【21】好き



 ――侑眞って、俺の事が好きだったのか……。

 その衝撃的な事実を知ってから、一週間。藍円寺昼威は、火曜日に日付が変わった深夜、救命救急のバイトを終えて、帽子と手袋を捨てながら考えた。ここ一週間、ずっと考えていたと言っても良い。

 夏から秋にかけてひと騒動があったから、実を言えば距離自体は春までよりも遠ざかっていた。だからこそ――侑眞が会いに来てくれなければ会えないという現実を知って、自分側から縁を結びたいと考えた次第である。

 そうして時折酒を買って会いにいくようになって――そして、先週の木曜日の夕方、唐突に押し倒された。唖然とするなという方が無理だった。全くの想定外だった。

「……」

 思い出すと赤面してしまう。頬が熱い。


 柔らかな唇の感触、繋がった時の質量、熱。
 体が蕩けるような体験だった。

「……男同士なのにな」

 呟いたのは、バイクに乗った時の事である。スマホを見れば、トークアプリで、仕事が終わったら遊びに来ないかと、侑眞から届いていた。現在の侑眞からの連絡頻度は、これまでになく高い。

 散々、「俺のものになって欲しい」と言われた。喘いで快楽に涙しながら、昼威は頷いたが、明確に恋人になると口約束をしたわけではない。嫌だったら、昼威は決して押し流されたりはしないが――嫌ではなかったから、あの日は、あのまま侑眞に組み敷かれた。

 バイクの進行方向は、御遼神社だ。

 しばらく走り、石段の下の駐車場にバイクを止めながら、昼威は嘆息した。
 現在は午前二時――丑三つ時だ。侑眞は起きているのだろうか?

 そう考えながら石段を上っていくと、白い着物に水色の袴姿の侑眞が見えた。


「昼威先生」
「――美味しい酒があるそうだな」
「うん。特別に取り寄せたんだ。先生が好きそうだなと思って。味見したけど、完全に先生が好きな味」

 微笑した侑眞を見て、昼威はカッと頬が熱くなった気がした。
 そのまま離れの、侑眞専用の庵に促されて、二人で隣り合わせに座る。

「おい――なんで隣に座るんだ?」

 いつもはテーブルを挟んで向こうに座る。だから、この距離が気恥ずかしい。

「先生の近くにいたいから」

 素直に言われて、昼威は赤面した。するとギュッと侑眞が昼威を抱きしめた。

「離せ」
「嫌?」
「……そういうわけじゃ」

 嘘は付けない。だからそう答えると、頬に触れるだけのキスをされた。
 甘い。猫可愛がりされている気がした。

 それから侑眞が升に入れた冷えたグラスの中に、日本酒を注いでくれた。

 ツマミは、キャビアを乗せたライ麦パンである。クリームチーズが乗ったものや、サラミが乗るものもある。他には、子羊の香草焼きなどがあった。

「先生、疲れてる?」

 食べていると、昼威の目元を、侑眞が指でなぞった。昼威は目尻に赤いクマができる事がある。大抵は、寝不足の時だ。本来であれば、今日などは、仮眠室で爆睡していたと思う。だが――昼威も、侑眞に会いたかった。だから、正直少しばかり無理をしてここへと訪れた。というのも、きちんと確認したかったというのもある。

「少しな。ところで、侑眞」
「何?」
「お前は俺の事が好きなんだよな?」
「うん」
「俺の恋人になりたいんだよな?」
「――もうなってると思ったんだけど、俺の勘違い?」
「い、いや……そうだな」

 余りにも素直にすんなりと言われて、再び赤面し、昼威は俯いた。
 救急で帽子を投げ捨てた時から落ちたままの前髪が、顔に掛かる。

 その時、侑眞が昼威のメガネを外した。視力に問題はなく伊達であるから、昼威はされるがままになっている。

「俺、ずっと言いたかったんだ。先生が、大好き」


「……いつからだ?」
「高校」

 そんなに前からだったのかと、昼威は驚く。そんな昼威の顎に指を添え、侑眞が上を向かせた。

「先生が欲しい。欲しくて堪らない」
「――まだ食べてる」
「先生が食べ終わったら、俺が先生を食べても良い?」

 微笑した侑眞を見て、ごく小さく昼威は頷いた。以後――毎週火曜日の夜、昼威は藍円寺に帰るのではなく、侑眞に会いに行くようになる。