【*】昔の同僚
「――はぁ、という流れ。どうして気づかれたんだろう、俺のこと」
ブツブツと縲は、藍円寺朝儀の家で呟いた。
現在は日中で有り、朝儀の息子の斗望は学校にいる。
公営住宅の一室で、縲は緑茶を飲みながら、古い同僚を前にぼやいていた。
「うーん。僕には分からないけど……夏瑪夜明かぁ」
答えた朝儀は、小さく首を傾げて、頬に手を添えている。
二人は、内閣情報調査室付属庶務零課という、公的には存在しない事になっている、対妖機関の公務員として、過去に同僚だった。朝儀は妻が亡くなったのを機に退職した。縲はそれに先立ち、己の戸籍上の妻であるまたいとこが亡くなった時に、新南津市へと戻った。朝儀にしろ、縲にしろ、理由は子供だった。
ただ、縲の場合は、朝儀とは少々事情が違う。
玲瓏院のご隠居に脅されたのだ。
縲のフランス戸籍の母方には、莫大な借金があった。
血の繋がりのみで縲は最初それを知らなかったが、その人物は借金を理由に卵子を提供したらしい。それでもなお返済はできず――玲瓏院が肩代わりした。ご隠居は、縲が支払わなければ、双子の息子達に支払わせると迫ったものである。
よって縲は、支払いのためにこの土地に戻り、玲瓏院の一切の仕事を引き受けた。
結果として、守銭奴という評価がついたのだが、本人は気にしていない。
また、極力危険な仕事を息子達に負わせないため、秘密裏に処理している。
朝儀は、それを知る数少ない友人だ。年齢は朝儀が二つ年上だ。
十代の頃からの付き合いだから、もう二十年になる。
「夏瑪夜明は、普通に人を喰い殺すからね。刻印をして、血を全て吸い尽くして、もう何人も殺してる。嬲って喰べて――吸血鬼らしいといえばそうなんだけど」
朝儀の声に、嫌そうな顔で縲が頷いた。
「ここの所は、教授職について大人しいと聞いていたんだけどなぁ――はぁ。紬のゼミの指導教授らしい。知らなかったんだ、俺」
「きついね。僕だったら、斗望の担任が夏瑪夜明なら、転校させるよ」
「……だよね」
二人はそんなやり取りをした。
「――仕方がないから、兼貞を呼ぼうかと思ったんだけど」
ふたりの後輩であり、現庶務零課の主力の名前を縲が上げると、朝儀が大きく目を見開いた。
「あ。兼貞といえば、芸能人の兼貞遥斗って、兼貞北斗の甥っ子って本当?」
「うん。うちの絆がライバル視してる」
「――あの兼貞の甥なのに、呪鏡屋敷で騒ぎを起こしたの?」
「わざとだよ、あれ。六条彼方をこの新南津市に派遣する名目」
「え……六条さんって、何か関係があるの?」
「へ? 知ってるの? 六条家は、呪殺屋の名門で、兼貞家の分家だよ。分家だけど、本家より資産家だね、今は。羨ましい大金持ち。富裕層だよ。ま、兼貞がやらない後ろめたい仕事を担ってるからだけど」
縲がそう言うと、朝儀が目を瞠った。
「後ろめたい仕事?」
「兼貞と六条は、名門の付き物筋の家柄だから。蛇神憑きの兼貞と、陰陽道の六条――蛇神が出てきたら、喰い殺されるから、人間の合法的な範囲で遺体が残る形で、六条が呪詛で始末しているみたいだね。妖も人間も問わず。呪い返しもしているようだけど」
答えた縲を見て、朝儀が俯いた。
「彼方さん、良い人だと思うんだけどなぁ……」
「良い人?」
「僕の理想っていうか……」
「理想? 何言ってるのか分からない。妖の夏瑪夜明レベルで、人間なら六条彼方は危ないと思うけど」
そんな話をしてから、縲は帰宅した。久方ぶりの友達との会話が楽しかったと感じていたが、そういった思いを妖も抱くという事は、縲は知らなかった。
一人、玲瓏院家の迎えの車に乗り込み、後部座席に背を預ける。
「まぁ――玲瓏院結界を張り直したら、夏瑪夜明も出られなくなる。そこをつけば倒せるとは思うけど」
そう呟きながら、縲は帰宅した。