痴漢BL(満員電車)




 満員電車。
 あー、会社に行きたくない。入社してから三ヶ月。大学と会社の差異に、辛くなる。完全に、遊んでいたツケが回ってきている……。この女好きの俺が、カノジョともう一ヶ月も会ってない。いいや、『元』だ。昨日、『別れよう』というメッセージが着ていた。残業明けだったので、既読スルーして今に至る。

 すし詰め状態のこの電車は、乗り継ぎをして都心に向かうものだ。家賃を削って少し田舎にアパートを借りたのが、俺の一番の敗因だろう。満員電車を完全に舐めてた。二時間、立ちっぱなしである事が珍しくない。流行のテレワークなんか存在しない会社だから、俺を含めて、社員の顔は、みんな死んでる。

「ん?」

 その時、何かが俺の尻の割れ目をなぞるように動いた。振り返ろうにも人が密集しているから、身動きは出来ない。他の社畜の鞄でも当たったのだろうかと考えていると――……。

「!」

 再び、今度ははっきりと撫でられた気がした。狼狽えて、目を見開いてしまった。くたびれたスーツ姿の俺は、明らかに俺の臀部を撫でたのが、『手』だった気がして、焦った。何より、服越しに、僅かに温かさを感じたような気がする。

 ――痴女か?

 そう考えて、俯いた。しかしそれ以後、触れられる事は無かったので、俺は気のせいだと思う事に決めた。世の中に、痴漢なんて行為は溢れていないと俺は確信している。しかも平凡な容姿の男の俺だ。触っても楽しさなんてないだろう。

 特に何事もなく、電車を降りる。すると改札を通り過ぎた所で、声をかけられた。

「高里君」
「あ、朝香先輩。おはようございます」

 俺は家の方向が同じである先輩の姿を見て、思わず微笑した。長身の先輩を見上げる。OJTの際には、俺に丁寧に仕事を教えてくれた憧れの人物である。俺とは異なり、ビシッとしたスーツ姿で、社内の女性人気も高い。新卒の俺の四歳年上、二十七歳だ。結婚していないのが、本当謎。非常におモテになるイケメンである。何でも副業もしているそうで、お財布にも余裕があるのか、ちょくちょく後輩である俺達にごちそうしてくれる事もある。

「満員電車は、本当に嫌になるな」
「ですね」
「もう慣れた?」
「全然です。帰りは空いてると良いんだけどなぁ」

 そんなやりとりをしながら、俺達は出社した。ブラック企業というわけではないが、多忙な仕事を、俺は涙を飲みつつこなしていった。しかし残業はしなければならず、結果として……俺は帰りも、満員電車に乗る事になってしまった。終電である。

「はぁ……なんでこんな……」

 ギュウギュウと後ろから誰かが体重をかけてくるが、前方には人の壁があるので、本日も身動きは取れない。左右も、人・人・人だ。

「っ」

 その時の事だった。朝と同じように、何か――いいや、明らかに『手』が、俺の尻を撫でた。焦って振り返ろうとすると、迷惑そうに、俺の左右のリーマン達が咳払いした。これでは身動きが出来ない。そう思っていたら、今度は両手で、俺の左右の尻の表面をギュッと掴まれた。そのまま手は、俺の尻をもみしだき始めた。嫌な汗が伝ってくる。

 間違いない、これは、痴漢だ。どうする? 『痴漢です!』って、叫ぶか? 俺は、男だぞ? 誰が信じてくれるのだろうか? とりあえず、犯人を確認するか?

 焦りながらも、俺は首だけで振り返ろうとした。

「!」

 その時、俺の足の下に手が差し込まれ、陰茎の付け根を指で撫でられた。そのまま手が、俺の玉をもみ始めた。嘘だろ? 唖然としてしまい、俺は唇を噛んで俯いた。俺の股間をまさぐっている手の動きは、とても優しい。

「……ッ、く……」

 段々手の動きが激しくなってきた頃、俺は思わず声を飲み込んだ。俺の陰茎が反応を始めていた。まずい。忙しすぎて抜いていなかったというのはあるが、痴漢に触られて反応するって……。

 誰かに気づかれたら、俺はきっと哀れな目を向けられるだろう。思わず鞄を両手で持ち直し、俺は自分の前を隠した。手が正面に回ってきたのはその時の事だった。俺は硬直した。明らかに男のものである手が、俺のベルトを手際良く緩めたのである。冷や汗が垂れた時、その手が俺の下着の中へと入り込んできた。なんだかぬめっている。

 ぬめる手が、俺の陰茎を握り混み、擦り始めた。いや、コレはまずい……!
 ダラダラと汗を掻きながら、俺は息を震わせる。
 完全に持ち上がった俺の陰茎の筋を、無骨な指がなぞっている。親指では亀頭の付け根を擦られて、俺は身悶えた。ダメだ。このままでは出る……!

「!」

 そう感じた瞬間、逆側からも手が忍び込んできた。そちらの手が、俺の勃起した陰茎の根元を封じるようにギュッと掴む。逆にこれも無理だ。出したいのに、出せなくなった感覚がする。動揺していると、ぬめる方の手が、俺のベルトを完全に引き抜いた。結果、重力に従い、下衣が床に落ちた。さらには、俺の下着に手をかけて、太股までそれを下ろした。足に絡まったそれらのせいで、上手く体を動かせない。前だけを鞄で隠したまま、俺は思わず左右を見た。片方は新聞を折りたたんで読んでいるし、もう片方はスマホに夢中のようで、俺の姿には気がついていない。正面にある背中の持ち主は、後ろに振り返ろうともしない。だから幸いな事に、電車の中で下半身が丸出しという姿には気づかれていないようなのだが――いや、気づいてもらった方が良いのか?

「ぅ……」

 その時、ぬめる手が、俺の後孔に、球体を押し込んできた。男同士では、そこを使うくらいの知識は俺にもあるが、自分の身に降りかかっていると思うと恐ろしい。入ってきた何かに怯えていると、今度は陰茎にゴムを付けられた。これなら出しても心配がなさそうだと思ったのは、ただの現実逃避だろう。

 手はその後器用に俺の下着を直し、続いて下衣も穿かせ、更にはベルトも正してくれた。俺は全く動けないが、後方は動く余裕があるのだろうか?

「ひ」

 そう考えていると、不意に押し込まれた球体が振動を始めた。そこになって、俺は漸く気づいた。これは、ローターだ……! 俺は片手で鞄を持ち、もう一方の手で口を覆った。奥から振動が響いてくると、押し込まれた刺激で僅かに萎えていた陰茎が再び張り詰め始めた。ダラダラと冷や汗をかきながら、俺は声を飲み込む事に、必死になった。

 電車が、ガタンと揺れたのはその時で、するとローターもまた俺の内部で位置を変えた。俺の太股が震え始める。ローターが規則正しい振動を与えてくるから、強制的に俺の体は昂められていく。

「!」

 今度は手が、そんな俺の内股を撫で始めた。その感触にまで感じ入ってしまいそうになり、俺は唇を噛みしめる。そこで駅に到着した。立ち位置を変えるチャンスだ! 俺は人の波に乗り、外へと出て、扉の端の列に並ぶ。

 これが終電であるから、電車に乗らないという選択肢は無い。もし可能だったら、ここで逃げ出していた自信しかないが……。そんな事を考えつつも、進行形で動いているローターに、俺の意識が持って行かれそうになる。

 アナウンスを聞いて再び乗り込みながら、俺はより良きポジションを探した。結果、電車の壁に背を預ける事に成功し、目の前を人の波が埋めていくのを見た。

「あ」

 俺は正面に立った人物を見て、思わず声を出した。

「朝香先輩……今日は飲み会で早く帰ったんじゃ?」
「うん。飲み過ぎて終電だ。高里君は、残業?」
「は――……!!」

 頷こうとして、俺は声を飲み込んだ。一瞬忘れていたローターが、急に振動速度を速めたからだ。

「どうかした? 顔が朱いみたいだけど」
「い、いえ……」

 強くなった振動のせいなのか、中から……なんと快楽が浮かび始めた。慌てて鞄で前を隠しながら、俺は焦った。よりにもよって、会社の先輩に見られるというのは最悪だ。絶対に気づかれてはならないだろう。

「……ッ、ぁ……」
「高里君? 本当に顔が朱いけど?」
「……だ、大丈夫です……」
「本当に? 俺のマンション、次の駅だから泊まっていく? 具合が悪そうだから、一人で帰すのは心配だ」
「……え、あ……――!!」

 大丈夫だと言おうとしたが、更に振動が激しくなったため、俺はビクンと体を跳ねさせた。ダメだ、もう立っていられない。出てしまいそうだ。思わず力が抜けかかった俺がふらつくと、正面から朝香先輩が俺を抱き留めた。

 そして俺の耳元で囁いた。

「ローターも、とってあげるから」
「!? み、見てたんですか……ぅ、ぁ」

 朝香先輩が俺の右耳に息を吹きかけた。その感覚にぞくりとしてしまう。

「入れたのが、俺だからな」
「な」
「俺の副業は――復讐代行なんだ。性的に」
「へ?」
「君が放置していたカノジョから、依頼があった時には驚いた。まさか会社で気になってた後輩を抱いて良いというお許しが出るとは思わなくてな。これからその体、どっろどろにしてやるよ。もう男無しじゃいられなくなる。楽しみだろ?」

 俺は最初、その言葉の意味を理解出来なかった。次の駅で連れられており、その後翌朝まで散々喘がされ、俺は意味を漸く悟ったものである。

 ――なお、現在俺は朝香先輩の恋人となった。毎朝の電車通勤は変わらないのだが、先輩はちょくちょく俺を見つけては、散々に俺の体で遊ぶ。先輩の言葉は正確で、俺はもう、先輩なしではいられない体だ。


(終)