【7】「美味しかった」は、貴重な一言。



 藍円寺さんが斗望くんを連れて絢樫Cafeとやってきたのは、次の週末の事だった。
 藍円寺斗望くんは、小学校六年生で、藍円寺さんの甥っ子らしい。

 茶色い髪と瞳をしていて、そこは藍円寺さんとは似ていなかったし、顔立ちも似ていない。ただ、霊能力の”色”がよく似ていた。僕達妖から見ると、こちらの方がよほど血縁関係を感じさせる。

 以来――学校帰りに、斗望くんは、絢樫Cafeにたまに訪れるようになった。学校帰りの買い食いは、市立の小学生の場合には禁止らしかったが、保護者が同伴していれば良いらしい。

 ……保護者……と、いうのも、斗望くんは一人で来るわけではない。
 御遼芹架くんという同級生と、その保護者(?)らしき青年と訪れる。

 芹架くんは長身で、小六ながらに、僕よりも背が高い。僕は165cmくらいを象っているのだが、芹架くんは176cmもあるそうだ。平均かそれより少し背が低い、まだ130cm台だろう斗望くんを見ていると、芹架くんはとても小学生には思えない。だが人間の成長速度は時代によって大きく変わるから、僕の先入観が古いのかもしれない。

 お茶を淹れながら話に耳を傾けている分には、二人は普通の小学生だ。

 問題は、芹架くんの保護者――だというのに、芹架くんには見えていないらしい、妖狐のお客様である。僕は斗望くんと芹架くんには迷わずレモン水とメニューを差し出す事が出来るが、芹架くんに気づかれたくなさそうな妖狐の青年には差し出すべきか迷う。

 なお、斗望くんには見えているらしい。よって斗望くんは「保護者がいるからお店に来て良い」と、判断しているようだ。難しい所である。ま、まぁ、何かあったら藍円寺さんに連絡可能だし、いいかなと僕は考えている。紬くんもよく来るしね。

 迷っていた僕に、最初の頃、妖狐の青年は『気にするな』と呟いた。
 だが、お客様である。気にしない方が無理だ。
 そうしていたら――芹架くんと斗望くんとは別の席に、一人で妖狐が座るようになった。

 なので人間から見れば無人の席に、僕は堂々とレモン水とメニューを広げる事が可能になった。

「――うん。ローラさんに誘ってもらったから、みんなでテーマパークに行くんだよ。芹架くんも行こう」
「テーマパーク……完成していたのか」
「そうだよ! 夏休みには出来てた。でも、僕も行った事がなくて」
「冬休みに行くのか?」
「んー、日程は、享夜くんが教えてくれるって」
「……行きたいけど、行けるかわからない。冬休みは塾に行かなきゃならないし、侑眞さんが良いって言わないと、俺は行けない」
「御遼神社には、藍円寺から享夜くんに電話をかけてもらう。それに、昼威さんも侑眞さんに話してくれると思う」

 小学生二人は、先日ローラが言い出した、『お化け屋敷(テーマパーク)』へと行くプランについて話し合っているらしい。話しながら、斗望くんがちらりと妖狐の青年を見た。すると僕と同じくらいの年齢に見える妖狐は、顎で小さく頷いた。遊園地に行く許可らしい。僕は現在まで、彼の名前は知らない。無理に心を読んで知るほどでもない。

「多分大丈夫。きっと芹架くんの保護者には、誰か来るよ!」
「……あんまり迷惑をかけるわけには行かない。侑眞さんは、俺を引き取ってくれたし」
「芹架くんがそうやって我慢をいっぱいしてる方が、侑眞さんはきっと悲しいよ」
「え?」
「お父さんが言ってた。子供は元気に遊んでいるほうがいいって。それを見てる方が、保護者は楽しいって!」
「……そっか」

 斗望くんと芹架くんは、方向性が違うが、とても良い子だと僕は思う。

 その後、本日は藍円寺に二人で遊びに行くらしく、窓の外を通りかかった藍円寺さんを見ると、二人が立ち上がった。そして僕に、お金を払うと、二人は出て行った。ちなみに、クッキー代の50円をそれぞれからもらい、飲み物は、僕が最初に出したレモン水のみだったけど、僕はあまり気にしていない。

「――ん?」

 そこで僕は気がついた。普段であれば、一緒に出ていく妖狐の青年が、椅子に座ったまま動かないからだ。視線を向けると、目があった。


 僕同様高校生くらいの姿をしている彼は、狐色の髪に緋色の瞳で、身長は芹架くんより少し低いくらいだろう。ただよく見ると、その瞳は老成している。

「藍円寺享夜が送る以上、俺がそばにいる必要はない」

 僕の疑問に答えるように、妖狐が言った。それを聞いて、頷きながら、僕は歩み寄った。

「なにかご注文なさいますか?」

 微笑すると、妖狐がメニューに視線を落とした。それから改めて、僕を見た。

「冷たい緑茶――は、アイスグリーンティというのか?」
「ええ。他には、抹茶ラテなどもあります。こちらは甘いものです」
「甘くない方が良い。甘いものは、何か餡子が食べたい」
「白玉ぜんざいでも食べますか?」
「それで頼む」

 こうして注文を受けて、僕は厨房に戻った。現在お客様は、彼ひとりである。
 用意をしながら、赤い着流し姿の妖狐を見た。

 無口なのかと思っていたが、そうとも思えない。

「――昔は、この新南津市にも、妖がこうして茶を飲める店が多数あったんだが、最後の茶屋が潰れてからは、久しく見なかった」

 運んでいくと、雑談をふっかけられた。僕を窺うように見ている妖狐は、気だるそうな顔をしている。

「そうなんですね。このお店で、ぜひゆったりなさって下さい」
「お前は、覚か? 俺は、妖狐の水咲という」
「はい。僕は覚で、名前も砂鳥です」
「そうか」

 頷くと、水咲さんは、食べるのに集中しだした。邪魔をしないように、僕はレジ側へと移動する。そしてケーキを眺めながら、思案した。人型を取れば、人間のお店に娯楽で食べに行くことは易い。だが確かに、妖が妖としてふらりと入れるお店は少ないかも知れない。

「また来る」

 食べ終えると、水咲さんが音もなくレジの前に立った。そしてお金を置くと、僕を見た。

「美味しかった」

 こうして帰っていった水咲さんを見て、最後の一言は接客業をする上で、非常にありがたい貴重な一言だなと感じた。美味しいと言われると、正直やる気が出る。

 ――以後、斗望くんと芹架くんが学校に行っている時も、たまに水咲さんは絢樫Cafeに立ち寄り、時間を潰してくれるようになった。