【14】文明も僕の心も開花する……!(★)



 その後、怒涛の勢いで日本は開国し、文明開化の道を歩んだ。
 僕は南鈴藩に行ってすぐに、俗世に戻る事となった。これは決して眞明様とどうにかなったからでは無い。僕も、ここに来て、やっと向学心に目覚めたのだ。僧籍がそれには邪魔だったのである……。この江戸風異世界において、僧侶は、漢語以外学んではならないという決まりがあったのだ。しかし僕は、南鈴藩には英語を話す人が開国後やって来るようになったと知ったため、現代知識の僅かな英語力を活かしたい――もっと深めたいと決めたのである。眞明様の役に立ちたかったという不純な動機もある。

 僕に言語チートは無かったのか、それとも既にこの江戸風異世界に特化型で適用されているのかは不明だったが――英語は難しかった。だが、下地のある僕の方が、すぐにみんなよりはちょっとだけ、いくらかはマシになったのである。

 Ωやαといった概念も、異国の方が進んでいるようで、僕は、ほとんど発情期等に悩まされる事のない体となった。異国では――男女平等、第三の性別も平等という、そういう概念が広がっているらしく、やはり女性の数も一定数いるようだった。なお、β同士の妊娠可能技術を確立した凄い異国は、科学力が行き過ぎて滅亡済であると、僕は知った。そのため、海外への恐怖がちょっとだけ減った。

 眞明様は、広い視野の持ち主で、新しいものを率先して取り入れていく。
 輸入が始まった洋服を、僕に贈ってくれるようになった。高校以来のシャツの着心地に、僕はなんだかホッとして涙ぐんでしまったものである。

 かと言って古いものを虐げるわけでもない。
 僕は、眞明様に連れられて、馬の遠乗りに出かけるようになった。
 おにぎりを持参して、二人で海岸を走り、草原へと抜けるのだ。

 眞明様の腰に腕を回して馬に乗るのが、最初は怖かった。

「カゴの中のような大奥から来たのだから、当然です」

 そう言って眞明様が微笑していた。樹に背を預けて、二人で塩味のおにぎりと沢庵を食べる。漬物文化やお味噌汁の文化は消えないが、僕がよく知るすき焼き文化は、最近もたらされたようだった。

 日陰で並んでいると、食べ終えてから、僕の手を眞明様が取った。

「!」

 そして舐めたから驚いた。びくりとした僕に苦笑して、眞明様が言う。

「ご飯粒が付いていましたよ」

 そうだったのかと僕は赤面した。
 そんな日々を繰り返している。僕と眞明様の仲は、遅々として進んでいる……の、だろうか? 本来であれば、後継者を必要とするだろうに、眞明様は、「もうそう言う時代は終わった」と口にし、「いくらでも養子のあてはあります」と言っては、僕の頭を撫でる。本当に、良いのだろうか……?

 けれど、段々距離が近くなる内に、ある日、夜空の下で抱きしめられた時、もう僕は、彼の温度を手放したくはないとはっきりと自覚した。頬に手を添えられたので、彼を見上げる。その時僕は――久しぶりに、見た気がした。αの獰猛な瞳の色を。

 ゾクリとして、一歩後ずさった。
 すると眞明様の唇が、僕に触れ合う直前まで近づいて止まった。

「ずっとお伝えしたかった。お慕い申し上げています。とうにお気づきでしょうが」
「……」

 僕も、と、続けたかったが、言葉に詰まった。家森様の事が頭をよぎったからだ。
 けれど、吸い寄せられるように、僕は眞明様の端正な唇を見てしまった。

「っ」

 直後のキスは、口には出さなかったけれど同意だったと思う。
 僕は心の中で、家森様に詫びていた。同時に――言い知れぬ心地に息を飲んだ。
 口付けをしているだけだというのに、全身が蕩けた。

「ぁ……」

 怖くなって体をひこうとすると、腰に手を回された。そしてキスが深くなる。
 舌を絡め取られる内、僕の体はゆっくりと温かくなった。
 何度も角度を変えて、唇を重ねる。その内に、僕はキスに夢中になっていた。

 体から力が抜けた僕を、眞明様が抱きとめる。それから――いつか火事から救い出してくれた時のように抱き上げた。向かった先は、寝室だった。

 輸入したばかりのベッド。
 僕はシーツの上で、服をはだけられた。抵抗する気は起きない。寧ろ、僕が望んでいた。もう気持ちが抑えきれない。何度も何度も唇を交わしながら、僕達は重なった。

「っ、ぁ」

 記憶にないくらい久しぶりの挿入の衝撃は甘くて、僕の体はそれだけで満たされた。最初に僕を深く貫いて、その状態で眞明様が動きを止める。

「ずっと夢に見ていました」
「ぁ……っ、ン……」

 それから彼は、優しく動き始めた。律動を感じる度に、僕の体が熔けていく。もう四十路だというのに、僕は年下の眞明様の包容力に飲まれている気がした。ゆっくりと高められて行き、僕はすぐに喘いだ。

「ぁ……っ……フぁ……ン……んん!! あっ」

 感じる場所を突き上げられて、僕は簡単に果てた。そして、気づいた。全身が――発情期の時のように熱い事に。

「ぁ、ぁ、ああっ、あ、嘘、ン」
「――運命の番同士だと、いつでも発情期が訪れるそうですよ」
「え? あ、ああっ」

 そんな話は聞いた事が無かった。だが、僕の体の熱は、紛れもなく激しさを増していく。僕は、最先端の抑制剤等もあるが、自分の年齢的にも大奥であればお褥滑りをとうにしている歳であるから、この灼熱を再び経験する日が来るとは思っていなかった。

「ぁ、ァっ、やぁっ!! ン――!! あ、あ、ああああ」

 そこからの僕は、もう体の抑えも効かなくなった。何年も乾いていた体が、快楽に濡らされ、理性を奪っていく。中に一度放たれてから、体勢を変えられた。そして後ろから貫かれながら、僕はシーツを握り締める。

 違う角度から感じる場所を刺激され、その後は意地悪く緩慢に動かれた。もっと、と、僕が懇願すると、それを聞きたかったのだと言って眞明様が苦笑した。それから正面から抱きしめるようにして、下から貫かれた。

「ン、あ、ああっ、ん――っ、うあ、あ、ああ、あ」

 そうしてその夜、僕は何度も、眞明様の白液を体内に受け入れた。


 翌日、僕は眞明様と正式に結婚する事となり――まさかデキるとは思っていなかった、僕にとっての第三子、僕達にとっての一人目の子供を、三ヶ月後には身篭っていた。廃藩置県が行われていて、新しい県となった土地で、領民達や旧家臣達がお祝いしてくれて、僕の子供や孫達も大勢が祝福してくれた。

 その後の僕の人生は、俺Tueeeとは掛け離れたものの、途中から望んでいた、幸福よりの凡庸な日々だった。いつも隣に眞明様がいた。眞明様は、僕と共に、命日には家森様の墓に出かけてくれたし、仏壇の設置も許してくれている。許すも何も当然の事だとして扱ってくれた。

 将軍家は、旧将軍家と変わったが、現在も無形文化財的な何かという扱いで残っているらしい。僕にはいまいち分からない。

 僕は、オメガバースやヒートという語を翻訳する等、Ω研究の第一人者と呼ばれるようになっていった。しかしここは異世界なので、また別の異世界であれば、違うオメガバースがあるのだろうと、時折キリン神の事を思い出しながら、僕は考えている。

 このようにして――僕の新たなる世界での転生生活もまた、幕を下ろした。




【完】