【0】「今はやっぱりさ、ほら、妖怪といえど、働いて収入を得る時代だろ? 葉っぱを小判に変える時代は終わったんだ」




「今はやっぱりさ、ほら、妖怪といえど、働いて収入を得る時代だろ? 葉っぱを小判に変える時代は終わったんだ」

 僕は、唐突に『この人は何を言い出したのだろうか』と、ポカンとした。

 この人――こと、彼、露嬉さん……という感じらしいが、読みはロウラ、みんなには男性ながらにローラと呼ばれている(外見的に)青年は、僕にとっての主人公である。

 僕は常々、語り部として生きてきた。
 ――語り部。
 この理由は、僕が、人(に限らず全存在)の心を読む事が可能な”妖怪”だからである。起源は、江戸だ。古いといえば古い。鳥山石燕という偉い人が描いた今昔画図続百鬼にも出てくる妖怪……覚と呼ばれる存在に、一応僕は生まれついた。いつから自分が存在しているのかは不明だが、少なくとも僕が描かれたのでは無いだろう。どう遡って考えても、僕の記憶にちょんまげは時代劇でしか出てこない。

 さて、主人公のローラであるが、彼も、これは本名ではない。
 ローラというのは、吸血鬼モノの有名な某小説に出てくる少女の名前だ。
 現在、絢樫露嬉を名乗っている彼は、気分によって名前を変える。
 今は、日本に来たため、妖怪はアヤカシで、己は吸血鬼だからローラにしようとした次第らしい。僕は思う。ローラって、吸血鬼側の名前だったかな……?

 そんな吸血鬼の彼は、いつも突飛だ。
 いつもというのは、僕を拾ってくれてから、”いつも”だ。
 例えば僕に、絢樫砂鳥という安直な名前を与えた時も、初対面の二分後くらいだった。
 しかしそれを気に入り僕は、名乗り続けている。だから良しとしよう。

 ――何故、彼が僕にとっての主人公なのか。
 それは、彼の心だけは、僕には読み取ることができないからだ。
 だから、見ていて楽しいのである。僕は、他者が基本的に好きなのだ。

「働くって今更……何するの?」
「ん? 喫茶店」

 僕の問いに、紫暗の瞳を瞬かせて、ローラが答えた。形の良い猫のような瞳が、獲物を捕る前のように輝いている。僅かに茶味が指した黒髪を揺らしながら、ローラが椅子に背を預けた。

「喫茶店って……コーヒーとか、淹れられるの?」
「砂鳥が入れてくれ。大学が無い日は、桔音も手伝ってくれるらしいしな」
「――大学? 火朽さん、大学に行くの?」
「外見的には大学生だからな」
「じゃあ僕も高校に通うとか?」
「いや、それはない。お前は確かに十代後半で成長が体も頭も止まってはいるが、大切な従業員だ。バイトだ」

 断言したローラは、二十代後半くらいの外見をしている。
 あくまでも外見年齢だ。

 ちなみに、火朽桔音さんというのは、僕よりも前にローラに拾われた妖怪である。
 日本では狐火と呼ばれる妖怪(?)というか、現象(?)の存在だ。
 FOX FIRE …… は、外来語では、朽ち果てる事だそうで、華麗にローラがキラキラした命名をして、カクチキツネさんという名前になったらしい。

「どこで喫茶店をするの?」
「新南津市という場所だ」
「――へ? どこそれ?」

 てっきり現在暮らしている都内の一角にオープンするのだろうと考えていた僕は、聞いたことのない地名に、首を傾げるしかない。

「ド田舎の、山に囲まれた盆地にある。歴史は古い。市町村合併もしなかった程度に、そこそこ人口もいて、裕福と言えなくはない人間の暮らす一地域だ」
「へぇ」
「が」
「何々?」
「――裕福な理由は、税収じゃない。現地にな、面白いものがあるらしいんだ」
「面白いもの?」
「日本屈指の、心霊大学」
「は?」
「寧ろ、唯一と言っても良いかもな。霊能力者を育成する専門の大学があるんだ。そこを出てない霊能力者なんぞ、全てモグリとしても過言では無い――らしい。地域全体にも、心霊現象といったものに、理解がある住人や、代々”そっち系”のお家もあるそうだ」

 僕は、楽しげなローラを見て、思わず目を細めた。

「え? それさ、僕らが妖怪だって、一発で見抜かれて、除霊フラグじゃなくて?」
「そのスリルが楽しいんだろ」

 やはり彼は突飛であり――頭がおかしい。どうかしている。
 だが……結局こうして、僕達の引越しは決定した。