【8】お化け屋敷(民家)へ行く。





 僕達の突入順番は、二番目だった。藍円寺さんは、周囲に、非常に注目されている。
 ひと組目は、科学的な市外から来た研究者集団のようで、先に温度測定機や赤外線探知機、カメラ等を設置しに潜入した。彼らの中にも除霊師はいるようだったが、見た所、自分達への結界(お守り持参)以外は、特に何もしていないようだった。

 さて、中に入った藍円寺さん。まず、小さな鐘を取り出し、錫杖を持った状態で、その鐘をチリリーンと鳴らし、直後にタンと錫杖を玄関の床に付いた。

 瞬間――ぶわっと気配がして、玄関周辺に集まっていた禍々しい微弱霊が全て吹っ飛んだ。すごいなぁ、さすが、ローラが気に入って喰べるだけの事はある。藍円寺さんはほぼ無表情の仏頂面をしているが、内心では、「俺、何にも視えないけど、ここ無理、嫌、帰りたい、泣きたい」と、考えている。そうであるのに、ここまで綺麗に一掃できるのだから、すごいと思う。見守っていた後続の人々の中には、視える人間や気配を強く感じる人間がいたようで、やはり僕同様感動していた。彼らは、「さすがは藍円寺!」と考えているか、「こ、これが、新南津市の霊能力者の実力……! すごい!」と考えているか、そのどちらかだった。けど、長年生きてきている僕からすれば、この程度……というのが、本音でもある。悪いが。正直、今回集まっている人間の水準は、お世辞にも高くは無い。

 その後、後続の人間達も中に入るため、僕ら三人は先に進んだ。
 話によると、二階の奥の鏡がある部屋が、一番危険性が高いらしい。
 昔はその鏡の裏に御札があったらしいのだが、なんだか少し前に誰かが剥がしたそうだ。紙切れ一枚でも、無いよりはマシなのだろうか。僕には微弱すぎてちょっと良く分からない。

 僕達三人は、本日、まさにその部屋で夜を越す。僕達以外に、その部屋に泊まるのは、二組だけであるそうだ。他の人々は危険だから、隣室に構えるらしい。そんな危険な所に一般人(を装っている) ……僕とローラも同伴して良いのかといえば、周囲は「あの藍円寺の連れだから問題ないだろう」と理解しているようだった。何でも、藍円寺さんが除霊に他者を伴った事は、これまでに一度たりとも無いらしい。

 しかし……階段を上りながら、先を行く藍円寺さんを見て、僕は可哀想になってきた。どんどん先程のものよりは強いため、祓えていなかった妖魔が、彼の体にまとわりついていくのだ。多分、今の藍円寺さんは、酷い霊障に悩まされている事だろう。もし藍円寺さんでなければ、肩こり程度では済まない。今頃意識を落として、搬送されているはずだ。更にそう言った霊というのは、藍円寺さんのような力の強い人間を好むから、他の人間達には、ほぼ被害がない。有害幽霊吸着機状態で、藍円寺さんは階段を登っているのだ……。

 藍円寺さんは、恐怖で内心は泣きそうな状態――外面的には、余裕たっぷりの何も気にしていない風の無表情で進んでいく。そして階段を上りきった。この時点で、後続の人間は、かなりの班が脱落した。霊圧が強すぎて、階段を登れなかったらしい。吐き気や目眩で、逆走して外に出ていった人間が圧倒的に多かった。普通はこうなる。

 結果的に……一番危険性が高い部屋まで到達出来たのは、僕達だけだった。
 隣室に入れた人数すら、班が2組み、1組みは科学者。個人は、三名だけらしい。こちらは、一人は、御遼神社の神主さんらしく、元々は鏡の部屋に来るはずだったのだが、そうすると隣室の防御面が怪しくなるとして、あちらの担当となった。残りの二名は、近隣の霊能大学の学生一名と、大手の呪殺屋(?)の御曹司であるらしかった。この御曹司――この人だけは、何度か見るに連れて、もしかすると藍円寺さんより凄いかもしれないと感じるようになった。どことなくであるが、気配を殺しているように思えたのだ。あるいは、僕とローラが人間で無いと気づいている可能性もある。何せ、ローラも何度かチラ見していたからだ。しかし、ローラが動かないので、僕も現段階では、そこまで注意はしていない。班の残りの1組みは、新南津市の心霊協会の役員さんらしい。

 さて、このようにして、夜が始まった。藍円寺さんは、部屋に入るなり、鏡に御札を貼り付け、その後部屋の四方に小さな仏像を置いた。それから各地に塩を撒いていく。本人は内心で、「コレ本当に効果があるのか?」と思っているようだったが、効果はテキメンである。中の上くらいまでの霊が、一瞬で消滅した。清々しい空気になった部屋の床に、僕は座る。隣に、ローラも座った。

 そんな僕らを、藍円寺さんが一瞥した。

「怖いか?」
「いや、全く」

 ローラが笑顔で首を振った。そして――ニヤリと笑った。
 藍円寺さんの前で、この表情を暗示無しでしている姿を、僕は初めて見た。

「藍円寺さんこそ、怖いんじゃないのか?」
「――なんだと?」

 あからさまに藍円寺さんが眉を顰めた。彼は内心では、「その通り!」と思っていたが、口では違う事を続けた。

「俺には怖いものなんて存在しない」

 吹き出しかけた僕は、俯いて笑みを噛み殺し、頑張ってシリアスな表情を保つ。

「こんな程度の低い物件に駆り出されて、正直迷惑していた所だ。暇で堪らないだろうと思ってな。退屈しのぎに、お前達を呼んでみようと気まぐれを起こしただけだ」

 藍円寺さん……指先と膝が震えている。よく見ると、涙もこらえている。強がりながら、ビクビクと怯えている。逆にその緊張のせいで、思ってもいない事を口走ってしまっているらしかった。

「じゃあ、一つ。退屈しのぎに、肩揉みでもしましょうか?」
「っ、あ……の、良いのか? 料金は?」
「――いつも通り現物だ。『命令』だ。俺の正面に座れ」

 ローラがその時、暗示をかけた。すると、一瞬で藍円寺さんの瞳がとろんとした。素直にローラの正面に、藍円寺さんが正座する。ローラは、藍円寺さんの和服の首元を指でなぞってから、僅かに見える鎖骨を撫でた。

 それを見て、僕は聞いた。

「どこまでするの? 僕、隣に行く?」
「いいや。たまには、視姦も良いだろ」
「僕が嫌なんだよ。可哀想じゃないか」
「分かったよ。じゃ、ちょっと味見する。その後――気分次第で、お前判断で場合によっては、隣に行ってくれ」
「了解」

 こうして――ローラの食事が始まった。