束縛
……環と許由が付き合い始め……既に一年以上が経過しているらしい。
その現実にすら、森羅は卒倒しそうになるのだが、何とか平静を装って過ごし、冬が来た。
和仙界は、古の地表の日本列島の文化を色濃く受け継いでいるから、ハロウィンやらクリスマスやらの名残がある。今は、丁度それらの中間、霜月の終わりである。
本日も環は、許由の同府がある終南山へと出かけている。
弟子と、一応の友人の幸せだ。その恋の成功を祈らないわけではない。それでも、環を心配だと思う気持ちが消えるわけではない。カーテンを掴みながら、森羅は窓の外を見据えていた。
「外を睨んでも、何も変わらないと思うぞ」
そこへダイニングから慈覚が顔を出した。自分で珈琲のおかわりを取りに行き、リビングのテーブルの前に座り直した彼は、先程から、明星宮の仕事をしている。普段であれば気を遣って森羅がおかわりを淹れるのだが、本日は息抜きがてら、慈覚は自分で立つと決めていた。そわそわしている森羅が面白いというのもある。
「慈覚は知らないから……許由はとにかく重いという事に定評があったんだよ」
「それは、何か、悪い弊害を生むのか?」
「環が押しつぶされてしまうかもしれない」
「俺には贅沢な悩みに聞こえるが?」
書類にペンを走らせながら慈覚が述べる。すると勢いよく森羅が振り返った。
「だって――許由と付き合うと、全てを束縛され尽くすと評判だったんだ」
「それが?」
「え?」
「俺も、お前の全てを束縛したいと考えている。恋をしたら、当然の事じゃないのか?」
あっさりと、実にするりと慈覚は述べた。
森羅が目を瞠る。
――現在、森羅は己がその状態である事に、全く気が付いていなかった。
慈覚は、森羅が己以外と二人で過ごす事を、環と兆越にしか許していない。南極ですら気を遣っている――いいや、南極に関しては、明確に慈覚が牽制している。玉藍や燈焔は空気を読むようにとそれとなく慈覚が釘を刺しているわけであるが。
森羅は慈覚が最近会いに来る頻度が増えていたから、他の者が来ない事を気にしていなかった。そもそも仙道であるから、数年の間隔はどうという事も無いのである。環という接点(保護者という関連)がなくなったから、玉藍達は来ないのだと考えていたし、南極とは元々、数百年単位で会わない場合もあった。その為、森羅は慈覚が牽制しているなどとは考えてもいない。
「慈覚は、束縛すると、どうなるの?」
「――そうだな。束縛心を気づかせないように躍起になる」
「そう」
やはり、想像がつかないと森羅は思う。既に束縛されている事には気がつかないままだ。慈覚は森羅が、自分以外の誰と会うのも許していない事にすら、一切気がついていない。
その時、書類仕事が終わったので、慈覚はペンを置いた。
そして立ち上がると、森羅に歩み寄った。
振り返っていた森羅の正面に立つと、慈覚が優しく手を伸ばす。そしてそっと、森羅の頬に触れた。
「森羅。環ならば、大丈夫だ」
「何を根拠に――」
「大丈夫で無かったならば、俺が森羅と共に許由に苦言を呈する事とする」
「慈覚……」
「だから今だけは、俺の事だけを考えてくれ」
慈覚はそう言うと、森羅を抱きしめた。その強い腕のぬくもりに、森羅は唇を閉じる。額を慈覚の体に押し付ける。そしておずおずと慈覚の背に手を回した。それが、慈覚には非常に嬉しい。それから二人は、触れ合うだけのキスをした。