【7】御中臈に昇格した僕……側室候補に……。(★)



 ――春。
 僕はついに、御中臈になった。将軍の側室は、基本的に御中臈から選ばれるらしい……つまり、瀧春様は、意図通りに、僕をこの役職まで昇進させたという事である。期間は早すぎるが、一応じょじょに昇進していった僕は、大奥生え抜きの御中臈という扱いであるそうで、表の政に関わる勢力の息もかかっていない、超優良物件であり、上様も手出ししやすいだろうとまで噂されている。

 毎朝、頭を下げる位置も、入口から近い所に変化すると知らされた。
 僕のために仕立てられる服は沢山あるし、見知らぬ各地からは挨拶状が届くようになった。この春、瀧春様肝いりの側室候補の御中臈――それが、僕であるようだった。

 僕以外にも瀧春様が配置している御中臈は、幾人もいる。蓬莱院様や御台所様がそれとなく配置している御中臈も少なくない。

 本日――僕は、御中臈として、運命の朝を迎えてしまった。
 今日から、かなり目立つ場所で、上様が通り過ぎるのを待つ事になるのだ……。
 スルーされますように……。

 全力で祈りながら、僕は打掛をギュッと握った。少しでも目立たないようにと祈って、華美でもなく地味でもない、ありがちなうす茶色の凡庸な打掛を羽織っている。

「上様の御成――!!」

 鈴の音が響いた。早く通り過ぎてくれますようにと、僕は必死に祈った。

「ん? そこの者」

 すると声がかかった。顔を上げられないから、どこの誰かは分からない。
 上様は流麗な声で、誰かを選び出したらしく、その後歩みを再開した。
 しかし――これも、異例の事態だった。秋名の方様は、御台所様との婚姻の席で見初められたわけであるから、実は、今の所は家森様は、誰ひとりとしてお鈴廊下で指名してはいなかったのである。その、指名するという運命的な瞬間に、僕は立ち会ったのだ。

 そう考えながら顔を上げると、瀧春様が僕を見て、満面の笑みを浮かべた。え?
 ――え?
 ……え?

 周囲がみんな、僕を見ていた。息を飲み、硬直した僕に、瀧春様の腹心の他御中臈の一人が耳打ちした。

「さすがです! 良かったですね! ひと目で! 一発! 瀧春様が促す前に! 実力です!」

 僕は言葉を失った。こうして――……僕はその日、上様のお手付きとなる事が決まったのである。憂鬱な気分で、食事をした。寺子屋時代と比べるなら豪華すぎるお食事であるが、今日は味が分からない……。良い香りのするお風呂に入り、丹念に体を洗った。

 僕、男なんだけど……何で、男に抱かれる準備をしなければならないんだろうか……。

 理不尽だ……。
 僕が欲したチート能力は、完全に裏目に出た……。
 涙ながらに着替えた僕は、その夜、閨へと連行された……。

「名前はなんて言うんだ?」

 寝室で最初、上様は布団の上にあぐらをかきながら、僕にそう聞いた。

「水季です……」
「そうか。ならばそのまま、水季の方で良いだろう。考えるのも面倒でな」

 将軍職も大変だと口にしながら、上様が溜息をついた。僕は愛想笑いを浮かべておいた。僕は気を取り直し、今夜ひと晩だけ我慢したら、後はお方様として、ぬくぬくと贅沢三昧で暮らせるのだと自分を鼓舞した。

「閨においての将軍への頼み事は御法度とされるが、一応聞いてやろう。何か、望みはあるか?」
「え? なるべく手早くあっさりと一回で終わって欲しい事くらいで、他は特に」

 僕はてっきり、ヤり方への注文だと考えた。
 しかし僕がそう言った瞬間、扉ひとつ向こうにいた見張り役の人々も上様も吹き出してむせた。僕は、なにか間違えた事を言ってしまったのだろうか……?

「ふぅん。そうか。ならばその望み、無論、叶えてはやらん」
「え」

 僕は押し倒されると同時に、帯を解かれた。頭を枕に小さくぶつける。
 首をねっとりと舐められながら、右手で陰茎の根元を持たれた。

「思った通り、好みの体だ。このしなやかな体、愛おしくなるな」
「……っ……」

 耳元で喋られると、擽ったい。僕の鎖骨まで舌を這わせてから、そこに上様がキスマークを付けた。それから乳輪を舌先でなぞり、右乳首に吸いついてきた。普段は存在さえ忘れている箇所だ……何とも言い難い。しかしその間もずっと、右手では陰茎を握られているため、僕は身動き出来なかった。迂闊に動いて握り潰されたらどうしようというような恐怖からだ。何せそこは、人体の急所だ!

 右胸に飽きると、今度は左乳首――そうしてまた右、と、家森様は、長時間に渡り僕の胸を嬲っていた。その内に、僕は少しだけ、体がポカポカしてきた気がした。気持ち良いかと言われると不明だが、気色悪くは無い。そう考えていたら、家森様が上目遣いで僕の瞳を見た。そして、意地悪く笑った気がした。

「ひっ!! ぁ!!」

 急に噛まれて、僕は狼狽えた。ほんのちょっと噛まれただけなのだが、僕の体は跳ねた。

「ぁ、ぁ、嘘っ、ッッッ」

 途端――ジンと、乳首から快楽が入り始めた。緩急をつけて嬲られる度、おかしなほどに気持ち良く感じるようになってしまったのだ。唇に挟まれ、舌先で早く刺激されると、それまで知らなかった快楽が体に染み入ってくる。強めに噛まれる時に、陰茎を緩く刺激されるようになると、胸と下腹部の熱が直結したように変わった。

「っ……ッ、ン……」

 そこからも――家森様は、右に飽きると左、そうしてまた右と、僕の胸を弄る事を止めなかった。その内に、僕は涙ぐんだ。出したい。おそらくわたあめのせいであるのだが、大奥に来てから一度も考えた事が無かったというのに、僕はそればかりを考えていた。胸を嬲られている内に、とっくに反応を見せていた僕の陰茎は、今なお家森様に握られている。しかも今、その手は動きを止め、僕の根元を戒めるように持っているのだ……。

「なるべく長々とねっとり、複数回だったか?」
「っ」
「発情期も来ていない様子だというのに、これだからΩは怖いんだ。俺の体が持つか不安だ」

 家森様は、そう言うと、既にそそり立っていた楔を、僕の菊門にあてがった。
 入るわけがない――と、理性では思ったのだが、本能的にとでも言うのか、体は、早く中に欲しいと訴えていた。え? 僕はこれに、内心で唖然としていた。自分の体の状態が分からない。ゆっくりと家森様のものが入ってきた時、その欲望は明確になった。

「あ、ああっ」

 僕の口から、僕のものでは無いような、甘ったる声が漏れた。Ωというのは、αのものを受け入れられる身体構造をしているらしいというのは、御右筆時代に読んだから知っていたが……それを、身を持って体験していた。僕にとってそれまでただの排泄器官であり、夜洗った時もそれは変わらなかった場所が、家森様のものを受け入れた瞬間、まるで性器のように変化したのだ。構造の問題ではない。感じ方の問題だ。

「嘘、あ、そんな……あ、ああっ……」

 男のモノが、男の僕の中に、こうもあっさりと入ってきた。僕はその事実が怖くて泣いた。思わず腰をひくと、ニッと家森様が意地悪く笑い、更に腰を進めた。

「嫌だ、あ、あ、ああっ、止め――」
「ほう。俺はな、『まさかαの自分が犯されるとは』と考えているような、プライドの高いαが『それなのに気持ち良い』と泣く顔が非常に好きなんだが――どこか、水季にはそれに通じるものがあるな」
「あ、ああっ、あ、ああ」
「その上、α連中とは異なり、俺のものを挿れるだけで、お前は気持ち良くなって泣く。うむ、気分が良いな」
「ン――っ、!!」

 家森様が抽挿を始めた。逃げようとした僕の腰を両手で掴み、激しく打ち付け始める。突き上げられる度――僕の腰骨が熔けたようになった。体から力が抜け、結合部の熱しか感じられなくなる。

「あ」

 その時、内部の感じる場所を突き上げられて、僕は放った。後ろを貫かれて射精してしまった現実に呆然とする暇もなく、家森様は動きを止めないから、すぐに僕の体は再び熱くなった。

「あ、あああっ!! ン、あっ!!」

 信じられない。
 本当、信じられなかった。
 男にヤられて気持ち良いというのが、もう、想定外ではあるが――快楽がそれ以上だったのである。気持ち良くて気持ち良くて、僕はどうにかなってしまいそうだった。なにこれ。え。セックスって、そういうものだったの? 僕、純粋な童貞高校生だったから分からない……。

「――初めて、Ωを好いと思った。これは、中々だな」
「あーっ、ああっ、ン!!」

 その日――夜が明けるまでの間、僕は暴かれ続けたのだった。