聖夜



 ワルトと付き合ってから、初めての聖夜が訪れた。
 ――聖夜。
 外界と切り離されているこの塔であっても、無論祝祭日は存在する。だが、過去の俺は必死に研究をしてきた為、誰かと祝った記憶も無い。例え聖夜であれど、それはおやすみではなかったし、父も俺が研究をしている方が喜んでくれたという過去がある。

 とはいえ、噂話くらいでは聞いている。
 聖夜とは、恋人同士で過ごす夜の事だ。
 多くの場合、日付が変わる直前から顔を合わせて、食事(主に鶏肉とケーキと葡萄酒……子供はノンアルコールのシャンパン)を楽しみ、一緒に眠ると、朝、プレゼントが枕元に置いてあるというような、そんな流れだったと思う。

 ……祝った経験がそもそもないのだ。
 しかし俺にだってプレゼントの購入くらいは可能だ。
 せめて年上の威厳として、ロマンティックな聖夜の演出くらいしてみたい。

 と、いう事で、俺は塔の外に買い物に行こうと、聖夜一日目(イヴ)、正門に向かった。

「シルク様!」

 すると正門に、ワルトがいた。
 驚いて俺が目を丸くすると、頬をデレデレにしているワルトが、俺の腕を取った。

「俺も買い物に行くんで、一緒に行きましょう!」

 まずい。お見通しというわけか。
 こういう場合、心を読まれるというのは、サプライズのしようも何もないため、若干苦しい。別段驚かせたいわけではないのだが、俺側から喜ばせるための手段が減っているのは否めない。

 そう考えつつ、俺は周囲を見渡した。チラホラと――いいやガン見も含めて、非常に多数の視線が飛んでくる。ワルトが目立つのでもなく、過去の人である俺が目立っているのでもなく、現在塔を席巻している、『俺達が付き合っている』という話のせいだと思う……。神速で、俺達の関係は塔中に広まった。

「シルク様と街でデートできるなんて、最高のプレゼントです」
「……ただ少し、買い物に行くだけだ」
「だけど、デートはデートだよな?」
「そ、それは……」

 俺が口ごもっていると、横からワルトが抱きついてきた。

「今夜はずっと一緒に居ましょうね!」
「……」
「明日も!」
「……そうだな」
「やった」

 ワルトがあんまりにも嬉しそうな顔をするものだから、俺は赤面するしかできない。
 その後腕を組んだままで、俺達は街へと向かった。
 魔道電色が、木々を彩っている。カラフルなツリーもあれば、青と銀のツリーもある。

「その」
「ん?」
「ワルトは何か欲しいものはあるか?」
「シルク様」
「なんだ?」
「そうじゃなくて、シルク様が欲しいです」

 そう言うとワルトが俺を抱き寄せた。ギュッと背中に腕を回されたものだから、焦ってしまう。

「俺はプレゼントに俺をあげるので、シルク様は、シルク様をください!」
「そんなのとっくに――」

 ――とっくに俺は、ワルトのものだ。
 そう思ったが、羞恥に駆られたから、言いかけてやめた。
 すると触れるだけのキスをされた。

「そうだったんだ」
「な」
「シルク様は、もう俺のもの、かぁ」
「っ」
「嬉しい」

 ワルトは腕に力を込めなおすと、俺の額にキスをした。

「買い物に行くんだろう? 足が止まっている!」
「――ああ。街で一番人気のレストランを予約済みで、その隣の高級ホテルも予約済みです」
「え?」
「ロマンティックな演出なんて、俺に任せてください! ロマンティックを求めるあたりが、シルク様、本当に可愛い!」

 その後俺は、店舗が並ぶ店の方角ではなく、真っ直ぐにレストランに連行された。これではプレゼントが買えないではないか!

「だから、プレゼントはシルク様自身。いてくれるだけで良いんです」

 ――こうしてこの夜も、俺はワルトに溺愛されたのだった。