【5】




「本当は、受け入れられたかったんじゃないのか? お前の側が。お前も主張を重ね、お前の正当性を主張したかった」

 次第に頂上が見え始めた頃、静かに彼が言った。

「そうかもしれないな。ただ僕は、そうしたかったとしても、正当性を声高々と喚き散らす事を由としない。今は、それ以前の問題で、嫌いな他者にそれを理解して欲しいとすら望まない」

 僕の声に、彼が動きを止めた。それから小さく笑い、再び登り始めた。

「俺は受け入れてやる」
「別に良い」
「受け入れさせてくれ」

 彼の指先が、頂上にかかった。僕が息を飲んだ時、崖の上の道が視界に入ってきた。そのまま上半身を地面につき、一気に彼は上にあがる。地に足を付いた時、僕は全身から力が抜けそうになった。僕の傍らで魔導具類を回収している陛下は、満足そうに微笑している。肩で息をしてから、僕は周囲を見渡した。三百年前と変化は特に無い。獣道が続いているだけだ。――馬の姿は、どこにも無い。

「馬は?」
「――そうだった。餓死しては困ると思って、近くの街に置いてきたのを、すっかり忘れていた」

 悪びれるでもなく、彼が言った。僕は言葉に詰まった。忘れていたとはとても思えない。だが、結果として餓死はしてないのだし、今後もその心配が無いのは良い。だから僕は、頷くにとどめた。

「そうか」
「騙したなと言って怒られるかと思った」
「……」
「なるほど。騙されたと分かっていても、結果が悪いものでないため、指摘を控えたわけか。お前が他者に望んでいるのも、そうした反応というわけか。受け流して欲しかったんだな。お前が尊重しているものは、感情に寄り添った優しさであるようだ。お前は優しくされたかった。しかし多くの他者は優しくない。当然だ。お前のように優しい人間は少ない」
「帰ってくれ」
「ああ。お前を連れてこのまま帰る」

 そう言うと、強引に彼が僕を抱き寄せた。腰に腕を回されて、息を飲んだ瞬間には、転移魔術が発動していた。足元に魔法陣が広がり、眩い光が僕達を飲み込む。反射的に目を伏せ、僕はぎゅっと彼の外衣を握った。