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翌日の放課後、部室で俺は水栄に聞いた。
「お前、会計だったって事は、去年まで親衛隊がいたんだろ?」
すると今日も変わらず淡々としている水栄が、俺を一瞥して頷いた。
「いましたよ。それで、『僕を親衛隊長にしてっ』って、複数の先輩・同級生・後輩に言われたのがきっかけで、親衛隊の隊長研究に目覚めました」
「悪い、笑った」
「かつ、一人を選ぶのは面倒で――というより、俺的には親衛隊自体が面倒なんで、この部に入ると、部の規約で親衛隊が組織されなかったのも都合が良くて」
「なるほどな」
そう、この部活は、親衛隊研究を謳っているので、規約に『所属生徒への親衛隊組織を禁ずる』という文章が存在するのだ。これは風紀委員会等、一部の委員会と部活に存在している。設立時に、チェック項目があるのだ。
「それに俺、チャラかったんで――モテる雰囲気みたいなのは、分かるつもりだから、雰囲気イケメン部なら、お役に立てるかと思って」
「へ、へぇ……チャラいって、例えば?」
「チャラいっていうか、俺、緩くて」
何が緩いかは、聞くまでもないだろう……。俺は顔を背けた。
「乗っかられると、ついそのまんまで」
「ほ、ほう……」
「本命がいなかったのが、一番大きい理由です。だから、今はチャラくないですよ」
「――へ? とすると、本命が出来たのか? 好きな奴がいるのか?」
「ええ。まぁ」
人とは変わるものなのだなと、俺はひとつ頭が良くなった。
それとも恋が偉大なのか。
「好きな相手とは、上手くいってるのか?」
「仲が悪いわけじゃないですけど、ただの後輩としか見られていなくて……しかも、この学園では珍しく、ノーマルよりな人なんで」
「ま、まさか和田!?」
「いいえ」
俺の周囲には、ノーマルよりな人物は、和田しかいない。
誰なんだろう。ちょっと気になったが、チャラ男という程で、生徒会の親衛隊の幹部連中にも顔を知られている水栄だ。俺には知らない人脈が複数あることだろう。
「片想いなんだな」
「そうですね。俺、乗っかられた事しか無いんで、自分からどう動けば良いか不明で。押された事しか無いから、押し方がいまいち……」
「告白したのか?」
「出来ないですよ。今の関係が壊れるのも怖いし。フラれるのも……立ち直れそうになくて……」
「全力で応援してやるから!」
一人、大きく俺は頷いた。水栄は大切な部員兼後輩である。緩かったのは衝撃的ではあるが、今は心を入れ替えたようでもあるし、成就を祈ろう。
「何年生なんだ?」
「二年です」
まぁ学年を聞いても……一学年につき、1000人くらい在籍中なので、分かる事は少ないのだが。
「出会いは?」
「それを言うと、誰だかバレます」
「え? 俺が知ってる相手なのか?」
「……ええ、そうです。比較的鈍いみたいで」
とすると、和田では無い。あいつは、無駄に鋭いからだ。しかし俺が知っているとなると、クラスメイトか委員会が同じか、となる。部活は何せ、水栄と俺しかいない。ちなみに俺は、花壇委員会に属していて、週一で持ち回りで校内の花壇に水を上げる仕事を果たしている。単独行動委員会のひとつなので、他のメンバーを俺は、残念ながら把握していない。クラスメイトはさすがに名前と顔程度は一致するが、水栄の好きな相手となるとピンとは来ない。
「脈は? 脈はありそうなのか?」
「……恋人はいないみたいですけどね……」
「告っちゃえば? 思い悩むより、良いんじゃないのか?」
「俺も段々、気持ちを抑えてるのが辛くなってきてて、黙ってるのが辛くなってきてて、だけどフラれて気まずくなったり――もう会えなくなったりしたらと思うと、そっちの方が、耐えられそうになくて」
「フラれるとは限らないだろう?」
「――もし部長だったら、好きじゃない相手に告白されたら、どうしますか?」
その言葉に、俺は止まった。何せ……現在俺は、恋人を募集中だ。
「とりあえず、今の俺なら、付き合ってみる。だって、折角俺の事を好きになってくれたんだし。だから、ほら、水栄! お前も勇気を出せ!」
必死に俺は、俺なりに水栄を励ました。
すると水栄が、スっと目を細めた。
「部長」
「ん?」
「それ、本当ですか?」
「何が?」
「付き合ってみるって、本当に?」
「おう」
どうしてそんな事を繰り返し聴くのだろうか?
そう俺が首を傾げた時、水栄が俺に向き直った。
「……――俺、部長の事が好きなんですけど。付き合ってもらえるんですか?」
「え?」
「俺、部長の事が好きです」
突然の告白だった。水栄が、真っ直ぐに俺を見ている。形の良い琥珀色の瞳が、真正面から俺を見ていた。冗談では無いと分かる。あんまりにも水栄の瞳が真剣すぎた。
しかし、想定外の事態だった。
どこかに一人くらい俺を好きな人間がいても、とは思っていたが、こんなにも近距離に存在していたなんて……。
「俺と付き合って下さい」
「……え、あ……あ、あの……」
「俺じゃダメですか?」
「ダメって事は無いけどな……え? 俺?」
正直狼狽えた俺は、段々気恥ずかしくなってきて……頬が熱くなった。
告白、されている。なんだこれ、甘酸っぱい……!
「部長です。学屋蒼介部長の事が、俺は好きです」
俺のフルネームが飛び出した。本当に、水栄は俺の事が好きらしい。
「付き合うってさっき、言ってました」
「あ、ああ……そ、そうだな」
「付き合って下さい」
「わ、分かった……え? け、けど、きっかけとかは? お前、俺の、どこが好きなんだ?」
思わず尋ねると、水栄が唇を片手で覆った。
「付き合ってくれるんですね?」
「お、おう……」
「――最初は一緒にいると落ち着く所が好きになって、その内……気づくと気になってて。いないとダメっていうか。放課後が毎日楽しみになっていて、それで今に至ります」
真っ直ぐに言われて、俺は照れた。寧ろ、水栄よりも俺の方が赤面しているだろう。
こうして、俺に恋人が出来た。