【4】初会議



「えー、それでは! 改めまして、玲瓏院紗衣と申します。この特別班の主任を務めさせて頂きます」

 巨大なモニターの前に立ち、紗衣が笑顔で仕切りなおした。
 俺を含めた、残りの四人は、そんな彼女へそれぞれと視線を向ける。

「副主任は、個人的にはルイくんが良いんだけど」

 私情を絡めて彼女が言った。俺は膝を組んで、頬杖をついて首を振る。すると、ふっくらとした唇で笑みを描きながら、彼女は続いて、俺の左横に座っている少年を見た。藍円寺朝儀だ。

「親戚だし、朝儀くん?って、言いたいという気持ちもあるんだけどさぁ」

 その声に、隣に座っていた少年は、柔和な笑みを浮かべると首を振った。親戚だというが、全く似ていないなと、漠然と考える。藍円寺朝儀は、俺から見ると、押しに弱い、典型的な日本人に見えた。

「やっぱりね。長年、私と組んでくれている、望美ちゃんが良いと思うの」

 紗衣はそう言うと、髪をポニーテールに結んでいる女性を見た。この室内で、貴重な、『大人』に見える。夕凪望美は、指名されると、少しだけ俯いて、細く吐息した。

「私に務まるのならば、いくらでも引き受けたいとは思う」

 そう言うと、彼女は、俺と朝儀に向かい振り返った。ひとつ前の席に座っていたのだ。なお、俺の右隣には、兼貞北斗という少年が座っている。一人だけ名前が出なかったが、彼は気にするでもなく――というよりも、この会議に興味がなさそうに、窓の外を眺めている。

「望美ちゃん以外に適任者はいないよ! ね? みんな、そう思うよね!」

 紗衣がそう続けたが、俺は初対面であるから、答えられなかった。しかし俺の左右で、朝儀と北斗が頷いていた。俺以外は、過去にも顔を合わせたことがあるらしい。すると、凛とした眼差しを、少しだけ夕凪望美が優しく緩めた。

「ならば、尽力する」

 一人、決意するように頷いてから、彼女は立ち上がった。そして紗衣の隣に立った。

「では、改めて――夕凪望美と言う。ミシェーレ氏以外とは、過去に幾度か顔を合わせた事があるが――よろしく頼む」

 副班長は、そう口にすると、一度大きく腰を折った。それから、振り返るようにしてモニターへと視線を向ける。

「今回、私達は、オロール卿という名前で国際指名手配されている吸血鬼を――第一目標としては、捕縛する事になる。ただ、実質、第二目標に当たる殺害が出来れば、それが幸いだ」

 彼女が機材を操作すると、そこに、銀髪の三十代半ば程度に見える男性型吸血鬼が映し出された。多くの場合は、白金色と呼称される髪は、金よりは薄く、しかし白髪には見えない、不思議な色彩をしている。オロール卿は、その艶やかな髪を後ろに撫で付けている。今現在映し出されている写真は、伊達眼鏡姿だったが、視力が悪いという報告は無い。

「直近の、かの者による人類への被害であるが――『刻印』された、とある人間が、吸血鬼となり、他の人間を襲撃した」

 前回の現場を思い出しながら、俺は一人頷いた。
 すると、紗衣が嘆息した。

「オロール卿自身の、人類への被害は、さ。その『刻印をした』という以外を遡るなら、女性の胸を電車で触っていた痴漢を殴ったっていう――非常に合法的で、寧ろ人類のためになる、正義漢溢れる行為だったりするんだよね」

 その補足に、周囲に、奇妙な沈黙が溢れた。
 俺は、そんな空気に辟易して、思わず机を叩く。

「たった一名の女性をかばったからといって、善良な存在だとでも言うつもり?」
「ルイくん、怒らないでよ。事実を述べただけなんだから」
「余計な補足だとしか思えない」
「情報は、多い方が良いでしょう?」

 俺達がそんな言い合いをしていると、隣で朝儀が吹き出した。

「夫婦喧嘩はよそでお願いします。それよりさ、その、オロール卿? 日本にいたら、外見的に、それなりに目立つと思うんだけど、居場所はわかっていないんですか?」

 それを聴くと、副班長が小さく息をので、モニターに振り返った。

「現在は、都内のとある大学の、民俗学科の助手をしているらしい」
「じゃ、そこを強制捜査で良いだろ」

 続いて、俺の左隣で、兼貞北斗がぶっきらぼうな口調で、そう告げた。だが、これに対し、紗衣が首を振る。

「それは出来ないの。相手も周到に、人間の国籍を用意して、人間のふりをしていて、しかも善行を積んでいるから――確固たる証拠、その『夏瑪夜明(ナツメヨアケ)教授』が『オロール卿』であると、断言できるまでは、迂闊には動けないの」

 俺はそれを聞いて立ち上がった。そして入口へと向かい、歩き始める。

「ルイくん?」
「法なんて関係ない。俺は、オロール卿を屠るためにここにいる。会議は好きに進めて。俺はその間に、殺してくるから」

 生きていない存在相手に、殺すという表現が適切なのかは不明だった。

「ルイくん! それは、ダメ!」
「俺は従うつもりはないよ。この特別班が、俺に枷をつける存在ならば、参加する気すらない」
「待って――!」

 目をきつく伏せて、俺は扉を目指した。