【3】悪役貴族が義兄?




「お前が今日から俺の義弟となる孤児か」

 貴族のお屋敷に行くと、玄関を入ってすぐに、腕を組んでたっていた子供に、そう声をかけられた。子供といっても、俺よりも少しだけ大人びて見えた――というより、俺はハッとした。

 ここにきて、久方ぶりにゲーム知識が蘇ってきたのである。
 どこからどうみても、彼の緑色の瞳には、面影があった。

「今後この、ルスルリアーツ伯爵家の名に泥を塗る事が無いように」

 家名を聞いて、俺は確信した。主人公をいじめ抜いた、ドアマットの立役者のヴァルワの伯爵家だったからである。

「お前がなぜ選ばれたか分かるか?」
「……」
「瞳の色が、緑色だったから。ただそれだけだ」

 その言葉に、俺は自分の外見を思い出した。俺と兄のキリアはどちらも黒髪だったが、俺の瞳は緑色、兄は紫色の瞳をしていた。対するヴァルワを見ると、ヴァルワもまた緑色の瞳をしている。ただしこちらは白金色の綺麗な明るい色彩だ。

「孤児を引き取るのは、貴族の施しの一環だが、仮にも我が家の一員を名乗る者には、緑色の瞳以外は許されない。それが風魔術の権威たるルスルリアーツ伯爵家の矜持だ」

 ゲームの設定の通りならば、ヴァルワは俺の一歳年上――つまりキリアと同じ年で現在五歳のはずなのだが……子供っぽさの欠片もない。冷たいし、難しい事を喋っている。

「なんとか言え」
「……よろしくお願いします」

 俺が必死で言葉をひねり出すと、ヴァルワが目を細めた。それから、ぷいっと顔を背けた。その仕草だけは、子供らしい。

「俺は下賎な平民の血を持つお前を、弟だなんて思わないからな」

 う、うーん。これは、俺に、ドアマット風な境遇が直撃している。俺は、中身は、子供と大人が融合した状態にあるので、この程度のイヤミで涙したりはしないが、すっごく何とも言えない。しかし、ここで波風を立てるのもためらわれる。何せ、キリアは俺を思って、ここへと迎えられる手続きをしてくれたのだろうしな……。

「た、ただ……そ、その……特別に、兄と呼ぶ事を許してやらなくはない」
「?」
「だ、だから! 物分りが悪いな! ヴァルワ兄上と呼んでも良い。ひ、人目があるからな! 孤児であっても、差別せず育てるという決まりが、国にはあるそうだ」

 ……。
 心なしか、ヴァルワの頬が赤くなった。なんていうか、ゲームで見ていた時とは違う。冷徹な意地悪というより、ツンデレに見えてきた。しかし俺の兄はキリアだ。うーん。あちらは『お兄ちゃん』、こちらは、『兄上』――か。

「ヴァルワ兄上」

 試しに呼んでみたら、ヴァルワが真っ赤になった。こういう表情変化は子供らしい。

「仕方がないから部屋まで案内してやる!」

 そう言うと、ヴァルワが歩き始めた。慌てて俺は後を追いかける。周囲の使用人達は、どこか微笑ましそうに俺達を見ていた。

 案内された部屋は、二階の奥にあって、扉を開けると、仕切りがあって更に三部屋があった。この部屋だけでも、俺とキリアが暮らしていた家よりもずっと広い。毛足の長い絨毯が敷かれていて、いかにも高級そうな調度品が並んでいる。とても子供部屋には見えない。俺の前世の記憶で言う、中世ヨーロッパの貴族風の部屋だった。

「お前は平民だから、この狭さで我慢しろ」
「……広い。すごい」

 思わず呟くと、ヴァルワが目を丸くした。それから誇らしそうな顔をして、腕を組む。

「ルスルリアーツ伯爵家は、格式ある豊かな家だからな!」

 こうして――俺の新生活は幕を開けた。初めての食事の席、本日は、義父となったルスルリアーツ伯爵は不在との事で、義母となる人は出てこなかった。なので、俺とヴァルワで食事をした。俺はいちいち美味しい料理に感動しながら……キリアは今も薄いスープを飲んでいるのだろうかと時に考えては心が痛くなる。そのため、時々手が止まった。

「――口に合わないのか? 平民の分際で」

 するとヴァルワに言われた。慌てて俺は顔を上げる。

「ううん。美味しすぎて……家族にも食べさせたかったなって思って」
「家族? お、お前の家族は、今日からは俺がいるだろう! だからそんな風に悲しそうな顔をするな!」

 それを聞いて、俺は息を呑んだ。ヴァルワ……なんていい子なんだ。焦ったように俺を見ているヴァルワは……端的に言って、ゲームの悪役には見えない。口調こそ、こうして顔を合わせた時から変わらないが、垣間見える感情は、優しい子供らしさが感じられる。

「ありがとう、ヴァルワ兄上」

 俺が笑顔を浮かべると、ヴァルワが目を見開いた。小さく息を呑んでいる。そして直後、真っ赤になった。照れているらしい。

「俺は良識ある貴族だからな。ルスルリアーツ伯爵家の跡取りとして、当然の振る舞いをしているだけだ。か、勘違いするなよ! あくまでも、こ、これは、貴族の義務で、だ、だから――その……一緒にいてやるだけだ」

 必死に口調を保とうとしているヴァルワが愛おしく思えてきてしまった。俺は、キリアにしろヴァルワにしろ、兄弟運に恵まれているらしい。

 食後は、お風呂に入った。こちらも白亜の浴槽で、非常に豪華だった。

 そうして天蓋付きの寝台で、眠る事になった。
 あんまりにもふかふかで、俺は疲れていたのもあったが、すぐに眠りに落ちたのだった。