【6】古代の言語文明圏



 そのまま、昼食の時間になった――即ち自由行動が許可されている時間だ。
 俺は支給品のスマホを片手に、席を立つ。

 そして一つ上のフロアにあった、DGSEの出向室へと向かった。俺一人しか来ている者はいないから、ここはほぼ、俺の専用の部屋だといえる。一応、まだ『来ている』という扱いだが、あと四年ほどしたら、俺は日本人になるそうで、そうなれば、この部屋は俺のものではなくなるのだろう。

 朝、コンビニで買ってきたサンドイッチの封を切り、ツナサンドを食べてから、俺はスマホを見た。そこには、夏瑪夜明教授の詳細な情報が送られてきていた。

 一体、オロール卿と思しき教授は、どんな研究をしているのか。
 まずはそれを確認しようと決めたのである。


 ……。
 順を追って確認すると、研究内容は、以下のようなものだった。

 近年――以前より、歴史こそ学問としては浅いが、この日本という国では、岩刻文字が発見されていたのだという。分布が多いのは、主にアイヌ民族が暮らす北海道近辺と、九州、沖縄であるそうだ。日本の南側では、主に、神社や神聖な場所――特に立ち入り禁止とされてきたような場所で、発見される事が多いらしい。ここまでは、夏瑪教授の研究ではなく、歴とした他の考古学者の研究から明らかになっているのだという。

 夏瑪教授の研究によると、アイヌ民族の暮らす地域の他――北海道在住以外で蝦夷と過去に呼ばれた、日本古来の民族の住居跡にも、この岩刻文字を見出す事が可能なのだという。その蝦夷の居住地として、夏瑪教授が対象にしているのが、日高見国という、関東以北から東北のどこかにあった日本の古代の国であるという。一般的には、縄文時代の人々の血を色濃く受け継いでいると考えられている存在のようだ。

 記紀によれば、日高見国は、倭国と併合され、その後、現在の日本という国になったのだという。この中で夏瑪教授が疑問を抱いたのは、蝦夷の支配する日高見国側からも、倭国が元となる出雲側からも、どちらの側からも、同一の岩刻文字が出土――どころか、今も飾ってあるという部分であるようだった。

 片側が戦に敗れた、というような意味合いではなく、広く――岩刻文字は分布している。また、この岩刻文字自体は、環太平洋の各地で広く見つかっているわけで、古の時代に、海洋国家――それは統一の国家というニュアンスではなく、同じ言語圏に属する一つの文明が存在していたのではないかという、これも夏瑪教授のものではない研究結果が先に存在している。

 つまり、縄文時代の日本も、環太平洋に広がる、ある岩刻文字の言語圏に属していたのではないかというのが、ペトログリフ研究の終着地点である。

 それを、日本という国では、漢字伝来前の、神代文字と読んだり、神聖な古代の神の言語として、守ってきたのではないかという論説は、目新しいものでは無いようだった。夏瑪教授の研究で目新しいといえるのは、アイヌ以外の蝦夷地が、必ずしも海に属さない地域を対象としている事である。

 縄文時代は、非常に長い。これは、原始時代が長いというのとは、少し話が異なる。

 さて、この岩刻文字であるが――まさしく、シュメール関連の遺跡で発見される文字と同一なのである。シュメール文明というのは、紀元前3500年前頃の、メソポタミア文明の初期を指している。一方の、縄文時代は、紀元前15000年前頃から紀元前2300年頃を指している。そして、縄文時代のより古いペトログリフから、シュメールの文字が発見されているわけである。しかしこれは、日本からその言語が各地に伝わったという話ではない。あたかも紀元前3500年前頃に、シュメール文明は突如として起こったように言われているが、それまでの積み重ねが、その頃より顕著に、遺跡として見つかっているという話のようであるらしい。

 重要な論点は二つであり、ひとつは、縄文時代は、シュメールの言語が、シュメール文明の遺跡で見つかっているよりもはるか以前から存在した事を伝える貴重な文明なのではないか、さらにはその言語圏は、イラクから日本という広範囲にまで広がる、非常に大きな文明圏だったのではないかという事柄である。そしてもう一つは、日本は言語にしろ神話体系にしろ、独自発展してきたのではないかと考えられてきたが――事実であるならば、神話的観点においても、言語体系においても、この、古代の文明圏の影響を受けてきたのではないか、という部分である。

 つまり、日本語は、漢字表記されているが、もともとの発音や読み方といったものは――シュメール語を色濃く残しているのではないか。これは、オカルトチックになるが、日ユ同祖論に繋がる論争であるという。例えば、皇(スメラギ)がシュメールであるといった論争だ。ユダヤというのは、ユダヤ教を信仰する人々の事である。しかしここでいうユダヤとは、旧約聖書でいう、アブラハムを祖とした、メソポタミア――即ちイラクから、移住していった渡り歩く人々の事である。

 極東亜細亜に、ユダヤ人が移動した痕跡は、存在している。例えば、中華圏の秦氏は、日本にも渡来している、古代の基督教徒だとされている。大陸を経由したのであれ、海を経由したのであれ、この日本という国の、神道や仏教の根幹に――アブラハムの宗教とされるような、旧約聖書の影響、正確には旧約聖書を形作ったとされるシュメール文明の神話が影響を与えている可能性があるのだ。

 シルクロードよりもはるかに古い時代にあって、まるで現代社会さながらの交流があったならば――というのは、ロマンティックに思えるかも知れない。ただ、心理学で解く、集合的無意識で、遺伝的に皆が同じ神話を思い浮かべるといった概念と比べるならば、遺伝的記憶よりも、交流があったと考える方がわかりやすい。

 現代社会において、各国と交流している文明が、こうして存在しているわけであり、過去に存在していたとしても、不思議はない。何もそれは、現在のような科学力を必要とはしない。航海に関しては、水の蓄えなどがあれば可能であるし、それには縄文土器という優れた当時の文明の利器がある。わざわざ危険な航海を犯した理由も、当時の日本の気候変動――噴火と時期が一致し、実際に海外の、例えばエクアドルで出土した土器の話も存在する。

 遺伝学的にも、白血病研究や、ミトコンドリア、Y染色体、そうした医学的な研究から、アイヌ民族とシカン王国、インカ帝国と日本――古代のアメリカ先住民との医学的な研究も存在している。しかしこれは、日本がそちらに強く干渉した、という意味合いではなく、日本も含めた『世界』が、当時から交流を持っていたという論説だ。あるいは偶発的に流れ着いた場合もあるだろう。オカルトではなく、事実としての交流の痕跡を、現在探している人々がいるようだ。

 ――その、探し求めている痕跡が、日本には数多く残されている。

 それらを夏瑪教授は、もともとは、追い求めてきたらしい。別段彼は、日本人が日ユ同祖論で囁かれるような、失われた十部族といった、オカルトに興味があるわけでは無いようだ。彼の著作の、著者紹介の部分に一言あった。

『長い刻を生きる上で、時間の有効な使い方を検討した刻、それは私にとって、人間の歴史を振り返り探求する事だった』

 と、ある。これを、”吸血鬼”の言葉として、ほぼ不老不死の存在の言葉として捉えると、興味深いなと俺は思った。人間では、知見を積み重ねて遅々としか進まない歴史研究は、確かに吸血鬼には向いているのかもしれない。

「縲くん! ここにいたの!?」

 ノックの音がして、扉が開いたのは、その時のことだった。入ってきた紗衣に視線を向けながら、俺はスマホを鞄にしまったのだった。