意識する。



「あんたなぁ……働きすぎだろ」

 レガシーの声に、僕は顔を上げた。僕が仕事をしていると正確に理解しているこいつが、僕は嫌いじゃない。そう、嫌いじゃない。なにせ初めての、僕の腹心の部下だ。

 だけど。

 レガシーは、僕を好きらしい。若いのもあるのか、他の誰よりも、いいや一緒にいる時間が長いからなのか、誰よりも――僕への好意が露骨に見えてくる。それは口だけのジークとも、安心感はあるが恋心があるのか疑いしか持てないゼルとも、全く違うのだ。

 瞳が違う。時に焦燥感に駆られたように僕を見る、レガシーの眼差し。僕は最近、それが気になって仕方がない。レガシーが時折僕を見つめることに、僕は気が付いている。知らんぷりで通しているのだが、そうされると――僕も次第に奇妙な胸騒ぎがするようになってきてしまった。

「今日も休日の火曜日なのに、半休しか取らないし」
「午後からは、我輩は休みだ。付き合っているお前も同じスケジュールだと思うが?」
「まぁ、そうですけど……俺の場合は、ただ一緒にいたいっていう下心があるからな」

 レガシーの言葉に、僕は少しだけ苦しくなった。僕は彼の恋心を、ぶっちゃけ仕事に利用している。恋心を理由に働くレガシーを、こき使っている自信しかない。もっとも、レガシーを魅了する僕の麗しさが、天才的なんだろうけどな。フッハハハハハ!

 ……麗しさ、か。実際、モテるのはレガシーの方であると、建国祭の日に僕は気づいた。レガシーは顔立ちが整っている。僕は、作りこんで現在を保っているし、年上だ。

 そもそもレガシーは、僕の外見が好きなのだろうか? とてもそうとは思えない。いいや無論、僕は美しいが……うーん。

「レガシー」
「何ですか?」
「貴様は、我輩の、どこが好きなんだ?」

 僕は率直に聞いてみることにした。するとレガシーが大きく噎せた。

「い、いきなりそういう心臓に悪いことを――」
「答えろ」
「……そんなことを言ったら、押し倒されるって、気づかないような無防備さを持っているのに、完璧に仕事をこなす所、です」
「我輩が無防備? 我輩は貴様の評価をたった今、とても下げたぞ」

 なにせ防衛魔術は完璧だ。僕ほどパーフェクトな人間は、ちょっといないだろう。

「あんたな……どこか抜けてるよな?」
「なんだと? 我輩のどこが抜けているというんだ?」
「――俺がどれだけ本気か気づいていない所とかです」

 レガシーがポツリと言った。するとまた、僕の胸が苦しくなった。実際には、もう気づいている。そして僕も……ちょっと惹かれていると思う。恋を教えてもらうはずなのだが、レガシーが僕に何かを教えてくれたようには思えない。だが、勝手にいつの間にか、僕はレガシーが気になるようになっていた。

「貴様こそ、どこに目がついているんだ?」
「顔ですけど? 見ればわかるんじゃ?」
「貴様こそ、抜けているんだ。我輩の心情の変化を見抜けないんだからな!」

 この僕に、意識されているというのに、気づかないとは何事だ!

「え?」

 するとレガシーがポカンとした。目を見開いている。

「レガシー」
「は、はい」
「好きになってやってもいいぞ」

 僕は冷静な顔を装って告げた。しかし内心では、何故なのか心臓が爆発しそうなほどドクンドクンと煩かった。レガシーはといえば、呆然としたように立ち尽くしている。

「宰相閣下……それ、本気で言ってます?」
「どう思う?」
「俺を、からかってます?」
「我輩は人の気持ちを揶揄したりはしない。無論政争では容赦せずに使うがな」
「うわ」
「……」

 レガシーが、片手で顔を覆った。耳まで真っ赤なのが見て取れる。僕は気分が良くなった。相変わらず心臓は早鐘を打っているが、余裕ある素振りを心がける。

 その時、仕事の終了を告げる鐘が鳴った。丁度キリが良かったので、残りは休暇明けに行うと決めて、僕は立ち上がる。

「よし、今日の仕事は終わりだ」
「そうですね……あ、あの」
「なんだ?」
「俺の恋人になってくれるってことで良いんだよな?」
「言わないと分からないのか?」
「言質が欲しい」
「――ああ。恋人になってやる」

 僕は大きく頷いた。なにせ自分の中に、恋心が芽吹いているのを感じるからだ。そうじゃなかったら、こんなに心臓の音は煩くないはずだ。さすがは僕だ。この考察は素晴らしいに違いない! 初めて経験するこの動悸は、きっと恋というものが、もたらすものだ。僕は直接教えてもらったわけではないが、レガシーを見て、きっと吸収したのだ。さすがすぎる。

「ちょっと、仮眠室に行きませんか?」
「仮眠室? 寝そうなほど疲れているのか?」
「そうじゃな――……そうですね。寝たいです」
「一人でいけ。我輩に送れというのか? たかが隣の部屋に?」

 危険などないはずだ。そう考えていると、近づいてきたレガシーに両手を取られた。驚いて僕は目を丸くする。

「あんたと、一緒に寝たい」

 それを聞いて、僕は瞬時に赤面した。さすがに意味を理解したのだ。レガシーが、そんな僕を優しく抱きしめた。そして、耳元で囁く。

「あんたが欲しい」

 僕は何も言えないままで、仮眠室へと促された。緊張から体が硬くなった時、施錠音が響いた。振り返ると歩み寄ってきたレガシーが、そのまま俺を寝台に押し倒した。

「ずっと欲しかったんだよ。何度我慢してきたことか。気づけよ、もっと早く」

 レガシーが性急に僕の服を脱がせにかかった。

「ずっとずっと、答えて欲しかったんだよ。俺の気持ちに。あんたは鈍いから、無理だろうとは思ってたんだ――けどな、もう我慢できない。俺の恋人になってくれるんだろ? 絶対に逃がさない」

 そう言うとレガシーが、強引に僕の唇を奪った。突然のことに何か言おうと口を開くと、レガシーの舌が入ってくる。そのまま僕は舌を絡め取られて、歯列をなぞられた。

 こうして――ガチガチに緊張してしまった僕と、レガシーの初めての交わりが始まった。

 僕に挿入したレガシーのものは、非常に長い。そう感じるだけかもしれなかったが、僕の中を奥深くまで貫いている。なぜそんなものを持っているのか不明だったが、レガシーは香油の瓶を取り出して、僕を暴き始めた。その香油が立てる水音に、僕は恥ずかしくなった。ぬめる感触がする度に、体が熱くなっていく。

「宰相閣下、どうです?」
「ま、まぁまぁだ……ぁ」
「気持ち良さそうだけどな?」
「っ――フ、ぁ……ああ」

 声を出すのが恥ずかしいというのに、勝手に嬌声が漏れてしまう。レガシーが意地悪く僕の感じる場所ばかり責めるからだ。激しいレガシーの動きと互の息遣いが、僕の肌に響いてくる。あんまりにも激しく動かれて、僕は必死で目を伏せた。

 やっぱり、若いのだと思う。僕には経験など無いに等しいが、レガシーの動きが荒々しいのは分かる。僕の腰をきつく掴んで、何度も打ち付けては、中へと放つ。すると白液と香油が混じり合って、さらにグチュグチュと音を立てるのだ。

「全然足りねぇ」
「あ、ああっ……ア」
「もっと、声聞かせてくれよ」
「待ってくれ、も、もう――うあ」

 最奥を穿たれた時、僕は果てた。レガシーと違い、一回目の絶頂である。僕の出した白液が、レガシーの腹部を汚したのが分かる。よく引き締まった体を見て、僕はもっと筋トレをしなければならないだろうと決意した。

「あ、あ、まだ動かないでくれ」
「悪い、余裕がないんだ。もう我慢できないんだよ、本気で。あんたの全部が欲しいし、俺を刻み付けたい」
「ああああああ!」

 激しいレガシーの動きが止まることはない。すると強すぎる快楽が響いてきたものだから、僕は眦から涙をこぼした。泣くなんて宰相らしくないはずだ。けれど、堪えきれなかった。

 レガシーの動きが止まる時は、レガシーが僕の肌の各地を強く吸い、鬱血痕を残す時だけだ。僕の全身に花びらのようなキスマークが散らばっていく。そうしては、すぐにレガシーは動きを再開する。

 太ももを持ち上げられて、激しく穿たれる度に、皮膚と皮膚がぶつかる音が、仮眠室に谺する。荒々しいレガシーの息遣いと、いつもとは異なり獰猛な眼差しに、次第に僕は――その気配に飲まれ、彼の支配下に陥った。

「や、あ、ああ、ダメだ、ダメ、ダメだ、あ、あ、レガシー待ってくれ、やぁ」

 泣き叫びながら、僕は髪を揺らす。気持ち良すぎた。

「もう待てねぇんだよ。好きだ」
「っ」
「あんたの口からも聞きたい。しっかりと」
「あ、あ、好き、好きだ」
「うん」
「好きだ、だから、あ、あ動かないで――やあああああ!」

 そのまま散々果てさせられて、気づくと僕は意識を飛ばしていた。
 事後、気だるい体を起こすと、毛布がかけられていて、そばの椅子に座っているレガシーが見えた。僕は思わずレガシーを睨む。

「我輩の体力も考えろ」
「――悪い。ヤりすぎたのは自覚してる。でも、止まらなかったし、後悔はゼロ」
「後悔しろ!」
「寧ろ、まだまだ出来る」
「ダメだ! せめて明日にしてくれ!」
「――っ、明日なら、良いのか?」
「あ」

 思わず口走っていた僕は、真っ赤になってしまった。そんな僕に、立ち上がるレガシーが歩み寄ってきて、顎を持ち上げた。それから触れるだけのキスをすると、優しく微笑む。

「愛してる」