【1】人間のする引越しというものを僕らもした。




 翌日には、引越し業者がやってきた(人間の)。
 既に当該地域に喫茶店兼住居の土地は確保済であり、偽装戸籍まで万端であった点は、さすがはローラだ。ローラは、全てを進めてから僕ら(基本的に僕と火朽さん)に、話す。

 僕は真新しい喫茶店の店舗を見渡した。
 カウンター席は無い。全席テーブル席で、店内には二席しか無い。
 僕の対応能力も、ローラはよく知っているようだ。

 入ってすぐの場所には、ケーキやクッキー類が並ぶショウウィンドウ。
 ここには、市販品を並べるらしい。オリジナルは現在の予定ではゼロだ。
 コーヒーや紅茶も市販品を温めるだけであったり、注ぐだけらしい。

 驚いたのは、看板だ。
 Cafe&マッサージと描いてある。
 ――マッサージ? 僕には、そんなスキルは無い。

「ねぇローラ。マッサージって何?」
「ここは、ほら、肩に弱い霊を乗っけているせいで、肩こり頭痛に悩まされている連中が多い土地でもあるから、パンパンって俺が叩くと治るわけだ。それを、ウリに、な」
「資格とかあるの?」
「長生きしてるからな。大抵の資格はある」
「あ、そう」

 僕は深く突っ込まない事にしている。聞くと話が長引くからだ。ローラは、語りだすとたまに止まらなくなるタイプなのである。

「住居の準備が終わりましたよ」

 そこに火朽さんが顔を出した。彼は、薄い茶色の髪と瞳をしている。その眼差しがいつも柔和で、僕は好きだ。好きだといっても、変な意味合いでは無い。

 妖怪にも性別が存在するのだが、妖怪は恋愛観念が比較的ユルユルで、男女無関係に恋をする者達が多い。だが、そんな中で珍しく僕は、異性愛者なのである。ノーマルだ。

 しかしこれまで知る限り、ローラにしろ、火朽さんにしろ、どちらかというと、”男好き”である。ローラには特定の恋人が出来た所を見た事が無いけれど、火朽さんは、既に二百人くらい(一人につき三年から十年程度)は、男性との長期的恋愛活動を行っている。

 なお、僕が彼らに、そういう対象に見られた事は、嬉しくも悲しい現実として、一度も無い。今後も無いだろう。

「お疲れ様。じゃ、とりあえず飯にして、明日の開店からの打ち合わせをするか」

 こうして、僕らは住居部分へと向かった。
 店から直通の裏側が家になっていて、こちらは三階建て、地下一階だ。

 どこに引っ越したとしても、家はいつの間にか、ほぼ同じ間取りの同じような家が用意されている。これに限っては、人間の業者ではなく、恐らくローラが用意しているのだろう。

 一階部分が、生活スペースと決まっている。妖怪も食事をしたり、入浴をしたりするのだ。二階部分が私室である。そして三階と地下一階は、常にローラの研究室――という名前の、娯楽室となっている。ビリヤードやダーツが置いてある。一体何を研究しているのかと、過去に何度か聞いた。

 ――俺は、人間を研究してるんだよ。

 と、ローラは口にしていた。ビリヤードも、その一環であるらしい。

 僕は食卓の椅子を引き、テーブルに並んでいる美味しそうな料理を見た。
 中でも僕のお気に入りは、シーザーサラダである。

 僕らの家庭(?)では、炊事・洗濯・ゴミ処理等は、全て火朽さんの担当だ。
 僕にもローラにも、生活能力は欠落しているのである。

 手伝おうという気が起きないわけではないが、僕がやっても、皿洗いひとつとっても、火朽さんがやり直すはめになったりするので、余計な事はしないようにしている。ローラは、単純にやる気を持ち合わせていないだけであるようだ。

 そんな僕に、喫茶店部分の従業員をやれというのだから、ローラは中々の猛者だ。
 なお、僕には断る権利も無かった。これは、聞くまでもない。
 ローラが決めた事は絶対だ。何となく。ローラは、意見を変える事はあるが、譲る事は無いのである。

「で、大学に行く準備は出来たのか?」
「ええ。三年生に編入という形で、明日からです。もう夏ですが、四月からいた風に暗示をかけてもらっているので、余裕です」
「おう。お前、民族学科だったか?」
「そうですね。ローラが紹介してくれた、吸血鬼の教授――夏瑪先生に、既に何度かお会いしてお話を伺ってます」
「夏瑪なぁ。アイツも鬼畜だから、苛められたら俺に言え」
「――? ローラほどでは無さそうですが、肝に銘じます」

 僕がサラダを食べている前で、二人がそんな話をしていた。
 それからローラが、骨付き肉を手に取りながら、僕を見た。

「明日から、朝十一時開店の夜十時閉店だ。メインは、夕方から夜狙い」
「店番してろって事?」
「おう。人間の気配がしたら、俺は研究室から顔を出す」

 そんな事だろうと思った。僕は適当に頷いておいた。

「頑張って下さいね、砂鳥くん。僕も可能な限りお手伝いしますので」
「火朽さん……有難うございます!」

 微笑した彼は、本当に、僕にとって癒しである。変な意味合いは、繰り返すがゼロだけど。上品に厚焼き玉子を食べている彼を眺め、火朽さんは本当に料理上手だけど、方向性は無秩序だよなと、統一性が無い本日のメニューを見て思った。