による、難解な数学で、俺は辟易した。
 ――俺は、勉強が出来ない。致命的だ。
 しっかり聞いているのに、さっぱり頭に入ってこない。入ってきたとしても、理解できない。小学校時代から、卓球一筋だったせいだ(と、自分に言い訳している)。こんなんで、果たして大学に入れるのだろうか? まぁ、少子化も著しいし、どこか一箇所くらい、受かるだろう。複数の滑り止め私立を併願出来る程度には、我が家は裕福だ。

 我が家というか、この学園の生徒というのは、多くの場合、金持ちの家の子だ。両家の子息が通うとして評判の学園でもある。例えスポーツ推薦であっても、成績と同じくらい家柄が重要視されるらしい。こればかりは、家族に感謝するしかない。俺の実家は……卓球塾の経営をしている……。生まれた時から、卓球に密着していた俺。しかし俺は次男だから、あとを継ぐ必要は無い。その代わりに、進路には悩んでいる。

 放課後になったので、部室へと向かうため、俺は教室を出た。
 二階の廊下を歩きながら、窓の外をチラッと見る。
 各地で……抱き合っていたり、手を繋いでいたりする、恋人達(男同士)。
 親衛隊に囲まれていたり、崇拝対象を囲んでいる親衛隊メンバー。
 みんな、楽しそうだ。

 こういうのを見ていると、俺も恋をしたり、誰かに憧れたりしたくなる。
 しかし、しようと思っても、中々出来ないのが恋愛らしい。
 俺の胸にトキメキが降りてくる事も無ければ、誰かが俺にトキメキを覚えている気配も無い。生徒数が多いのだから、一人くらい俺に惚れていても良いだろうに……。

 部室の扉を開けると、既に水栄が来ていた。今日は、和田の姿が無い。明日練習試合だと言っていたから、今日は集中して練習するのだろう。サボリには来るが、それも練習の合間であり、和田はガチガチの卓球選手である。お遊び運動部が多いこの学園にあって、卓球部のみ、全国大会に出場している。ただし――それは、和田単独の話である。

「部長」
「ん?」
「生徒会の各親衛隊のインタビューに行きたいんですけど」

 水栄が、珍しく自主的に発言したと思ったら、結構難易度が高い事を言い出した。
 ――生徒会の各役員の親衛隊というのは、その辺の一教師よりも大きな権限を持つ。
 怒りを買ったりしたら、制裁は免れない。制裁というのは、所謂イジメだ。

「僕がインタビューをするので、部長はカメラを持っていてくれたらそれで良いです」
「あ、ああ……」

 俺の顔は引きつったと思う。正直行きたくない……。
 しかし、渡されたデジタルカメラを、素直に俺は受け取った……。
 一応、学期末に、活動報告書を学園に提出しなければならないため、今期はまだ何もしていないから、このインタビューという目に見える活動は俺的に有難くもあったのだ。

「いつ行くんだ?」
「今から」
「お、おう……」

 水栄は、淡々としているが、意外と唐突だ……。

 こうして俺達二人は、生徒会室の隣にある、生徒会親衛隊総合本部室へと向かった。ここには、生徒会役員の各親衛隊の幹部以外は、本来立ち入り禁止である。ここで彼らは、生徒会メンバーにキャッキャしながら、生徒会のお仕事をお手伝いしたりしていると、俺は聞いている(水栄が前に言っていた)。

 扉を開けて、中へと入る。すると声が上がった。

「「「「「きゃー! 水栄様!!」」」」」

 その反応に虚を突かれて、俺はポカンとした。
 ――水栄、様?
 俺はこの瞬間まで、水栄は俺と同じごくごく平凡な一般生徒だと信じていたのである。

「来年の生徒会入りが待ち遠しいですぅ」
「お顔を拝見出来て眼福ですぅ」
「本当に麗しくて……素敵っ」

 誰が何を言ったのか分からない。水栄はすぐに囲まれ、部室中に黄色い悲鳴が溢れた。
 頭の中でハテナを浮かべつつ、俺は無表情を何とか装い、ただただカメラを構える。
 しかし困惑せずにはいられない。そんな俺に、水栄が気づいた。

「――あー、俺、去年まで中等部の生徒会でチャラ男会計やってまして」
「っ、げほ」

 俺は咽せた。会計はやるものだが、チャラ男もやるものなのだろうか。
 チャラ男と会計はセットなのか。
 その辺は兎も角、自分でチャラ男とか言ってしまうんだ。

 と、考えると同時に――この、無表情で淡々としている水栄が、チャラ男……?

 俺にはとても信じられなかった。
 その後インタビューに突入したのでカメラを構えつつも、俺は水栄の方をチラッチラと見てしまった。人は見かけに拠らないんだなぁ……。

 そのようにして、この日は比較的真面目に部活動をしてから、帰宅した。