【1】




 もう、僕の心は折れた。
 僕は、人間が嫌いだ。善人も悪人も双方の部分を持ち合わせている人間も、全て。
 人嫌いになった僕が選んだ道は、明確だ。
 他者と関わらなければ良い。

 人間とは、一人では生きていけないと聞いた事があった。しかしながら、衣食住さえ確保可能であれば、比較的易い事だったというのは、僕の経験談である。これまでの、そしてこれからの。以後も生涯、僕は恐らく一人だ。孤独では無い。

 孤独感等という代物は、人間が好きでなければ生じないのかもしれない。

 耳を閉ざした僕は、誰の言葉も欲する事は無くなった。嘗ては渇望していたはずの他者の見解といったもの、全てから遠ざかる決意をして久しい。ある時、もう良いのだと自分を赦した。己の内側で生きていく事は、逃避では無い。選択の一つだ。

 僕は、常人であれば飛び降りれば死ぬ崖の下で暮らしている。そこに家を建てた。衣類は自作している。食料も裏の畑と海の品で賄っている。その場所に家を建てる事が出来た僕は、自分で言うのもなんだが、常人では無い。

 元々は、魔術武器職人をしていた。僕自身も、それを用いる魔術師でもあった。
 最後にその技術を生かしたのは家を建てる時であり、魔術に関しては、作物を育てる時等に僅かに今も利用している。僕の家は、現在不可視だ。結界魔導具を使用しているから、他者には見えない。そうでなくとも誰も来ないが、念には念を入れた。

 若かりし頃は、魔術武器への意見であれば、それが批判であれ中傷であれ――高評価であれ、嬉しかった。一言、あるいは表情一つであっても、反応を貰えれば嬉しかった。お世辞であっても、本音であっても、思いついた一言であっても、平等に僕は喜んだ。

 魔術武器は、三種類存在する。

 一つ目は、杖だ。高位の魔術師が、右手に握って使う。
 その際、脳裏に魔法陣を展開するなど、本人にも魔術知識が必須の武器だ。

 二つ目は、魔導書。こちらは、左手に持って開ければ、魔術が発動する。
 こちらは、必ずしも、使用者には、その魔導書内に封じてある魔術の知識は必要ではない。既に魔法陣と魔術記法により、魔術が宿っているから、開けば発動する。

 三つ目は、魔導具だ。主流は、結界魔導具である。これは、身につけるか、そばに置くだけで良い。使用者は、魔術師である必要も無い。現在の文明社会の一要素ですらある。その中でも結界魔導具が主流である理由は、魔獣が原因だ。この世界には、魔獣という、理を外れた存在がいる。共通しているのは、強く異質な魔力がこもった瘴気を撒き散らす事だ。よって、魔力を持たない剣士や槍士は、近づく事すら困難だ。その瘴気を防ぐ結界を発動させるのが、結界魔導具である。

 僕は、その全てを作成していた。物心ついた頃には、師に弟子入りしていて、初めてオリジナルの作品に取り掛かったのは十三歳の時である。十五歳で初めて、人前でそれを公開した。他者の見解を欲していたのは、その頃の事である。

 魔術武器は、次第に需要が増して行った。これは、魔獣の異常発生が理由である。

 僕は二十三歳の頃、杖に絞って魔術武器連盟に、初めて自作を卸した。
 一本目は、全くでは無いが売れず、今見るならば下の中といった評価だった。
 それでも、自分の中では高評価だった。

 そして――二本目。爆発的に売れた。
 魔術武器連盟には、売れ筋ランキングが存在する。一日、一週間、一ヶ月、上半期のランキングの、全て一番上に、僕の杖の名前が載った。他者からの見解が爆発的に増加し、そこには良い意見もあれば否定的な批評もあり、様々だったが、僕は一つ一つに丁寧に目を通し、回答を返した。結果、僕は疲れた。思えば、この頃から人嫌いの予兆は合ったのだろう。僕は杖の製作から遠ざかった。一本卸せば、連盟が複製してくれるから、その間も、僕の杖は売れ続けた。

 一年間、僕は休んだのであるが、その間も、魔術武器の事が頭から離れた日は無い。
 僕は、何かを生み出していなければ、ダメだったのだ。
 そのため、休息期間も、趣味で適度に魔術武器製作は続けていた。

 それから――二十五歳を目前とした頃、ある魔導書を思いついた。
 それまでの間、魔導書の攻撃魔術に範囲攻撃が封じられている品は少数だった。
 僕は、思いついた対魔獣用範囲攻撃魔導書を、取り憑かれたように製作した。

 最高傑作だった。紛れもなく僕の中で、その時点において。
 気づけば魔術武器連盟に申請をしていて――それもまたランキングを総なめにした。ジャンルは異なるが。以降、いくつかの魔導書を製作した。全てが高評価だったわけでは無いが、僕の存在は、相応に周知されたと思う。この頃から、他者の見解に、使用して良かったというような感想よりも、批評が増え始めた。ダメな部分の指摘が増えていった。そしてまた、僕は疲れ、休んだ。

 気分を切り替え、少しの休暇を挟んだ後、僕は魔導具を卸す事も決意した。こちらは、その頃主流だった結界魔導具――以外を主に手がけた。ちょっとあると便利な道具、気軽に使える道具。これらも売れた。この頃には、何を手がけても、それなりに売れるように変わっていた。

 そんなある日、独創性のある魔術武器についての論争があった。
 ある魔術武器製作者が、他の魔術武器製作者に模倣されたとするのが契機だった。
 僕は、既に長い歴史において、本当に独創性のあるものは出尽くしていると伝えたかった。その範囲において、それぞれに魅力があると述べたかった。しかし、そう受け取ってくれた人間は、実は当事者のみである。その当事者が可哀想であるとして、連日批判が届いた。僕は自身の言葉数の少なさを呪ったものである。

 その頃、偶然にも体調を崩した。さらに師も鬼籍に入った。僕は、今度は強制的な形で魔術武器製作から遠ざかった。だが、悲しくは無かった。もう、疲れていた。

 数年を経て、三十代を迎えた年、僕はふと、やり直してみようかと考えた。
 だからまた、各種の魔術武器を製作したが、名前は出さなかった。
 すると、やはりランキングに名前が載った。

 名乗った後もであるが、その際も、温かい一部の感想は存在した。
 しかし圧倒的に多かったのは、批難だ。実を言えば当初から、出て行けという言葉は絶えなかった。その反面、更なる魔術武器の依頼や、既存作の改良依頼も多かった。

 魔術師達は、使い心地が悪いと言いながら、僕の杖を使う。

 魔導書利用者は、魔法陣形態や記法の誤ちだとして、指摘ばかりを繰り返しながら、僕の魔導書を開く。例えそれが誤ちで無いと僕が訴えたとしても。

 魔導具利用者は、軽く使える品ばかりを製作する僕の頭は馬鹿だと罵る。罵倒しながら使うのだ。

 僕のファンだ、僕の魔術武器が好きだ、そう言ってくれる人もいた。
 だが、その中の三分の一程度は、魔術武器の説明書を読まない。
 読んで欲しいと頼めば、説明書が分かりにくいと返ってくる。

 最早、他人の見解を求めるような心境が、僕には無くなっていった。
 ――それでも、使用してくれている人がいる。

 当初はそれが救いだった。だが、重荷になるのは早かった。
 何故もっと魔術武器を製作しないのか、何故過去に作った魔術武器は連盟に卸さないのか。ある時、売る気が無いため連盟に出していない品を――魔術武器展示会に置いてみたら、売らないのならば二度と買わないと言われた。売る気は、そもそも無いのだけれど。

 僕は、端緒に立ち返るならば、製作した魔術武器を見て、使ってもらい、意見を聞きたかった。だが、僕に対して好意的な他人も、否定的な他人も、僕が求めぬ親切心や誹謗中傷の形を取りながら、僕の製作物に対して興味を持つように変化した中で、僕側には全てに耳を傾ける余裕が無くなった。そして僕に無関心な他人が通り過ぎる時に放つ余計な一言に、心を蝕まれた。

 ある日、僕を無視する同業者に気づいた。その人物は、他所では僕の魔術武器は独創性が無く、売れ行きも悪く可哀想だと哀れんでいるそうだった。僕は距離を置くことにしたが、するとその人物の動向を逐一僕に報告してくる魔術師が現れた。

 多くの同業者や魔術師は、本当に親身になって僕を励まし、慰め、温かく接してくれた。その中には僕が憧れていた実力者もいたし、僕に対して憧れていると口にしてくれた人もいる。他にも、純粋に僕の魔術武器を好いてくれているのだろう購入者がいる事も分かっていた。

 僕は、そう言った人々のみと付き合いたいと望んだ。
 もう、他者の魔術武器への見解を欲するのではなく、僕をプラスに捉えてくれる人のみと付き合いたかった。だから、そう公的に示した。しかし――僕のその気持ちが汲まれる事はほぼなく、魔術武器への指摘ばかりが増え、それが僕にとって欲していない見解であったと気づいても、多くの僕への意見は、魔術武器を公開しているのにマイナス意見を受け付けないというのは自分勝手であるという批判だった。マイナス意見を受け付けないのではなく、ネガティブな人付き合いをしたくないのだと、伝わる事は無かったのだ。

 疲弊しながら、僕は理解に苦しんだ。何故、人は僕に自己主張してくるにも関わらず、僕の主張に耳を傾ける事は無いのかと。自分の正当性の主張ばかりで、悪いのは僕であると糾弾する。決して謝罪する事は無い。

 そんなある日、僕はミスを犯した。そして謝罪をした。僕は、自分の正当性を主張する事よりも、ミスを犯した部分を謝罪する事を信念としていたからだ。だが――謝れば良いというわけではないと言われた。では、どうすれば良いのだろうか。放たれる憤りの言葉の数々を黙って聞いていろという事なのだろうか。

 この、謝罪についての僕の見解と周囲の「謝罪はしない」「謝罪しても許さない」という二つの観点を目にした時、ミスをしたら謝るという僕の信念自体が間違っている可能性を検討させられた。検討した結果、僕の中では僕の信念が適正だった。許されたくて謝罪するのではない。また、許したくて謝罪を求めるのでもない。自分の中の倫理の問題だ。

 もう――止める事に決めた。所詮、誰かと分かり合うなど不可能なのだ。違う人間だ。そう考えた時、そもそも僕は、その『誰か』と、分かり合いたいと思っていない自分に気づいた。そんな時、ある同業者の「別にいなくなってもいい」という言葉を思い出した。

 僕は、いなくなる事に決めた。

 これが、三百年前の出来事である。
 僕が常人で無い理由は――この世界に時折出現する、魔術の深淵に触れてしまった事が理由だ。魔術の深淵に接触すると、不老となる。寿命も不死に近づく。魔術武器製作中の偶発的な事故が理由だ。同時に、結果として、僕の体内保持魔力も高まった。

 僕は、僕を阻害する世界が嫌いだ。差し伸べられた手を振り払うほどに。
 そうして長い時を経たから、もう、僕にとって優しい人間は生きてはいない。
 よって、僕は、人間が嫌いだと称して良いだろう。

 僕は人間が嫌いだ。世界とは、かくも暗い。希望など存在しないのだ。