【33】善人(★)



 その後、二人は一度、藍円寺へと戻ることにした。
 車の中で、昼威が彼方を見る。

「どう思った?」
「幸せそうでしたね」
「そうじゃない! 喰い殺すと言っていただろう……? 縲さんは無事なんだろうか」

 昼威の問いに、彼方が無表情になった。

「一般的に、吸血鬼に刻印されて、無事な人間は少ないです。その点で、貴方の弟さんは、非常に幸運だといえる」
「……非科学的な存在を認めたいとは思わないが……あのローラという者を吸血鬼だと仮定しても……悪い存在だとは思ってはいない。享夜は優しい。悪意ある者に陥落したりはしない。縲さんよりも守りたいほどの聖域らしいしな」
「それはブラックベリー博士が、実に人間らしいからというのも手伝っているのでしょうね」
「……! 本物なのか?」
「ええ」

 次に絢樫Cafeに行ったら、直筆のサインをもらおうと、ひっそりと昼威は考える。それはそうと――吸血鬼について気になった。

「人間らしい? 多くの吸血鬼は違うのか?」
「彼らから見れば、非力な人間は、下等生物ですよ」
「非力な? 日中出歩けない太陽に弱い、十字架だの弱点だらけの吸血鬼の方が弱くはないか?」
「そういった、鏡に映らないというような典型的な弱点は、ごく一部の吸血鬼の個性です。全般には当てはまらない」

 彼方はハンドルを握りながら、嘆息しながら信号を見る。

「吸血鬼は、真祖に近しい存在ほど、弱点が消失するようですよ。人間と何ら変わらなくなる」
「真祖?」
「より濃い、旧源菌(アルカエア)の持ち主のことです」
「古細菌(アルカエア)?」
「いいえ。旧源菌と書きます。これは、ブラックベリーの霊能学の用語です」

 初めて聞く言葉に、昼威は首を傾げた。
 それからすぐに、車は藍円寺へと到着した。

「無事で良かった」

 朝儀が彼方に抱きついたのは、車から降りてすぐのことである。それを傍目に、昼威は侑眞の前に立った。出迎えてくれた二人は、心底心配していたという顔をしている。

「敵の所在地が分かったかもしれない」
「そう。今度こそ、僕と彼方さんが行くべきだよね」

 そう言った朝儀に、彼方が渋い顔をしつつも頷いた。

「昼威先生には残っていてもらった方が良いですね。北斗さん達にも待機してもらっているので、ここからは国の仕事です」

 昼威は腕を組む。そもそもの話、内閣情報調査室庶務零課に懐疑的だからだ。

「先生、待っていよう」

 しかしその時、侑眞に腕を引かれた。だから昼威は、朝儀を信用することに決めた。そのまま、入れ違いで車に乗り込む朝儀を見る。すると朝儀が一度振り返った。

「僕は大丈夫だから。なにせ、斗望がいるからね。彼方さんのことも、僕が守るよ」
「……そうか」

 昼威は頷いた。彼方は、何も言わずに運転席に乗り込んだ。
 こうして二人は出かけて行った。残された昼威は、改めて侑眞を見る。

「六条彼方は、信用できるのか? 今更だが」
「――僕の中のアメ様は、そう言ってる」

 その言葉に、久方ぶりに昼威は、神様の姿を思い出した。
 二人で中に入ろうとした時、侑眞が下ろしたままで昼威の手を握る。

「心配なのはわかるけど、大丈夫だから」
「根拠は?」
「――直感としか言えないな。ご神託というか」

 話しながら居間へと入った。すると、侑眞が昼威を隣から抱き寄せた。

「今はそんな場合じゃないだろ」
「だって先生が、泣きそうだから」
「は?」
「朝儀さんと享夜くんのことが心配で仕方ないんでしょう? 本当は」
「……」

 図星だった。だから昼威は、侑眞の肩に額を押し付けて俯く。

「あいつらは、自分勝手すぎる」
「そう? 愛する人と一緒にいたいだけでしょう? 俺もそうだけど」
「……」
「ローラさんのことは分からないけど、見ている分には愛があると思うよ。六条さんは……どうかなぁ。俺には、朝儀さんか昼威先生の話しかしないけど」

 侑眞はそう言いながら、片腕に力を込め直して、より強く昼威を抱き寄せた。そして頭を撫でる。艶やかな昼威の黒い髪の感触を確かめていた。

「侑眞、お前は」
「ん?」
「俺を善人だと思うか?」
「うん。どうして?」
「今――お前がここに残って、俺はホッとしている」

 それを聞くと、侑眞が優しく微笑んだ。

「俺だって同じだから、仮にそれが善人の行いじゃないなら、二人で地獄に落ちれば良いよ」

 そう言うと、侑眞が昼威の額に口づけた。

「どうしよう。先生が無性に欲しい」
「……久しぶりに会ったからか?」
「違うよ。俺ばかりが好きだと思っていつも呼吸していたから、先生の気持ちを聞いたら嬉しくて、理性が飛びそうなんだよ」
「……飛ばせばいい」

 昼威はポツリと告げてから、自分からキスをした。すると驚いたように、侑眞が目を丸くする。しかし、昼威も侑眞を求めていた。朝儀達には、そんな場合では無いとさんざん口にしたが、もう命の保証が無いのかもしれないとローラの言葉から考えた途端、どうしようもないほどに、侑眞の温度を感じたくなっていた。

 それから二人は視線を交わした。そして――深い深いキスをする。互いを求め合い、舌を絡め合う。そのまま、侑眞が昼威の服に手をかける。畳の上に押し倒したのは、それからすぐのことだった。

「ぁ……」

 胸の突起を舐められて、昼威が小さく声を上げる。侑眞は、性急に昼威の体を暴いていく。少し指で鳴らすとすぐに、陰茎を進めた。

「っっっ!」

 衝撃に、昼威は侑眞に抱きつく。正面にある侑眞の顔を、蕩けたような顔で見つめながら、熱を感じていた。剛直な侑眞の熱に、甘い吐息をつく。

「侑眞、ぁ」
「昼威さんが好きだよ」
「俺も……ん、あ、ああっ、う、うあ」

 腰を揺さぶるように侑眞が動かす。侑眞の側には――どうしようもない独占欲があった。必死で嗜虐心は抑えこむ。昼威が欲しくて欲しくて仕方が無かった。だが、つながっていると、甘く優しくしたくなる。それでもドロドロにしたいという欲求もあった。

「あ、ああっ」

 意地悪く感じる場所を緩やかに何度も突き上げられて、昼威が声を上げる。

「侑眞、あ、ああっ、もっと」
「うん」
「あ、ああっ、く、あ、うあ」

 昼威に求められると、侑眞はいちいち嬉しくなる。そんな侑眞の内心など知らない昼威は、侑眞の首に腕を回し、快楽に涙する。与えられる熱に、体が熔けそうになっていく。

「あ、ハ」
「先生、気持ち良い?」
「……聞くな」
「っ、本当に、大好き」

 そのまま二人は、何度も果てながら交わったのだった。