「そうだ旅に出よう」


戌さんには「そうだ旅に出よう」で始まり、「帰る場所はここだった」で終わる物語を書いて欲しいです。できれば11ツイート(1540字程度)でお願いします。





「そうだ旅に出よう」

 不意に言われて、俺は戸惑った。まじまじとライナを見る。ライナは義理の弟で、唯一の家族だ。ライナの母と俺の父は、新婚旅行に出た先で、亡くなった。その後、五歳だったライナが十七歳になった本日まで、俺が育ててきた次第だ。今年で俺は三十歳。

「馬鹿な事を言うな。この街の何が不満なんだ?」
「長閑すぎて、退屈っていうか」

 それは分かる。とても分かる。非常によく分かる。
 十八歳まで、俺は冒険者をしていた。今のライナと同じ歳くらいの頃には、やはりこの街に飽きていて、斧を揮う毎日を選んでいた。

 この街は、初心者村の隣街だ。冒険者の登竜門と言われている初心者村は、まだ賑わっているが、旅立った人々が最初の休憩で立ち寄るこの地には、それこそ宿屋くらいしか無い。俺も現在、宿屋の一つで、受付の仕事をしながらライナを育てている。

「旅は、危ない。やめておけ」
「でもさ、リュート」
「兄さんと呼べと言っているだろうが」
「リュートはリュートだよ。リュートだって十六歳から十八歳までは、冒険者してたっていつも僕に自慢してるじゃないか」
「そ、それは……」

 事実である。俺が口ごもると、ニヤリとライナが笑った。
 この時の俺は、引き止める言葉をあれこれ考えたが、結局何も見つからなかった。

 ――それから、二年。
 あの記憶の日の夕方には、勝手に旅立ち、手紙一つ寄越さなかったライナは、俺が三十二歳になったある日、突然戻ってきた。

「お前……今までどこに! どれだけ心配したと思ってるんだ!」
「心配? それだけ?」
「へ?」
「僕の事、まだ、弟としてしか見られない? 距離を置いても」
「な」
「距離を置いたら、変わるかなって思ったんだけどな」

 クスクスと笑っている十九歳になったライナの背は、俺よりも高くなっていた。なんとなく悔しい。俺は思わずライナを睨んだ。

「お前は一生、俺の弟だ」
「うーん。僕の望みは、リュートに恋人になってもらう事なんだけどな」
「え?」
「これから、ゆっくり時間をかけて頑張る事にする」

 こうしてライナは帰ってきた。この頃には、俺は独立して、自分の宿屋を経営するようになっていた。小さい宿だが、冒険者達がよく利用してくれる。その酒場で働き始めたライナは、度々仕事終わりに俺を抱きすくめるようになった。

「……離せよ。子供じゃないんだから」
「うーん。子供じゃないのは伝わってるんだね」
「そうだな! 今のお前だったら、俺は応援して旅に送り出せる。もうお前は立派な冒険者みたいだしな」

 なにせ毎日のように、旅に戻ってこないかと、ライナの友人達が顔を出すのだから。

「行っても良いの?」
「……好きにしろ」

 そう答えた俺の声が震える。本当はもう無理だった。再会した弟を、俺は次第に弟とは見られなくなりつつあった。額にキスをされる度、胸が疼くようになってしまったのだ。暇しにライナのキスは深くなり、最近では押し倒される事もある。俺はそれが、嫌じゃない。

「行かないよ。だってさ――」
 
 ライナは今日も俺を抱きしめ、額に唇を落とした。そして俺の耳元で囁くように言う。

「リュート無しじゃ死んじゃうよ。僕がいるべき場所は、リュートの隣だってもうよく理解してる」
「ライナ……」
「家族って意味じゃないよ。別の意味では家族になりたいけど――それは、伴侶になりたいって意味」

 この国では、同性同士の夫婦を、伴侶と呼ぶ。俺は思いっきり照れてしまった。するとより強く抱きしめられる。

「ねぇ、リュート。今夜、一緒に寝よう?」
「……っ、それは」
「好きだよ」

 勇気を、俺も出すべきなのかもしれない。

「……俺も好きだ」
「本当、気づくのが遅れたけど、僕のさ――」

 するとライナが俺を腕から解放し、じっとこちらを見据えた。それから唇の両端を持ち上げる。

「帰る場所はここだった」



 ―― 終 ――