【10】あれ、これ、どういう状況だ?(★)






 気づいた時、俺は床に押し倒されていた。
 あれ、これ、どういう状況だ?
 そう思うのに、早く中に欲しいと思っている俺もいた。どういう事だ?
 ただ――ひとつだけ分かる事があった。俺は、伸し掛ってくるローラの獰猛な瞳を見た後、隣にいる砂鳥くんを一瞥した。考えてみれば、隣室にも人が大勢いる。

「止め、止めてくれ、隣に、人……あ、砂鳥くんも……いるし……」

 俺の陰茎を緩く撫でながら、ローラが意地悪く笑った。
 思わず息を詰めた時、耳に舌を差し込まれ、それから囁かれた。

「お前が声を我慢すれば、誰にも聞こえない。そうだろ?」
「あ、ああ……」

 俺は、頷いていた。それもそうだ。俺が、声を出さなければ、誰も気づかない。
 それが正しいと、俺の意識が理解していた。だが――心の奥深い部分が、強烈な違和を訴える。――本当に? 本当に、そうなのだろうか?

「ぁ……ふァ」

 しかし、服の上から陰茎を覆うように触られると、それだけでもう駄目だった。
 陰茎をローラに咥えられた時、声が漏れてしまいそうになり、慌てて俺は、両手で口を押さえた。必死で嬌声を飲み込む。

「ン、んんっ」

 ねっとりとローラが俺のものをしゃぶる。カリ首を重点的に刺激されたかと思えば、舌先ではチロチロと鈴口を蹂躙される。腰が熱い。ローラの舌が蠢く度に、射精感が募っていく。駄目だ、声が抑えきれない。だけど、堪えなかったら、みんなに気づかれてしまう。こんな姿、誰にも知られたくない。耐えきれそうに無い中、俺は快楽が怖くなって、何度も首を振った。

「あ、ああっ」

 それから、一度口を離したローラが、俺の陰茎を握り、重点的に鈴口の刺激を始めた。先走りの液を舐めとっては、強く先端を吸う。時折舌先を差し込むようにされると、もうダメだった。――快楽がいきなり強まったのは、その時だった。

「うああっ」

 俺は思わず悲鳴じみた声を上げた。駄目だ、強すぎる。強い、刺激が強い。体が一気に熱くなり、陰茎から広がる熱に全身を絡め取られる。

「良いのか? 砂鳥にも、隣にも、聞こえるぞ?」

 何か言われたのは分かった。しかし俺の頭の中は、もう、射精したいという欲求一色だった。

「ダメだ、ダメ、ダメ、あ、あ、出る」
「今日は、前でイったら許さない。ダメだ。禁止」
「う、うあ、あ、あ、ああっ」

 俺は絶望的な『命令』を聞いていた。俺は、これを知っている。何故知っているのかは、分からない。だが、ローラにこう言われたら、出してはダメになるのだ。

「いやぁっ、も、もう、ア」

 激しく扱かれ、両手でローラに陰茎を擦られ、俺はボロボロと泣きながら悶えた。体が熱い。熱い、熱い。おかしくなる。もう、お化け屋敷への恐怖などどこにもない。全身が快楽一色に塗りつぶされていく。

「あ、あ、挿れてぇ、挿れてくれ!!」
「だーめ。今日は、どうしよっかなぁ」

 泣き叫んだ俺のくるぶしを、ローラが持つ。
 そして――俺の全身を舐め始めた。舐められる箇所がいちいち熱くなり、全身が性感帯に変わってしまったみたいになる。なのに、果てられない。もどかしい。焦れったい。既にそそり立った俺の陰茎の先からは、とめどなく液が漏れる。

「久しぶりだからな、じっくりと味あわせてもらうぞ」
「ぁ、ああっ、あ、あ、ン――っ!!」

 ローラの舌が、再び俺の陰茎へとたどり着き、先端の蜜を舐め取り始める。

「あ!」

 その時、ローラの指が、一気に二本、俺の中に入ってきた。的確に前立腺を刺激されると、さらに俺の前からは汁が溢れる。正面にいたローラが、その時俺を抱き起こして、後ろに回った。

「う、ううっ、あ」

 そして、待ち望んでいた快楽が与えられた。貫かれ、俺の全身が歓喜する。
 ここしばらく味わえなかった熱と硬度に、俺の体が喜んでいた。
 後ろから抱き抱えるようにされ、下から奥深くまで楔を穿たれる。

「見てみろ」
「……?」
「ほら、藍円寺。お前の痴態、映ってるぞ」
「!」

 その言葉に正面を見て、俺は絶句した。呪われた鏡に、貫かれている俺が映し出されていたからだ。結合部分がはっきりと見える。

「あ、あ、あ」

 羞恥に駆られて、俺は震えた。すると耳元でローラが囁く。

「隣の部屋の連中に、声も聞こえてるかもなァ」
「や、いやぁっ……あ、ああっ」

 耳の中をぴちゃぴちゃと舐められながら、俺は悶えた。こんなのは、駄目だ。何より卑猥で恥ずかしい。だが、顎を持たれ、視線を背ける事を許されない。しかも――ローラは動いていない。淫らに動いているのは、俺の腰だ。太ももが震えている。

「あ、ああっ、あ、あ、ン」

 声も堪えられない。俺は揺れる体の制御もできない。
 後ろから、ローラが俺の両方の乳首を擦り始める。すると俺の陰茎からは透明な蜜が溢れる。

「うあ、あ、ああっ、やぁっ」

 ローラの指先から快楽が滲むように入り込んでくる。繋がっている所は、酷く熱い。泣きながら俺は、震えている。鏡を見ると、そんな俺の顔は、蕩けきっていた。ローラがそれから、俺の両方の太ももを持ち上げた。不安定になった体勢で、より深く、最奥まで貫かれる。

「あ――!!」

 気持ち良さが響いてくる。なのに、イけない。出したくて出したくて、耐えられない。

「やだ、やだ、あ、あ、ああっ、も、もう……っ、あ、イかせて、イかせてくれ!」
「どうやって?」
「動いて」
「違うだろ? 『吸って』って、言ってみろ。いつもみたいに、吸ってって」
「あ、ああ、あ、吸って、吸ってぇっ」

 俺は自分が何を言っているのか、理解していなかった。
 だが次の瞬間、後ろから首筋に噛み付かれた時、それを求めていたと体はよく理解していて、悶えながらむせび泣いた。快楽が体の内側に注がれる。

「いやあああああっ、あ、ああああああ!!!」

 その状態で、中の前立腺を激しく突き上げられて、俺は中だけで果てた。
 前からは何も出ていない。

「あーあーあああっ!!! あ、あ、あああああ!!」

 だというのに、絶頂感が続き、ずっと出っぱなしの感覚に陥る。
 こうなってしまえば、俺はもうだめだ。

「ひああっ、あ、ああっ」

 乳首を再び摘まれながら、首筋に思う存分噛み付かれる。どうしようもなくそれが、気持ち良い。その時、ローラの飛沫が、俺の中に飛び散った。すると、全身を灼熱が襲った。液が触れた箇所全てが、熱を持って、更なる快楽を求め始める。

「あ、あ、ああっ」

 ローラの肉棒を締め付けるように、俺の中が蠢いている。つま先を丸くして、俺は快楽の本流に、必死で耐えようと試みる。

「――出して良いぞ、好きなだけ」
「うああああ」

 耳元で囁かれた瞬間、俺は放った。止まらない。ずっとたらたらと白液が俺の陰茎から溢れ、飛び散る。

「鏡が汚れたぞ。どうする?」
「あ、ハ、はっ、うあ……あ、あ、ああっ」

 そのまま――俺の理性は飛んだ。記憶が途絶した。


 次に目を覚ました時、俺はローラの腕の中に見た。不意に入ってきた彼の顔に――邪な夢を見てしまった俺は、赤面しそうになった。ローラは、そんな俺を見て、微笑している。

「寄りかかって眠ってしまわれたので、俺、一晩中抱っこしちゃってましたよ」

 そう言って俺を腕から開放したローラは、いつもと変わらないように見えた。
 しかし――ドクンドクンと煩い俺の鼓動は、いつもとは違う。

「わ、悪い……そ、の、疲れてて……」
「そういう事もありますよね。じゃ、そろそろ帰りますか」
「あ、ああ」

 俺が頷いた時――不意に、嫌な感じが消えた。
 首を傾げながら、俺は周囲を見渡す。鏡が視界に入ったが、何の感覚もしない。

「さすがは、藍円寺さんですね。俺、怖かったけど、藍円寺さんと一緒だったから、ひと晩耐えられました」

 ローラが、穏やかに笑いながら、俺に告げた。
 ――え?

「あ、当たり前だ」

 俺は、そう答えつつも……まさか御札が効いたのだろうかと悩んだ。
 こうして、お化け屋敷の浄化は、一段落したのである。


 ――この時の俺は、まだ自分の身に何が起きているのかはおろか、惹きつけられる彼の正体すら、何一つ知らず、ただただお化け屋敷に怯えているだけだった。けれど。胸の奥底に、恋の疼きが芽生えていたのは、確実だ。いつ振り返ってみても、既にこの瞬間には、俺は、彼に惹かれていた。

 よってここまでが、俺と彼の恋の契機の物語と言える。