【9】新南津市ハイランド
翌日、テーマパークへと向かった。僕とローラと火朽さんは、タクシーに乗った。なんでも、ローラは藍円寺さんと待ち合わせをして、デートを楽しみたいらしい。普段の絢樫Cafeでの待ち合わせとどう違うのかは、僕には不明だ。けれどローラは、人間の交通機関は「怠い」そうで、最もマシなタクシーを選んだらしい。
火朽さんは、本当は紬くんと一緒に、バスと電車で現地に向かいたかったようだが――本日、紬くんは、玲瓏院家の車で出かけるらしいからなのか、僕達と一緒に行く事になった。
水咲という妖狐は違うが、あちらの『人間』達も、揃って出かけるらしい。
――藍円寺さんの車で。運転するのは、藍円寺さんみたいだった。
あちらというのは、藍円寺さんと、甥っ子の斗望くん。その同級生の芹架くんと、その保護者の水咲だ。僕は、あまり他者を呼び捨てにしない。ローラは僕にとっての主人公であるから、少し別枠だ。そんな僕にとって、Cafeのお客様から、妖怪薬へのお客様にランクアップした水咲は、ちょっと特別だ。
「桔音って免許持ってたよな?」
その時、ローラが後頭部で手を組みながら言った。すると助手席から、火朽さんが振り返る。
「ええ」
「帰りは、俺と藍円寺でタクシーを使うから、向こうの運転をしてくれ」
「嫌です。僕は紬くんの家の車で、玲瓏院家にお邪魔する予定なので」
「車が無いと、藍円寺が困るだろ」
「僕には関係がありません」
暗示がかかっているタクシーの運転手さんは、何も言わずに聞いている。僕は首を傾げた。火朽さんが遊びに行くのはともかくとして、藍円寺さんは、帰りは運転できないのだろうか?
「ローラ、斗望くん達は、一体どうやって帰るの?」
「ん? 砂鳥、お前も含めて、向こうの車で帰ってくれ」
「へ?」
「俺と藍円寺は、場合によっては朝帰りだからな」
ローラが楽しそうに笑った。僕は全く楽しくない。思わず笑みを引きつらせてしまう。
「いやぁ、ホテルを取っててな」
「へぇ」
「――そういう事でしたら、玲瓏院の車に、斗望くんと芹架くんの同乗を頼んでも良いかもしれませんね」
何を言っても無駄だと判断したのか、火朽さんが呆れたように言った。それから僕を見る。
「砂鳥くんも、そちらで帰りましょう。藍円寺さんの車に関しては、僕達には無関係の問題です」
僕は曖昧に頷いた。後で、ローラが取りに来たって構わないだろうし、朝になったら藍円寺さんも運転する気力が――……あるいは無くなっているかもしれないが、ローラがどうにかするだろう。藍円寺さんに「困る」と言われたら、きっとローラは運転をするはずだ。ローラだって車の運転が出来るのだから。僕や水咲は、紬くんの家の車で送ってもらえば良いに違いない。
そんな事を考えている内に、タクシーは、新南津市ハイランドに到着した。
――……すごい人ごみだ……。
待ち合わせをしている券売機付近の人ごみを見て、僕は慌てて、渦巻く人間の思念からピントを逸らした。こんなに大人数の考えがいきなり見えたら、間違いなく船酔い気分を味わう事になってしまう。
「火朽くん!」
そこに紬くんの声がした。僕らがそろって視線を向けると――ペアルックでは無いだろうが、本日も火朽さんとお揃いとしか言いようの無い服を着た紬くんが駆け寄ってくる所だった。まぁ、流行している服なのだろうし、似たような装いの人々は、この券売機前にも沢山いる。二人は、本当に趣味が合うらしい。それとも人間の大学生とは、皆似たり寄ったりの格好をしているのだろうか?
「享夜さん達は、今駐車場みたい」
「おはようございます、紬くん。では、先に購入しておきましょうか」
柔和な笑みを浮かべて、火朽さんが紬くんに言った。二人が、券売機の方へ歩いていく。それを眺めながら、僕はローラを一瞥した。
「ローラは、買いに行かないの?」
「事前に買っておいた。俺に抜かりはない」
「僕の分は? 僕、お金を持ってないよ」
「……早く桔音を追いかけろ」
その言葉に頷いて、僕は火朽さんと紬くんを追いかける事にした。二人は――そんな僕の分や、持っているらしいローラの分、その他に藍円寺さん達の分も、既に購入してくれていた。ローラと違って優しいなぁ。
こうして無事にチケットを手に戻ると、藍円寺さん達も合流していた。
……うん。ローラのはしゃぎっぷりと言ったら無い。何とも言えない気持ちになる。僕はニコニコしてしまった。
「行くぞ! 藍円寺!」
「え」
「やっぱりテーマパークっていったら、お化け屋敷だよな!」
藍円寺さんの手を取って、ローラが早速歩き出した。僕を含めた他のメンバーなど、視界に入っていない様子である。嬉しそうだなぁ。まぁ良い、もう放っておこう。そう考えながら、僕は視線を戻した。
斗望くんと芹架くんは、二人でパンフレットを覗き込んでいる。水咲さんは、その一歩後ろで二人を見守っている。子供達二人の安全は、水咲さんがいれば守られるだろう。
そんな彼らの後ろで、ローラ達のペースとは逆に、非常にまったりと火朽さんと紬くんが歩いている。僕はちょっと興味がある。この二人は、一体どこに行くんだろう?
「火朽さんと紬くんは、どこに行きたいですか?」
「砂鳥くん。僕と紬くんは、入ってすぐのテラスでお茶をしているので、楽しんできて下さい。荷物を見ていますので」
「え?」
「僕達が来るのは二度目ですし――並ぶよりも、話をする方が有意義だと僕は思うんです」
笑顔の火朽さんの言葉に、そういうものなのかと僕は小さく頷いた。荷物というほどの荷物も無いが、迷子にならなさそうで良い。迷ったら、火朽さん達のいる席へ行けば良いのだから。
無論、僕が迷子になるわけではない。僕は、人間の小さな子供に対する一般論を思い浮かべただけだ。なにせ、ローラに引っ張られながらも、時折心配そうに藍円寺さんが、こちらへ振り返るからである。藍円寺さんは、ローラには勿体無いくらい、比較的常識人だ。
しかし――なるほど。
ローラが僕を連れてきた理由に納得してしまう。僕は完全に、このメンバーの中において、斗望くんの保護者役を宛てがわれているらしい。少しだけ歩く速度を落として、僕は斗望くんの隣に並んだ。
「斗望くんは、何処に行きたいの?」
「僕は、これ。スペース・ウォーズ!」
パンフレットを斗望くんが僕に見せた。何やら宇宙モティーフの絶叫マシンらしい。ジェットコースターだ。
「芹架くんは?」
続けて僕が尋ねると、芹架くんも頷いた。
「俺は……斗望が行きたい所に行きたい」
背の高い芹架くんを見ていると、斗望くんの保護者に見えない事もないのだが、言葉を聞いていると、そちらも声変わりしているとはいえ――少々内気な小学生だとしっかり思える。最後に僕は、水咲を見た。
「水咲は?」
「――俺はこちらが良い」
どこでも良いと帰ってくるかと思ったのだが、意外にも水咲は、パンフレットのある箇所を指した。そこには、このテーマパーク最大の、この国においても最大級の、高速ジェットコースターが記載されていた。
本日は人間らしい私服であり、狐耳と尻尾も人間には見えないようにしている水咲だが、僕の目には、嬉しそうにその耳が揺れたのが気配で分かった。
「じゃあ、スペース・ウォーズで腕慣らしをしてから、ビッグラジエルに取り掛かろう!」
斗望くんがまとめると、芹架くんと水咲さんが頷いた。僕も笑顔で頷く事にした。