【27】新年(★)
翌朝目を覚ますと、僕はまだ水咲の腕の中にいた。僕を抱きしめて、じっとこちらを見ていた水咲は、目が合うと不意に笑った。ちょっとグッとくる笑みだった。本当に不意打ちだった。
「おはよう、砂鳥」
「お、おはよう……」
真っ赤になるなというのは無理で、僕は赤面したのが自覚できたから、静かに目を閉じた。すると水咲が、僕の髪を撫でた。
「そういうの、いいから」
「撫でたいんだ」
「……」
「そこまで照れられると、もっと真っ赤にしてやりたくなるな」
「ぁ」
水咲が僕の耳の後ろをなぞる。おかしな声が出てしまった。
「もっと砂鳥が欲しい」
「また口説く」
「もう口説き終わった。だから口説いているんじゃない。ただの本心と――恋人とのやりとりだ」
それを聞いて、僕は真っ赤のままで、目を開いて、おずおずと水咲を見る。
「僕達、恋人になったの?」
「俺はそう思っている」
「恋人になると、どうなるの?」
「どう、か。砂鳥がそれだけ俺の中では特別になったという事だな。強いていうなら、浮気は許さない」
僕の肌に触れた水咲は、それから優しく唇を首筋に落とした。ツキンと広がった甘い感覚に、僕は息を呑む。そのまま胸の突起を唇で挟まれて、チロチロと舐められると、体に優しい快楽が走った。
もう一方の手では陰茎を撫でられ、その内に僕の息が上がる。
太ももを持ち上げられて、水咲が陰茎を進めてきたのは、そのすぐ後の事だった。
昨夜の行為でほぐれたままだった僕を穿ちながら、水咲が律動を開始する。
「あ、ああっ……」
固く長い熱が、深く僕を貫いた。体温が交わり合う気がして、全身がゾクゾクする。
「あ、ァ、ン」
「可愛いな」
「僕を可愛いなんていう人は、水咲しかいないよ」
人、ではないが、便宜上日常会話では、そう称する事が多い。水咲もクスクス笑うだけだ。その余裕ある表情が悔しい。僕の体は昂められ、既に余裕なんてない。
「ああああああ!」
直後激しく動かれ、感じる場所を突き上げられた時、僕は放った。ほぼ同時に水咲も僕の中へと出した。
この日はそうして、日がな一日交わっていた。
夜になってから、気だるい体で寝転がりながら、僕は水咲を見る。今も腕枕をされている。
「寝正月って、ずっと姫始めをしているって意味だったの?」
「正月に限らず、ずっとこうしていたいけどな」
冗談だろうと理性ではわかるのに、僕はやっぱり真っ赤になってしまったのだった。
――二日に日付が替わってから、僕は水咲に送ってもらって絢樫Cafeへと帰った。店の前で分かれる時、掠め取るように唇を奪われたものだから、僕は焦ったものである。
「またね!」
そう言って、僕は店の中へと入った。するとローラが新聞から顔を上げた。今日はどこの国の新聞を読んでいるんだろう。
「遅かったような早かったような」
「明けましておめでとう、ローラ」
「おう。今年もよろしくな」
そんなやり取りをしてから、僕は自分用に珈琲を淹れた。最近僕は、珈琲が好きだ。
「藍円寺さんは?」
「まだ寝てる。人間は体力が無いからなぁ」
姫始めを彼らも長い時間行っていたんだろうなぁと、僕は悟った。確かに、僕は体力がある妖では無いが、今もちょっと気だるいだけで、むしろ心地の良い疲労感だ。
「火朽さんは?」
「――夏瑪から、玲瓏院紬を護衛するという名目で、正式に玲瓏院の人間と話をしたみたいでな。紬と一緒に、大学の休み明けまでは過ごすみたいだぞ? ま、あっちも姫始めだろうけどな」
確かにそれは、ローラが藍円寺さんの護衛として、一緒に除霊のバイトをするのと同じくらいに効果が期待できそうだ。紬君の安全が確保されると思う。
「お前は妖狐とはどうなったんだ?」
「恋人になったよ。多分」
「多分? 言質を取らなかったのか?」
「違うよ。聞いてないのに水咲が僕に恋人になったって言ったんだけど、僕側にまだ実感がなくてさ」
僕は人の恋愛を観察するのは好きだが、いざ当事者になると困ってしまう。慣れていないのだ。
「愛されていて、良いじゃねぇか」
「……そう?」
「俺も藍円寺にもっと求められたい。恋人だって言い合いたい」
そこからは、ローラのノロケが始まった。僕は適当に聞き流しながら、娯楽で食事をする事に決める。水咲の家では、一度も食べなかったのだ。ま、まぁ、水咲は肉食らしいから、僕を食べていたのかもしれないけどね。
こうして、僕は新年を迎えた。
……水咲との関係は、まだ実感はないけど、多分変わったんだと思う。ただ、想像していたよりも、それは寂しいことではなくて、僕にとっては今の所温かい。
とはいえ、思い出すと無性に恥ずかしくなる。僕は、食べながら、その後はお風呂に入りながら、夜は久しぶりに寝台に行って、ずっと羞恥からのたうち回っていた。
翌日からは、心霊協会の人々に珈琲を出す作業を再開した。人数がだいぶ減っていて、そろそろ彼らの仕事も本格的に終わるらしい。珈琲の代わりに、甘酒をもらったりもした。
新しい年は、一体どうなるんだろう。何が待ち受けているのかなと思うと、少しだけ、ワクワクした。