この、レイナール魔術学園では、成績表が張り出される。
 個人情報の保護の観点から、実名と仮名を選択可能だが、大体の成績優秀者は、本名をそのまま載せている。1クラス20人で、4クラス存在するから、合計で80人の1学年。成績表に名前が載るのは、その中の上位10名だ。僕の名前が記載された事は、残念ながら一度も無い。何故10名まで張り出されるかというと、講義が全部で10あるからだ。

 魔術概論・魔術攻撃論・魔術回復論・魔術古代史・魔術現代史――で、まず5つ。
 魔術薬学・魔術生物論・魔術古語・魔術円陣学・魔術実技――これで合計10となる。

 本来は、それぞれの1位は違うのだろうが、成績優秀者というのは、決まってくるものらしく、僕達の学年では、『n』さんが常に全ての1位だ。僕が10科目の平均順位は30位くらいなので、中の上……決して悪くは無いのだが、名門魔術師輩出貴族のローレイル伯爵家の跡取りとしては、肩身が狭いし、家族からの眼差しも冷ややかだ。

 夏休みに帰省して、成績表を見せるのが億劫である。
 全寮制のレイナール魔術学園において、大体がクラス合同で授業は行われるのだが、寮に関してもクラス毎で、毎年部屋変えがある。

 これには理由がある。座学・実技の成績、その他の学園企画や行事、部活動等の成績を寮毎に計算して、その年の1位を決定するのである。寮対抗の争いだ。その際、各個人は、自分の取得ポイントを、好きなだけ寮に献上できる。つまりポイントを稼げる人間が寮にいたとしても、必ずしも勝利できるわけではない。

 一人一人、入学時に、グリモワールというポイント計算魔導具を渡される。そこに全てがカウントされる。よって例えば他の寮の成績優秀者を、何らかの手法で懐柔して、ポイントを出させないようにしたりといった心理戦も活発だ。

 東西南北の寮で争う。なので、高ポイント取得者ともくされている人には、護衛がついたりもする。ちょっと特殊な学園なのだ。十六歳で入学し、十九歳までの四年間を過ごす。

 なお、寮長は、各寮のキングと呼ばれる。そして――各寮で最も美しい生徒は、姫と呼ばれる。ここは男子校なのだが、王子ではなくて、姫だ。女性のように麗しい場合もあれば、男性的な美を誇る場合もあるのだけれど。そうしたキングや姫を守るために定められた生徒は、ナイト――騎士と呼ばれる。

 僕は現在、十七歳。今年十八歳になる、三年生だ。
 今回の寮は、北寮で――……姫をしている。北寮の姫が僕だ。
 入学して以来ずっと、僕は姫だ。

 姫(顔)もポイントになる。学園の行事には、姫争奪戦なんてものも存在する。
 ちなみに姫に護衛がつく理由は、強姦被害が多いから……らしい。
 男同士なのに。

 あんまり僕は部屋から出ないから、実害は特に無い。
 場合によっては、体を駆使して、寮メンからポイントを献上させている姫もいるそうだ。なお、僕は授業中も眠っているせいか、”眠り姫”と呼ばれる事も多い。今年は、北寮の眠り姫と呼ばれている。

 姫は、各学年に一人いるから、寮毎に四人いる。この顔ぶれも、成績優秀者と同じで、さして変化は無い。卒業生と新入生がチェンジするだけだ。

 僕は、自分の顔は普通だと思っている。
 だけど、貴族の華と呼ばれ、この国で最も美しいと評判だったという母に顔が瓜二つだから、客観的に考えたら、美人と評されても問題は無いのかもしれない。僕を見ると赤面する生徒(同性だけど)は多いし、緊張して逃げていく生徒までいる。

 ただこの緊張は、キングや姫、騎士というのは、”畏れ多い存在”とされている事も関係している可能性がある。学外で貴族が崇拝されるのと同様、学内にも上下関係が存在するのである。

 夏休み手前に、各寮のポイントの中間発表がある。
 今回の僕の北寮の順位は――……最下位だった。
 どんよりとした空気が、寮一階の共通リビングに溢れている。

「ラフ、ちょっと良いか?」

 階段を降りていった僕に、北寮のキングであるリレイドが声をかけてきた。

「何?」
「――今回の寮成績は、見たな?」
「うん」
「一位の西寮だが……そこのキングが、お前を獲物指名してきた」
「え」

 短く僕は息を飲んだ。獲物指名というのは、『体を狙う』という意味合いらしい。通常、騎士は狙われた姫を全力で守る。だが……狙われた獲物(これは姫に限らない)は、体を差し出せば、その相手のポイントを半分程、譲渡して貰う事が出来る決まりだ。

「……頼む。寮のためだ。行ってくれないか?」

 リレイドが縋るように僕を見た。室内を見回すと、みんな悔しそうだったり苦しそうだったりするが、僕を見て小さく頷いている。僕に断れる空気じゃない。これまで……僕は姫の立場に甘んじてきた。姫でいる事以外、特にポイント貢献もしていない……。そして、姫の本来のポイント取得は……体を差し出したりする事だというのは、知っていた。それすらも、僕は行ってこなかったのである。

「うん……」

 このようにして、僕は西寮のキングのもとに、派遣される事になったのである。