父の日


第391回 #一次創作BL版深夜の真剣120分一本勝負

(使用お題)
・父
・愛情
・「どうなってもいいよ」





 俺は芸能人をしている。
 芸能人をしている……! 売れていないとはいえ、これでも頑張っている……!
 そんな俺には、父親がいる。

 縲だ。実父だとすれば、俺と双子の弟の紬は、縲が十三歳の時の子供である。現在、俺と紬は、二十二歳。縲は、三十五歳だ。だが、顔面は、俺と紬はどう考えても縲の造形を受け継いでいるし、実際の血縁関係がどうであっても、俺達を育ててくれたのは、紛れもなく縲である。

 さて、売れないとはいえ――いいや、それでも新人の中ではそれなりに存在感のあるだろう俺は、現在やりたくもないオカルト路線で売り出されているのだが……人気No,1若手の兼定と一緒にMCをした心霊番組の報酬で、最近、ちょっと懐が潤っている。

 俺はチラリとカレンダーを見た。もうすぐ父の日である。
 過去、幼少時は俺と紬も、父の日にプレゼントをする事はあった。けれども、ここ数年は、特に何をした訳でもない。

「今年くらいは……」

 一人そう決意して、俺は買い物に出る事に決めた。本日は、オフだ。
 なお、俺の多くの日々は、オフであるが、それは言ってはならない事柄である。

 それにしてもプレゼント、か。一体何が良いだろうか?
 食べ物か?
 それとも記念に残る品が良いだろうか? 衣類? いつも縲は和装であるから、ネクタイ等は身につける機会が無さそうだ。かといって和風の小物は一流の品を既に持っている。

 こ、ここは。
 一人で渡すのも照れくさいし、紬の事も誘ってやろうか。俺だけ渡すよりも、良いかもしれない。そう考えて、俺は紬の部屋の扉の前に立った。二度ノックをして、扉を開ける。

「どうしたの?」

 ベッドに寝転びスマホを弄っていた紬が、俺に向かって顔を上げた。

「父の日、だろ? お前の事だから忘れてると思ってな」
「えー? 僕はもう買ったけど?」
「――へ?」
「というか、僕は毎年早めに買ってるよ? どうしたの絆。絆こそ、最近あげてなかったみたいなのに」
「誘えよ!」

 変な所で気の利かない弟に対し、俺は思わず眉を顰めた。すると紬が困ったように笑った。

「今年は火朽君と一緒に選んだんだ。父の日に興味があるって言うから」
「確か、お前の親友だったか?」
「う、ん、まぁそんな感じ?」
「どんな感じだよ」

 俺が嘆息すると、紬が何故なのか頬を染めた。どこに照れる要素があったというのだろうか? そう思いつつ、紬が既に購入済みだとするならば、誰に相談するべきかと考える。俺の相談相手は、基本的に、紬か享夜だが、享夜のご両親は亡くなっているので、この相談は出来ない。腕を組んで俺が唸ると、不意に紬が手を叩いた。

「兼定さんに相談してみたら?」
「――は?」
「最近、仲良いんでしょう? あんな大人気俳優と仲良いなんてすごいよ!」
「……」
「本当格好良いよね、兼定さん!」

 俺は思わず目を据わらせた。兼定は、あくまでも俺の好敵手だ。確かに現在の若手の中での人気No.1は兼定であるが、俺だって……と、思いつつ、俺は唇を噛んだ。

 ――色々あったのだ。
 結果として、俺と兼定は、ただのライバル関係では無くなった。絶対に紬には秘密であるが、俺は兼定と……ちょ、ちょっとそのキスをしてしまったり、色々あったのである。色々だ。

 俺は兼定が嫌いだ。き、嫌いだ。
 しかしながら、紬は、兼定の大ファンである。紬が買っているファッション雑誌のトップモデルでもある兼定を信仰している。俺はそのライバル誌のモデル上がりなのだが。

 ま、まぁ、顔が全く同じ俺達だから、服の方向性が違うのはよしとしよう。

「縲は、何をあげたら喜ぶと思う? 兼定よりも、お前の方が圧倒的に詳しいだろ?」

 俺と紬は、縲の事を、呼び捨てにしている。縲が、その方が良いというからだ。実際外にいると縲は見目も若いし、兄だと誤解される事もあるほどである。俺にとっては紛れもなく父だが、兄のようだと言われても違和感は無い。

「そりゃあ縲は、食べ物というかお酒が好きなんじゃない?」
「そうか? 家じゃ飲んでないだろ」
「んー……そ、それはそうかも。僕はブランデーケーキを買ったよ」
「なるほど」
「だからさ、そういうんじゃなく意表を突きたいなら、第三者が良いかと思って」

 ……悔しいが、一理あるかもしれない。
 頷き俺は、結局あまり参考にならなかったなと思いながら、自室へと戻った。
 そして兼定が勝手に登録した、トークアプリの連絡先を開いてみた。

 兼定は俺に無駄な事を送ってくる。『おはよう』『おやすみ』だとか。
 俺は既読スルーしてばかりだ! が、たまに気が向くと、返事をしている。なんだかんだで、最近、俺と兼定の距離は、少しは縮んでしまったようで悔しくもある。

「ま、まぁ、たまには俺から連絡してみたって良いよな」

 ブツブツと呟きながら、俺はトークアプリに一言投げた。

『父の日、何あげる?』

 そして適当なスタンプを探していた。だがスタンプを送る前に返事が来た。

『一緒に選ぶ?』
『嫌だ』
『じゃ、今日の十六時に駅前な。俺が新南津市に行くから』
『勝手に決めるな!』
『行かないの?』
『行く!』

 気づけば反射的に俺はそう返していた。すると可愛らしいスタンプが返ってきた。ま、まぁ、良いか。俺は何故なのか兼定の顔を思い出しながら、何を着ていこうか思案する。そ、それは、む、無論、ライバルに決してプライベートの私服が負けたら沽券に関わるという理由からでしかなく、兼定の前だから良くしていたいという意味合いではない!

 俺は認めない。認めたくない。自分が、兼定を意識している事なんて。
 確かに最近の兼定は、本当に俺に甘い。『付き合おう』とか『っていうか付き合ってるよな』とか『恋人だろ?』とか、言ってくる。

 ……。
 気恥ずかしくなって、俺は赤面してしまった。紆余曲折あっての兼定との付き合い、特にそれが密になった昨年から、もう一年近くが経過している。その間、兼定は俺に愛を囁くようになったが、俺は答えていない。た、確かに……その……はっきり言えば、致してしまったが、そ、そう、ヤってしまったが、あれは事故(?)だ。

 俺は兼定の愛情には応えられないでいる。

 確かに兼定を見ると最近の俺は、おかしいくらいに動悸がするし、顔も熱くなるし、場合によっては、触れられれば体が熱くなりもするが――兼定は、ちょっとした陰陽師としての特殊能力があって、俺の気を喰べたいだけらしいのだ……。気を吸い取る事が出来るらしい。奴の中では、食欲と俺が混じっているのだと思うと、俺は溜息しか出てこない。

 ……もしかすると、俺の方が恋をしていて、兼定は食欲を美味い言葉で言い換えているだけなのでは――って、いいや、違う。そんなわけがあるか。なんで俺が兼定に恋をしなきゃならないんだ! 確かに人気No,1なだけあって、格好良いけれど!

 そんな事を考えながら私服を選んだ俺は、目立たないように色つきの大きな眼鏡をかけて、駅前へと向かった。これでも一応俺も芸能人である。その上ここは地元だ。

「絆」

 すると既に兼定が来ていた。しかも、目立っていた。俺は踵を返そうか悩んだ。だが歩み寄ってきた兼定に、ガシリと手首を掴まれた。

「お前、何目立ってるんだよ」

 小声で糾弾すると、クスクスと笑われた。

「別に俺は、お前と買い物デートしてるの見られても困らないからな。どうなってもいいよ」
「マイノリティ路線は一人で歩め! デートじゃない! 単純に父の日のプレゼント選びだ!」
「絆からのお誘い、嬉しいんだよ、本当に」
「はぁ?」
「絆は、ツンツンツンツンばっかりで、デレがほぼ無いからな」
「……」

 そう言われると言葉に詰まってしまう。そんな風に言われたら、まるで俺が、兼定を意識してツンってしているみたいで恥ずかしいではないか。

「ほら、行くぞ。っていうか、今度ご挨拶させてくれ」
「ダメだ。お前にとって、縲も紬もお祖父様もご馳走にしか映らないだろうから我が家には絶対に呼ばない」
「俺は絆以外に興味ないけどな?」
「は?」
「絆が好きなんだ。絆だけが」
「言ってろ。それより、何処に行くんだ?」
「早めに来て、いくつかフェア中のお店と雑貨店見つけておいたんだ」

 その言葉に、俺は目を丸くする。本当に兼定は、気遣いの人である。いつも居酒屋で俺に料理を取り分けてくれるのと、それは変わらないように思える。多少強引な時はあるが、それは主に夜だ。


 ――プレゼント選びは、順調に進んだ。兼定が色々と勧めてくれたからだ。そうしてその後は駅ビルの上に、兼定が予約していてくれた店があったから、そこで食事をした。全く、本当に、気遣いが凄すぎる。

「なぁ、絆」
「なんだ?」
「プレゼント選びのお礼、して欲しいなぁって」
「……まぁ、助かったけどな。何をしたら良いんだ?」
「今日は俺、新南津市に泊まる事にしてるから、ホテル取ってる。来て欲しい」

 嫌な予感しかしない言葉である。俺は唇を尖らせた。

「夜遊びをすると、縲が怒る」
「事前に連絡すれば大丈夫だろ?」
「まぁそれは、な。俺だっていい大人だし……けどな。俺だって貞操の危機を判別する力はあるんだぞ」
「それが本当なら良いけどな」

 兼定が片目を細めた。その言葉で、俺は嫌な記憶を思い出したが、すぐに顔を振ってそれを振り払う。実は俺は、セクハラ(?)をされかけて、兼定に救出された事があるのだったりするが、それは忘れよう。

 それはそれとして……兼定のホテルに行ったら……。
 その事を想像して、俺は目をギュッと閉じる。

「兼定は、俺の事、部屋に行ったら虐めるくせに」
「虐めないよ? 俺、優しいだろ?」
「どこがだ?」
「これでも自制してるんだけどな?」

 本当にどこがだ?
 そう思いながら、俺は紹興酒を飲み干した。そうしつつ、再び目を閉じる。ついていくなんて、同意しているみたいで恥ずかしい。だが――兼定に最後に与えられた熱の事が蘇ってくる。

「ちょっとだけなら……本当、ちょっとだけなら……」
「うん」
「ちょっとだけだぞ?」

 ……キス、だけなら。
 そう思い、上目遣いに、チラリと兼定を見た。すると余裕たっぷりな顔で兼定が笑っていた。

 その後。
 俺と兼定はタクシーを拾ってホテルへと移動した。別段、男同士であるし、特に撮られる心配は無いようだというのが、最近の判断である。俺と兼定は最近、プライベートでも親交があると二人でMCをしている番組で述べているからだ。

「絆」

 ホテルの一室の扉が閉まってすぐ、後から兼定が俺を抱きしめてきた。真っ赤になった俺は、眉根を下げて、小さく首だけで振り返る。すると顎をギュッと掴まれて、すぐに唇を塞がれた。始めは触れるだけのキスで、それが次第に深くなる。

 始めはあんなに抵抗していた俺だが、今では兼定の温度が嫌では無い。

「ぁ……」
「舌、出して」
「ん……」

 兼定が俺に、気を注ぎ込んでくる。気を取られる分には、俺の側の力が抜けたりするだけだが、逆をされると、すぐに俺の頭がグズグズになってしまう。何も考えられなくなるのだ。兼定が欲しくて欲しくて仕方が無くなる。

「あ、あ、兼定」

 頬をなぞられた瞬間、腰骨が熔けた。力が抜けてしまった俺を抱き留めた兼定が、寝台へと縫い付ける。すぐに服を乱され、首筋に噛みつくようなキスをされた。それだけで、背筋がゾクリとする。

「っ、ひゃ……」

 兼定が、俺の陰茎を、手で扱く。そうしながら乳頭を甘く噛まれ、俺は体を震わせた。この日の兼定は、その後性急に俺へと押し入ってきた。根元まで挿入された時、のけぞった俺は、兼定に抱きついて、思わず懇願した。

「もっと……っ」
「素直な絆、本当好き」
「あ、あ、兼定、ぁ、ァ」
「ダメだ。止められそうにない」
「ああ! あ――!!」

 そんな風にして、この夜は、荒々しく体を貪られた。


 さて。
 父の日当日が訪れた。俺は緊張していたのだが、そんな俺の隣で、あっさりと紬が箱を取り出した。

「はい、これ」
「これは?」

 縲はいつも通りの穏やかな微笑で、こちらを見た。すると紬がカレンダーへと視線を向ける。

「父の日」
「ああ」
「――俺からは、コレを」

 俺もまた、兼定と共に選んだ品を差し出した。すると縲が破顔した。

「有難う、二人共」

 この日、縲は喜んでくれたから、俺はそれで良いかなと思う事にした。
 なお俺と兼定の付き合いであるが――……この年、少し関係が変わる事となるが、それはまた別のお話だ。



【END】