【2】生徒会長が実兄?



「リンク! 目を開けてくれ……リンク!」

 その言葉を聞きながら、俺はうっすらと目を開けた。ジクジクと頭が痛む。硬い寝台の上で目を開けた俺は、簡素な木の天井を見ていた。粗末な灯がぶら下がっている。

 ……ん? ここは、何処だ?

「良かった、リンク! 目が覚めたんだな!」

 俺が起き上がろうとすると、その背に小さな手が添えられた。小さな、と思うのだが、俺の体的には、その手は大きい。ん? 俺はまず、自分の両手を見た。子供サイズだと感じたのだが、そもそも俺は子供なのだから、適正サイズなのでは無いかと考える。しかし、強烈な違和感がある。

「リンク……本当に心配したんだぞ。王都で魔力暴発事故が起きたらしく、ここまで土魔術の落石があって、お前は死ぬ所だったんだ」

 その言葉に、俺は視線を向けた。すると、俺の『兄』のキリアがそこには立っていた。兄のキリアは、平民ながらに莫大な魔力を持っている。一応、その弟の俺も、そこそこの魔力を持っている。俺の名前は、リンクだ。平民には、名前しかない。俺は今年で、三歳だ。もうすぐ、四歳になる。十分大人だが――ん? そこまで考えて、やはり壮絶な違和感がある気がした。俺が、三歳? さっきまでの俺は、三十歳くらいじゃなかっただろうか? いいや、そんな馬鹿な。なんなのだろう、この二重の記憶は……。

「とにかく無事で良かった……」

 俺の頬に手を添えて、涙ぐんでいるキリアを見る。黒い髪に紫闇の瞳。切れ長の瞳をしていて、いつもは意地悪だと俺は知っていた。しかし弟の俺には、本当は優しいという事が分かる。

 と、同時に何故なのか、将来キリアが魔術学園の生徒会長になるという知識が、俺の中にはあった。

 そこで――ハッとした。あれ? これ? え? さっきまで俺が遊んでいたBLゲームの攻略対象じゃないのか? いいや、ちょっと待て。三歳の幼子の俺に、この文明機器のない世界で、どうやってゲームが出来たというのか。

 サッと俺は青くなり、冷や汗をかいた。もしや、これって、あれではないのか……? 俺は、なんとなく隕石の事故で死んだ気がするから、転生してしまったのではないのか? 俺には、物心がついてから今に至るまでのリンクの記憶と、おぼろげにだがゲームを楽しんでいた前世の最後の記憶がある。

「本当は、きちんとした医術師に見せたいが、俺達平民には……うう……」

 キリアが涙ぐんでいる。いつも気丈なだけに、俺にはその兄の姿が辛い。

「俺は大丈夫だよ? 泣かないで」

 慌ててそう告げると、涙を拭ってから、キリアが顔を上げた。俺達は二人だけの兄弟で、物心ついた時から母親はおらず、父は冒険者として出稼ぎに行き、ギルド口座に生活費を入金してはくれるが、俺は顔すら見た事がない。名前は知っている、オルトだ。しかしそんな父も、ゲームには出て来なかった。

「お兄ちゃんが、必ずリンクの事は守るからな」

 俺の肩に、小さな両手を置き、意志の強い瞳でキリアが言った。頷いた俺の黒い髪も揺れる。鏡で見た記憶の限り、俺の瞳の色は緑だったはずだ。

 ……。
 ゲーム。
 ゲームってなんなのだろう?

 意識を明確に取り戻すに連れ、ゲームをしていた側の記憶がおぼろげになってきた。そう感じていた時、俺のお腹が音を立てた。

「キリア、お腹すいた」
「お兄ちゃんと呼べと言っているだろう」
「キリアお兄ちゃん……」

 すんなりと呼び名が入ってくる。しかし俺が幼子という部分が、しっくりこない。

「すぐに食事を用意する」

 そう言うとキリアが部屋を出ていった。この小さな木造の家には、二部屋しかない。ひとつは二人で眠るこの寝室、もう一つは、キッチンやテーブルがある玄関から直通の部屋だ。そう思い出しながら起き上がると、俺の頭には、包帯が巻いてあった。

 ……王都の魔力暴発事故、と言っていたが、それはシナリオの、アルスの魔力が封印される事になった事故だったりするのだろうか? もしやそもそも、俺のゲーム中に降ってきた隕石も、その影響だったりするのだろうか……?

「出来たぞ」

 そんな風に考えていると、キリアが木の器をもって戻ってきた。銀色のスプーンを受け取りながら、器の中を見る。具がじゃがいものみの、ほぼ水のように見えるシチューが入っていた。しかし俺の知識としては、これでも二人暮らしの中では、かなり豪勢な食事だと理解できた。俺とキリアは貧乏なのだ。兄は怪我をした俺に、用意しておいてくれたらしい。だが、前世知識(?)がある俺にとっては、とっても貧しいお湯のような気分だ。

「キリア」
「ん? 驚いたか? 奮発したんだ」
「――俺も、キリアを守る。俺が豊かにしてやる!」

 俺の言葉を聞くと、キリアが虚をつかれたような顔をした。それから照れくさそうに笑った。

「有難うな」

 こうして、俺達の貧しい二人暮らしが、改めて始まった。


 ――前世らしき現代及びゲームの知識があるのだから、俺はなんとかなると考えていた。しかし、現実は世知辛い。三歳の子供にできる事は非常に少ない、というのは変わらないだろうが、なにせここは、俺から見るとある種の異世界なのだ……。家電がない。貴族は、魔道具と呼ばれる、何らかの品を使っているようだったが、俺とキリアの家には何もない。文明レベルはお世辞にも高いとは言えなかった。

 俺が三歳で、キリアは五歳。俺はもうすぐ四歳となるから、学年で言うならば、キリアは一つ上のようだった。そのキリアは、畑を既に耕している。そこでじゃがいもときゅうりを作っているのだ。キリアにそれが可能なのは、膨大な魔力を持っているからである。

 一方の俺は、キリアには劣るが魔力を持っている。しかし、平民に生まれた魔力持ちの子供は、多くが病弱らしく、俺も病弱だった。体が魔力に耐えられないらしい。だから平民の魔力持ちの子供は、多くが死んでしまうそうだ。キリアのように健康なままで、強い魔力を持っている子供というのは、本当に少ないらしい。

 そのため、俺は魔力を持ってはいるが、畑仕事をするような魔術は禁止されていた。反動で病気になってしまうかららしい。

 そんな我が家の食卓は、じゃがいもを煮たもの――たまに豪華だと、シチューとなり、他にはきゅうりのピクルスばかりだった。前世知識が戻る前からすれば通常であるし、戻った今も慣れたので、これらはご馳走である。

 服はボロボロだ。近所の人が同情して恵んでくれた服を、キリアが魔術でツギハギしながら作ってくれる。俺は、何も出来無い。完全に守られていた。それが心苦しい。逆に守るには、一体どうしたら良いのだろう?

 そう考えていた、ある日の事だった。

「リンク……話がある」
「何?」
「やっぱり、子供の俺達だけで、それも病弱なリンクと一緒に暮らすのは、不安なんだ」
「俺、もっと強くなるよ」
「今もリンクは十分強い。その心根だけでも……ただな、お兄ちゃんは心配なんだ。リンクに何かあったらと思うと……」
「キリア?」

 きゅうりのピクルスを食べていた俺は、苦しそうな兄の顔を見て、首を傾げた。すると瞳に涙を浮かべて、キリアが俯いた。

「貴族から、養子にならないかという話が来たんだ」
「え?」
「明日から、リンクは、そこのおウチの子供になる」
「え!? 俺が!? キリアじゃなく!?」
「――お前が、だ。お前は、病弱でさえなければ、俺よりも魔力も強い。それに貴族なら、きちんとした医術師にも、体を見せてくれるはずだ。そうすれば、普通に魔術を使えるようになる。何も心配はいらない」

 それを聞いて俺は目を見開いた。病弱だとは聞いているし、よく風邪こそひくが、大病の実感などはないからだ。

「キリアはどうするの?」
「俺はここでじゃがいもを作るのが、合ってるんだ。じゃがいもを作ってお金を貯めたら、奨学金をもらいながら、魔術学園に通うのを目指す!」

 この日の食事は、今まで食べた中で一番味の濃いシチューだった。
 そして翌日、俺は迎えに来た馬車に乗っていた。
 四歳になった日の出来事で、目が覚めたら既に馬車に揺られていたのだ。
 俺には、抵抗する術は何もなかった。