体から始まる。



 ――勇者アスカを強制送還してから、半年が経った。
 僕の仕事は愛も変わらず忙しい。だが、毎週火曜日と水曜日には、きちんと休暇が取れる程度には時間が出来始めた。それでも迫り来る時間と仕事に忙殺され、半休になる事もある。

 しかし、本日は完全に休暇だ。そんな火曜日の夜、僕はジークに請われてオデッセイ侯爵家へと出向く事となった。訪れるのは、二度目だ。しかし人脈作りではなく、僕に『恋を教える』という目的で、ジークが僕を呼び出した事は、既に分かっている。なにせ、誘い文句がこうだった。

『同じ空間で私的に過ごしたい。恋の芽だけでも欲しいんだ』

 今の所、ジルという仔猫は平穏であり、建国祭以後不審者も現れてはいないが、その話もあると言われた事が主な理由で、僕は約束に同意した。あくまでも僕の方の目的は、猫(仮)だ! 決して、ジークに恋を教えてもらいたいからではない。

 そう考えながら、豪奢な迎えの馬車から降りる。玉の輿願望のある僕の頭の中では、この馬車の中に高貴な女性が乗っていたら良かったのにという空想が広がっていた。

「よく来てくれたな。座ってくれ」

 既に夕食を済ませてから、僕はオデッセイ侯爵家へとやってきた。現在、午後の十時である。ジークにも晩餐は不要だと伝えてある。というのも、珍しくクラフト伯爵領で揉め事があったので、僕がレイの代わりに出かけてくる事になり、遠出したからだ。

 ――何時になっても構わないから、来て欲しい。

 それがジークの望みだったのだから、別段構わないだろう。本日も、彼の父と兄は不在らしく、本当に人脈作りをする機会もない。

「失礼する」

 僕は冷たい宰相の顔でそう告げてから、少し困惑した。なにせ、この部屋には長椅子が一つしかないため、必然的に隣に座る事になるからだ。距離が近い事を理解し、一気に緊張した。緊張というより、警戒だ。なにせ、僕はジークを魅了させるほど麗しいため、過去に一度、ちょっと性的な感じで触れられてしまっているのだからな。警戒するに越した事は無いはずだ。

「どうかしたか?」

 僕が座る位置を考えていると、ジークが白々しい事を言った。内心で少しむっとしながら、僕はなるべく距離をとって座る事にした。しかしながら長椅子とはいえ、二人がけらしく巨大ではない。本当に距離が近い。

「いいや。それで? どのようにして我輩に恋を教えてくれるんだ?」

 どうせ無理だ。僕はそう思いながら、イヤミったらしくそう述べた。すると小さく息を飲んでから、ジークが微苦笑した。

「なるべく離れた距離に座ろうとしているんだから、俺の事を少しは既に意識しているのではないのか?」

 それを聞いて、思わず僕は目を見開いた。違う、ただの警戒だ! そう叫びたくなった。だが、宰相としてそれは相応しくないだろう……。だから冷たく瞳を細める事に決める。しかし言葉は何も出てこない。

 そこへ侍女が紅茶を運んできた。そして、すぐに出て行った。その時――ガチャリと施錠音がしたのを、僕は聞いた。外から鍵をかけていったらしい。しかしそんなものは、僕には無意味だ。開錠の魔術など非常に簡単だ――と、そう考えた時、僕は気づいた。

 ――杖が、呼び出せない。

「?」
「この部屋は、侯爵家に伝わる密談用の部屋で、な。魔力封じの結界が張ってあるんだ」

 それを聞いて、僕は呆然とした。僕にすら気づかせないほどの高度な結界の存在――さすがは侯爵家であるとしか言えない。

「だから、ここであれば、フェルに触れる事が出来る」

 ジークはそう言うと、そっと俺の肩に手を回し、抱き寄せた。急に体が傾き、強引に引き寄せられたものだから、僕は息を呑むしかない。その上、いつも用いている防衛用の魔術も本当に使えない。これでは、僕は無防備ではないか!

「さ、触るな。気安く触るな」
「声が弱々しいな。怖いか?」
「な――我輩が、この程度、怖いはずがないだろうが!」
「では、もっと触っても構わないだろう」
「構う! それとこれとは、は、話が別だ……!」

 僕が焦りながら告げた時、ジークの胸元に倒れ込んでいる僕の額に、ジークが口づけた。

「もっともっと、俺を意識して欲しい」
「な、何を言って」
「それには――体に教え込むのが一番だという結論に達した。なにせ、俺が触れてからだからな……フェルが俺を意識するようになってくれたのは」

 苦笑しながらジークが、僕の頬を撫でた。もう一方の手では、僕の唇をなぞる。
 そして――そのまま、僕を押し倒した。まさか、ま、まさかの実力行使だと? 無理矢理僕を抱くつもりか!?

「やめろ。もしも我輩にこれ以上触れるならば、それは猥褻罪だ。強姦だ」
「そうだな」
「離せ。職と名声を失いたいのか?」
「フェルを手に入れられるのならば、それでも構わない」

 ジークはそう言うと、僕の首筋に口付けながら、服の上から胸の突起を摘んだ。

「ぁ……」
「もっと声が聞きたい」

 僕の服を剥ぐように、ジークが脱がせていく。すぐに正面をはだけられて、僕は必死でジークを押し返そうとした。しかし鍛え上げられていて厚い胸板は、魔力が封じられた僕には動かす事すら出来ない。もっと武力も鍛えておくべきだった……!

「っ」

 ジークが僕の右胸の乳頭を甘く噛む。僕は息を詰めた。そうしながら、脱がされて外気に触れている陰茎に触れられる。必死でもがきながら、僕はジークを睨んだ。すると輪にした手で、ジークが僕の陰茎を擦った。

「っ、ッ」
「反応しているな」
「当然だろう!」
「――また多忙で溜まっていたのか?」
「な、な、な」

 その言葉に、僕は赤面した。怒りと羞恥からだ。その通りである。僕はここの所、自分で処理をしていなかった。時間は出来たが、帰ると爆睡していたのだ。その時、ジークが顔を僕の陰茎に近づけた。吐息が触れただけで、ゾクリとしてしまう。

「ひ」

 筋をジークに舐められた瞬間、僕は震える吐息を漏らした。
 そのままジークがねっとりと舐め上げる。
 ジークの髪をかき混ぜるようにして、僕は顔を退けようとした。しかし――気持ち良い。悔しいが、気持ち良い。怒りと快楽から涙ぐみながら、僕は唇を噛んだ。

 そして、すぐに出したくなった。その時だった。

「嫌か?」
「当たり前だろう!」
「素直じゃないな。あの時も――本当は果てたかったくせに、そう言ったな」
「!」

 見透かされていた気分になり、僕の頬が熱くなる。

「では、今回も終わりとするか」
「……っ」
「俺も無理にしたいわけではないからな」

 ジークが余裕たっぷりに笑った。それを見て、僕は怒りを覚えた。なんでこんなに余裕なのだ。僕の色っぽい姿を見て、ここで終わりだと? 果てる直前まで高められている僕の体は、解放を訴えているし、そんな事はジークだって見れば分かるはずだ! 悔しさから僕は涙ぐむ。やり場のない熱も辛い。

「この茶葉は気に入っているんだ」

 優雅に紅茶を飲み始めたジークを睨みながら、僕は服を着なおすことにした。しかし一度くすぶり始めた熱が、体の中で渦巻いている。それを必死に抑えようと、僕もカップを手に取った。そして一口飲み込む。

「フェルも気に入ってくれると良いんだが」
「っく」

 その時耳元で囁かれた。触れた吐息に、熱い体が悲鳴を上げる。

「っ、っ、ッ」
「どうかしたか? 顔が赤いぞ」
「貴様のせいだろうが!」
「俺はお前の希望通り、止めただろう?」
「あ、ああああ」

 耳朶を噛まれた時、思わず僕は声を上げてしまった。あんまりにも気持ち良く感じてしまった。その事実に、今度は困惑して涙ぐむ。

「や、いやだ……熱い……っ」

 一度火がついてしまった体は、炙られるようにトロトロと僕の中で快楽を渦巻かせる。服の下から存在を主張している陰茎が、きつい。

「あ……あ、あ、あ」

 首筋をゆっくりと舐め上げられて、思わず僕はかぶりを振った。じっとりと体が汗ばんでくる。

「どうして欲しい?」
「は、離せ……あ、あああア」

 僕がなけなしの理性で言った時、再び服の上から乳首をきゅっと摘まれた。

「俺の前で素直になるフェルが見てみたい」
「何を馬鹿なことを――あ、ぁ……!!」

 今度は陰茎を服の上から撫でられて、僕は……放ってしまった。
 下衣が、じっとりと濡れたのが分かる。

「色っぽいな」
「……っ」

 こんなのは屈辱だ。唇を震わせてジークを睨んだ。
 ――その時だった。再びジークが僕を押し倒した。そして今度は、強引に服を破った。突然のことに、弾けとんだシャツのボタンに、僕は狼狽えた。

「本当は、逃がすつもりなんて、もう無かったんだ」
「ジ、ジーク?」
「誰かに取られるくらいならば――そんな想いばかりが、日増しに強くなる。俺の想いに応えてくれとはもう言わない。だが、体だけでも俺にくれ」
「あああああ!」

 ジークはそう言うと、張り詰めていた肉茎を、一気に僕に挿入した。

「痛みは無いはずだ。そこのお茶には、弛緩作用がある蜜が入っている」

 実際、痛みは無かった。そして、全身の力も抜け始めていた。僕はその事実に狼狽えながら、逃れようと腰を引く。するとさらに強引にジークが陰茎を進めてきた。その先端がゴリと僕の内部を抉るように動く。結果、僕は悲鳴を上げた。

「や、やだ、そこ、嫌だ」
「ここか?」
「あ、ハ」
「すぐに良くなる場所だ。覚えておくと良い」

 ジークが激しく腰を打ち付け始める。ダイレクトに、全身へと何かが響いてくる場所ばかりを責める。僕は目を伏せ、舌を出して呼吸するしかできない。内側が満杯になった感覚がする。ジークの陰茎しか認識できない。熱くて、太くて、そして長い。巨根すぎるだろう! 僕のものが小さく思われたら、どうしたら良いのだ!? と、一瞬思ったが、すぐに考え事をする余裕が消失した。

「あ、あ、嘘、あ――嘘だ、あああああ!」

 内部を突かれているだけで、再び硬度を取り戻した僕の陰茎から、白液が飛び散った。僕は、男同士の知識が少ししかない。まさか内側を刺激されただけで果てるとは思ってもいなかったのだ。気持ちが良いらしいという噂を聞いたことがあっただけだ。

「もっと」

 ジークが囁くように言った。ジークが腹部で僕の陰茎を擦るようにする。彼の腹筋に擦れた僕の陰茎が、再び反応していく。

「や、やめろ、も、もう良いだろう? 僕の体を暴いたんだから、それで満足だろう?」
「――僕?」
「っ、我輩の!」
「まだ俺は一度も出していないぞ? フェルの体を俺で染め上げたい」

 そう言うとジークが、今度は緩慢に動き始めた。そうすると切なさが内側から広がってくる。さらに陰茎はジークの腹部と、より擦れる。焦れったくなり、僕は涙ぐんだ。どんどん射精欲求が強くなっていく。腰から力が抜けてしまった僕は、必死で呼吸をする。

 するとその時、ジークが挿入したままで動きを止めた。

「どうして欲しい?」
「や、抜け」
「――そこのお茶には、媚薬も入っていた」
「な」
「気持ちが良いだろう?」
「っ」

 なるほど、それでこんなに体が熱いのか。何たることだ。運んできた使用人までグルか! それはそうだな、鍵をかけていったのだしな!

「もう一度聞く。どうされたい?」
「……っ」

 はっきり言って、思いっきり動いて欲しかった。もう、体の抑制ができない。きっと媚薬のせいだ。薬を盛るなんて最低だ!

「素直になるといい。全部薬のせいだ」
「あ、あ、気持ち良い」

 気づくと僕は口走っていた。涙をポロポロとこぼす。気持ちが良すぎて涙が止まらない。体が熱い。思わずぎゅっと内部に入るジークの陰茎を締め上げる。するとジークが息を詰めてから、一度腰を揺さぶった。

「足りない、あ、あ、あああ、突いてくれ」
「もっと欲しいか?」
「欲しい、あ、早く」
「――ああ」

 掠れた声で頷くと、ジークが動きを再開した。そして俺の中へと放つ。気持ちの良い場所を同時に一際強く貫かれたため、僕も果てた。

 ――事後。
 僕は、服が着れなくなってしまったのもあって、ジークを睨んだ。

「媚薬を盛るなんて最低の騎士団長だな」

 絶対に突き出してやる。そう決意した時、ジークが吹き出した。

「弛緩薬が入っていたというのは事実だが、媚薬に関しては嘘だ。持ち帰って調べてもらっても構わない」
「――え?」
「どうしても素直なフェルが見たくてな」

 悪びれることもなく笑ったジークを見て、僕は唖然とした。
 な、なんだと? じゃ、じゃあ、僕が気持ち良いだとか口走ってしまったのは、本心からか? え? それを聞かれた? そんなのは、宰相として相応しく――というより、恥ずかしいではないか!

 真っ赤になった僕を、ジークが柔らかな笑みを浮かべて見据えた。この笑みは、比較的僕が好ましいと感じる笑みであるが、今に限っては忌々しい。

「か、帰る」
「着替えを用意させる」
「――っ、あ、ああ。頼む」

 僕はその夜、ジークに貰った服を着て帰った。

 そして、自分の痴態を思い出しては、羞恥に駆られるようになった。時折ジークのいる庭を窓から見てしまうのは、そりゃああんなことをされたら意識してしまうからにほかならない。ジークが部下達に見せる真剣な顔や、僕が比較的好きな笑顔を見る度に、僕は赤面するようになってしまった。

 ――率直に言って、ジークの体温が忘れられない。
 指先の感触などを思い出すだけで、僕はゾクゾクするようになってしまった。なんということだ!

 なお、このようにして、僕とジークは、体の関係から恋に至ったのである。僕は、ジークの手に堕ちてしまった。しかし……今では後悔が無い。セックスこそねちっこいが、普段のジークはとても穏やかで優しく、僕に見せる柔和な笑顔がどんどん好きになっていったからだ。


 ***

「ハッピーエンドか。良かったね」

 どこかで、時の奇術師が囁いた。

「やっぱり恋には、邪魔者という刺激が必要だもんね」