羞恥と周知
「ね、シルク様」
「なんだ」
鬱陶しいという素振りをしてしまい、俺は後悔した。ワルトは、今では俺の中では大切な恋人なのだが、まだ付き合ったばかりというのもあって――俺は時に素直な態度を取れなくなる。
「少し、一人にしてくれ。新しい理論が浮かびそうなんだ」
「――じゃあ夜。食事に行ってくれません?」
「考えておく」
本当は行きたくて仕方がない。そして新しい理論など浮かんでもいない。単純に一緒にいるのが気恥ずかしくて、部屋に逃げたくなっただけだ。
「やった。じゃあまた、夜にお誘いに行きますね!」
ワルトには微塵も気にした様子は無い。俺はそんな明るい彼を見ると、己との違いに羨ましくもなり、安堵もする。手を振っているワルトと別れて、俺は廊下を歩く。もう見慣れた階段を登っていくと、そこの手すりから下を見ている二人組がいた。
「感じ悪」
「過去の栄光にしがみついてるんだろ、仕方がない」
「なんであんな奴にワルトは最近懐いているんだ?」
過去――俺に対して嫉妬を向けてきた、お喋り好きな二人組だとすぐに分かった。どうやら俺とワルトのやりとりを見ていたらしい。俺に聞こえるように、わざと大きな声で話しているのもいつも通りだ。そう、いつもだったら、嫉妬だと切り捨てる。俺は人格者を装っているわけではあるが、それでも嫉妬される事もあるのだ。俺がワルトに嫉妬していたように。その点、ワルトの明るい性格は、作り物でも無いだろうに、人気が高い。
……嫉妬と自意識過剰の俺と、ワルト。
ワルトが懐くどころか、まだ周囲には公言していないが、俺の恋人となった事が、今でも信じられない。俺のどこが良いというのだ。ずっと見ていたと話していたが、見られていたならばこそ、俺の醜い感情だって、彼は知っているはずだというのに。
そのまま黙々と歩き、俺は自室へと戻って、とりあえずカーテンを閉めた。
そうして寝台に座り、両手で顔を覆う。
最近では、嫉妬からではなく、ワルトの事ばかり考えている己がいる。
その時、ノックの音がして、扉が開いた。鍵をかけ忘れていたと思い出しながら、視線を向けて、俺は息を呑んだ。ワルトがそこには立っていた。
「待ちきれなくて、来ちゃいました」
「な」
「――読心魔術で、新理論なんて無いのは丸分かりでした」
「……これから考えようと思っていた所だ。どうせ俺は君と違って、最近は試作案が上手く出てこない、正直着想が枯渇しているのは分かっている」
「そんな事ないです。それより、それより!」
鍵を閉めると、ワルトが俺に歩み寄ってきた。そして抱きしめるようにしながら、俺を寝台に押し倒した。
「お、おい!」
「欲しくて欲しくて、もう俺、待てない。だってもう三日もしてないし」
「っ」
今度は俺の手首を取り、寝台へと縫い付けたワルトは、それから満面の笑みを浮かべた。まるで大型犬のようである。しかしその瞳には、僅かに獰猛な色が宿っていた。ワルトは俺の首筋をぺろりと舐めてから、そこへと吸い付いた。鬱血痕がついたのが、自分でも分かった。ここ最近、ワルトに暴かれっぱなしの俺の体は、瞬時に熱を帯びる。
俺のローブの下に手を這わせたワルトは、意地悪く乳頭を摘んだ。そしてゆるゆると指先を動かす。
「ン」
「シルク様は、俺としたくない?」
「あ……ぁ……や、やめろ」
「嘘つき――そういう素直じゃない所も、俺、大好き。こんなに反応してるのに」
ローブの上から、俺の陰茎をワルトがなで上げる。その感触に、俺は震えた。
その後、手際よく服を乱されて、俺は怖くなる。与えられる快楽を想像するだけで、自分が自分ではなくなってしまいそうで、恐怖に駆られるのだ。
「あ、ア」
ワルトの指先が、俺の中へと挿ってくる。真っ直ぐに突き入れられて、俺は喉を震わせた。体を反らせて、俺は首を振る。
「ま、待ってくれ。や、やだ、やめろ」
「ここじゃない所って意味か」
「あああああ!」
その時、ワルトが俺の前立腺を刺激した。俺は思わず、大きく喘いだ。
俺の中にワルトが陰茎を進めたのは、それからすぐの事だった。
「もう俺の形、覚えました?」
「あ、ハ……あ、あ、ああ、動いてくれ」
俺は目をきつく伏せた。体がもどかしくて熱い。思わず涙を浮かべながら、俺は快楽に飲まれた。ワルトの首に手を回して、声を上げる。
「やだ、やだ、動いて、くれ――ああああ!」
ワルトは、いつも、俺に自分の存在を刻み付けるのだと称して、すぐには動いてくれない。俺にはそれが辛い。自分の体が、腰が、自然と動いてしまうのが理解出来る。羞恥から、俺は何度も首を振る。髪が揺れた。
「シルク様に求められるの、たまんないな。そうされると、抑制出来なくなる」
「あ、あ」
ワルトが激しく動き始めた。今度は激しすぎて、俺は涙する。感じる場所を的確に、規則正しく貫かれ、俺は嬌声を上げる。思わずワルトの背中に爪を立ててしまった。するとワルトが息を飲んでから、掠れた声で言った。
「シルク様、可愛い」
「ひ、あ、ア!!」
そのまま前立腺を何度も刺激され、俺は放った。肩で息をしていると、すぐにワルトがまた動き始める。
「待ってくれ、もうできない、本当に無理だ――あああああ!」
「嘘だろ? 今度は、中だけでイって下さい」
「やああああ!」
ワルトが俺の最奥を貫く。巨大な楔で穿たれた俺は身動きが出来なくなる。そのまま夜まで、俺は快楽から泣き叫んだのだった。
――事後。
疲れきって、俺は寝台の上で裸のままぐったりしていた。ワルトも満足したのか、陰茎の硬度が通常のものに戻っているようだった。
「抜いてくれ」
「嫌です」
「――? 本当にもう出来ないぞ?」
俺が不安になって、首を傾げた時だった。部屋の鍵が回った。え? 狼狽えて、俺は体を起こそうとした。しかしワルトが再び俺を寝台に縫い付ける。両手首がシーツに押し付けられた。
「!?」
見ればそこには、この塔の研究の総括主任と清掃係の二人が立っていた。
「な、何をしているんだ?」
「え、あ」
「シルク様を襲ってます」
主任の驚いた顔と声、そして笑顔のワルト。俺は混乱するしかない。そのまま、そんな俺にワルトが口付ける。深々と、ねっとりと舌を絡め取られて、俺は涙ぐんだ。掃除係が、ガタンと音を立ててバケツを取り落とした音がする。
「じゃ、邪魔をしたな……この時間帯は不在だと聞いていたから……」
「主任さんと、窓ふきで各部屋を回っておりまして……――失礼いたしました!」
「本当に邪魔をして悪かった!」
二人が勢い良く扉を閉めて出て行く。呆然としていた俺から唇を離すと、ニヤリとワルトが笑った。
「窓ふきがあるって、俺、読心魔術で知ってたんだ」
「な!?」
「掃除係、口が軽いから、明日には、シルク様が俺の物だって、みんなに伝わるかなぁ」
「!?」
「もう俺、公表して、独占したくて、仕方がなさすぎて」
「な、な、な」
「俺の恋人になったって、みんなに知られるのは嫌ですか?」
満面の笑みのワルトを見て、俺は何も言えなくなった。ただただ明日を想像して、顔を赤くしてしまう。
こうして――俺が、ワルトの恋人だというのは、塔中に周知される事になるのだった。