【16】光熱水の停止
滅多に人の来ないクリニックで、時折やってくるお祓い希望者の相手をし、普段は救命救急でバイトをする。そして仮眠室で眠り、クリニックで体を休め、週に一度、火曜日には藍円寺に顔を出す。どんどん周囲の紅葉の色が強くなっていく。
昼威は異変に気づいたのは、次第に寒さを感じるようになった、ある火曜日の事だった。藍円寺に戻り、水道の前に立つ。バイトなのか、享夜は不在だった。ここの所、タイミングが合わず、弟とは顔を合わせていない。
「ん?」
水を出そうとして、昼威は首を捻った。何度動かしても、水が出ない。
「なんだ?」
断水かと考えながら、夕方だったので、電気をつける事にする。
「あれ?」
しかしスイッチを押しても、灯りがつかない。まさか、停電もしているのか?
混乱しながらブレイカーを見に行くと、落ちているわけではなかった。
首を捻りつつ歩き、そしてたまたまポストを見た。
「え」
自分用の手紙類はクリニックに届くようにしてあるから、普段は見ないポストには、新聞が溜まっていた。驚いて中を見ると――光熱水費の請求書が届いていた。
「どういう事だ?」
あの生真面目な享夜が、払い忘れたとは思えない。唖然としながら、昼威はそれらを持ってリビングへと戻り、スマホを見た。トークアプリで連絡をしてみるが、既読にならない。おかしい。沸を切らして通話をしてみたが、出ない。埒が明かないと感じて電話をしてみるが、それにも応答は無い。
……。
これでは、今夜はシャワーも浴びる事が出来ないし、暗闇で過ごす事になってしまう。しかし、そういう問題ではない。一体、享夜は、どこに行ったのだろうか?
弟がいないのだ。これは緊急事態である。
慌てて昼威は、長兄の朝儀に連絡をし、兄と甥が暮らす公営住宅へと向かった。
レトロな呼び鈴を連打すると、すぐに朝儀が扉を開けた。このボロい公営住宅には、カメラ内蔵のインターフォンなどは無い。
「昼威? どうかしたの?」
「大変なんだ。ちょっと入れてくれ。重要な話がある」
「え、あ……今? ちょっとお客様が……」
「享夜がいなくなったんだ。しかも、光熱水が止まっている」
焦るように昼威が言うと、朝儀の奥から一人の青年が顔を出した。
「俺なら構わないよ」
「彼方さん……」
振り返って朝儀が青年を見る。その姿に、昼威は目を見開いた。
そこには、例の別れさせ屋こと――六条彼方の姿があったからだ。
以前、街コンで名刺をもらった。間違いない。
「あ、入って。享夜が、なに?」
六条彼方の同意があるからなのか、朝儀が中へと促した。
立ち話もなんなので、素直に中に入ってから、思わず昼威は聞いた。
「どうしてここにいるんだ?」
「――お兄様とは、非常に親しくさせてもらっているんです」
そういえば知り合いらしかったなと、昼威は思い出した。
そのまま狭いリビングへと移動し、朝儀がお茶を淹れてくれるのを見守る。
「それで、昼威。詳しく話して? 俺もね、享夜から連絡が返ってこないから、最近忙しいのかなって思ってはいたんだけど」
「寺に帰っている気配が無かったというか――あの享夜が、光熱水費を払い忘れたとは思えないのに、止まっていて、請求書が来ていたんだ」
彼方のことは取り置き、昼威は肝心なことを伝えた。すると朝儀が息を飲んだ。
「何かあったのかな? 行方不明? 失踪!? どうしよう!」
「ああ……警察に連絡するべきだろうか?」
朝儀と昼威が深刻な顔でそれぞれ言った時、彼方が腕を組んだ。