悪役組織の総帥をしています。




 ここは、新東京府新宿区。
 ――俺はこの街で、悪の組織を運営している。

 というのも……≪平行世界≫間での往来が可能となり、様々な『日本』から人々が集まるようになったのは、もう六年ほど前の事だ。

 そんな中、【第三種特定異世界】と分類される【特定日本】から侵入してくる【異邦神】と称される≪魔物≫を退治するために、『人類』に分類される者達は、≪正義の味方システム≫を作った。

 【異邦神】を倒す毎に、ポイントが加算されていき、高ポイントを叩き出した『正義の味方』は、何かと優遇措置を受けられる(例:交通機関の利用料金が無料)。いつしか、正義の味方は、魔物退治だけではなく、治安維持にも一役担うようになってきた。

 ――結果、正義の味方を邪魔に思う者達も、増加した。

 ≪正義の味方システム≫は、討伐を初めとした『依頼』をこなせば、こなした者にポイントを付与する。その為、特定の正義の味方への活動妨害も、報酬さえ支払えば、依頼できるのが現状だ。中には、ライバルである、別の正義の味方集団を蹴散らせようとする人々もいる。

 今となっては、魔物退治や治安維持はおろか、妨害、に限らず、今日ちょっと部屋の掃除をしたいから人手が欲しいんだよねぇなどと言うような、雑多な依頼が、≪正義の味方システム≫によって行われるようになった。それに伴い、正義の味方の形も、様々に変化している(何でも屋じゃないかとは言わないのがお約束だ)――という現状がある。

 俺はこの中で、『特定の正義の味方を妨害したい人間』である。
 その為だけに、悪の組織≪靴履き猫≫を組織した。

 俺は、我ながら可哀想な人生を送ってきた。まず、俺には愛する婚約者がいたのだが――兄に寝取られた。どころか兄は、「お前が結婚するとか絶対許さない」と俺に言い、俺を襲った。強姦だ。酷い。そんな傷心だった俺であるが、さすがにその兄がまさかの事故死を遂げた時は狼狽えた。しかも、しかもだ。その後結婚した俺のお嫁さんと、俺の元婚約者と、同じ車に何故か乗っていての交通事故死だ。生まれたばかりだった我が子、ロキを腕に抱いたまま、しばらくポカーンとしていた事をよく覚えている。DNA鑑定の結果、ロキが兄の子供だったという事実は、俺は墓場まで持っていく。

 現在俺は、三十二歳になった。ロキは、十二歳になった。
 そして、兄と俺の愛した女性の子供――久遠は、現在は大学生だ。
 俺の大好きだった初恋の女性に瓜二つに育ち、たぐいまれなる美形の持ち主だ。
 しかし……中身は、俺が大っ嫌いな兄にそっくりに育ってしまった……。

 この久遠……現在、新宿区で人気ナンバー1の正義の味方をしている。それが、≪オズ≫だ。俺は、奴らを――端的に言って久遠をたたきつぶすべく、悪の組織を作ったのである。

 俺は本日も、悪の総裁室で、≪オズ≫の邪魔をするように檄を飛ばす。兄への怒りを甥にぶつけるのは違うかもしれないが、俺は久遠が大嫌いなのだから仕方がないだろう。そう考えながら俺は腕を組み――気づくとうたた寝をしていた。

「花音叔父様」
「ん……」

 気づくと、周囲は暗かった。俺はうっすらと目を開け――直後、硬直した。そこには、久遠の姿があったからである。端正な顔をした甥は、俺を見下すように目を細めている。

「そろそろ私達の邪魔をするのを、やめて頂けませんか? いい加減、鬱陶しいんですが」
「な……どうやってここに入った! セキュリティは万全のはずだ」
「この程度の甘いセキュリティなど、正義の味方のランキング一位である私には無意味です。それよりも、叔父様」
「な、なんだ?」
「私も貴方が鬱陶しくて大嫌いです。叔父様も私の事が嫌いなんですよね?」
「その通りだ!」
「でしたら、関わらないというのはどうですか?」
「無理だな! 俺はこの手で、いいやこの悪の組織で、お前の無様な姿を公衆の面前に晒したい!」

 思わず俺が本音を述べると、久遠が半眼になった。

「なるほど。叔父様がそういうおつもりなのでしたら、こちらにも考えがあります」
「考え?」
「≪靴履き猫≫は徹底的に潰させて頂きます。ただ、それよりも先に」

 久遠はそう言うと、俺の椅子の横まで歩み寄り、グイと俺の肩を掴んだ。

「叔父様のトラウマを抉らせて頂きます。再起不能になるほどに」
「――え?」
「私の母が大好きだったそうですね」
「……」
「そして、父が大嫌いだった、と」
「……」
「母と同じ顔で、父と同じ中身の私が相手の場合、どうなるんでしょうね?」

 久遠はそう言うと――俺を床へと引き倒した。頭を軽くぶつけて、俺は瞠目する。

「な」
「体に聞かせないと、叔父様は馬鹿だから分からないのでは? せっかく親切心で、私は止めるようにと申し上げたのに」

 ネクタイを引き抜かれた時、俺は焦って唇を震わせた。すると久遠が口角を持ち上げて、それで俺の両手首を頭上で縛る。

「な、なにを――」
「父に強姦されたそうですね。その時は、どんな顔をして啼いたんですか?」
「やめろ、ふざけるな!」

 胸元のボタンを引きちぎるようにはだけられた時、動揺から俺は声を上げた。すると久遠の左手が、軽く俺の首を絞めた。緊張して、一気に俺の体が硬くなる。殺される? そう焦って、俺は目を見開いた。涙がこみ上げてくる。

「――父の前でも、そうやって泣いたんですか」
「……」

 泣いていないと言いたかった。しかし怖くて声が出てこない。全身が震え始める。兄に強姦された時は、震える暇もなく、強引に暴かれた記憶しかない。だが久遠は、震えている俺を、じっと見下ろしている。

「私は……何かと、正義の味方である私の邪魔をする、悪の組織の総帥の叔父様が大嫌いなのですが――……気が削がれますね。そんな風に怯えられると」
「……」
「ちょっと待ってください。そんなに震えないでください」
「……」
「花音叔父様?」

 気づくと俺は、ボロボロと泣いていた。声こそ出さなかったが、涙が止まらない。すると久遠が驚いたように俺を見た。

「やめてくれ……」

 俺が放った声は、我ながらか細くて頼りなく思えた。久遠が息を呑む。

「それは、逆効果です。自覚はありますか?」
「……やめてくれ、怖い」

 繰り返して俺が言うと、久遠が片目を細めた。それから俺の顔の左右に手をつくと、じっと俺を見る。

「では、怖くなければ良いのですか?」
「え?」
「その――無理にする気は失せました」
「……」
「ですが、逃す気も失せました」
「?」

 意味が分からず俺が首を傾げると、久遠が俺の首筋に唇を落とす。びくりとした俺は、慌てて久遠の体を押し返そうとした。だが、さすがに鍛えている正義の味方だけあって、ピクリとも動かない。一方の俺は総帥室で指令を出してばかりだから、体力はない。

「ぁ」

 その内に、キスマークを付けられた場所から、ジンと甘い疼きが広がった。そんな俺の服を、完全に久遠がはだける。絨毯に背中をあずけたままで、俺はぽかんとしていた。すると久遠が、俺の胸の突起に触れた。

「っ」
「絶対に嫌だというのであれば、これ以上はしません」

 久遠はそう言うと、唇で俺の右の乳首を挟んだ。そして軽く吸ってから、チロチロと舌先で舐める。ゾクゾクと快楽がこみ上げてきたものだから、俺はそれまでの恐怖とは別の意味で涙ぐんだ。

「ぁ、ァ……っ」

 漏れてしまった声が恥ずかしくて、俺は両手で口を覆った。しかし久遠の舌の動きは止まらず、より執拗になっていく。

「んぅ!」

 その時、久遠の左手が、下衣の中に忍び込んできて、俺の陰茎を撫でた。その優しい刺激が純粋に気持ち良くて、俺の体が跳ねる。

「あ、おい、まて、やめ――っ」

 拒否しようとした時、強く乳首を吸われて俺は声を失った。手ではゆるゆると陰茎を扱かれる。

「あ、あ、あ」

 その内に、するすると下衣も脱がされて、久遠が俺の陰茎に両手を添えた。

「! ひ」

 端正な唇で陰茎を含まれ、俺は目を見開いた。やばい、まずい、気持ち良い……。形だけだったとはいえ、妻が亡くなってから、誰ともこんな接触を持ったことは無かった。それも相手は、最初に愛した女性と瓜二つで――と、考えた時、俺はハッとした。

「だ、だめだ、やめろ、お前は俺の甥なんだぞ!?」

 すると久遠が顔を上げた。

「それが、何か?」
「な、何かって、だって……」
「兄弟と叔父甥なんて、どちらもどちらでは?」
「な」
「叔父様は細かいことを気にしすぎなんですよ。だから――いじめたくなるというか」
「あ、あああっ」

 俺の陰茎に添えた手を、激しく久遠が動かした。重点的に雁首を刺激され、俺は出してしまいそうになった。するとそこで、久遠が動きを止めた。

「同意がなしなら、ここまでです」
「や、あ、イかせてくれ」
「それは、同意と捉えて良いのですか?」
「……っ、出したい」
「挿れても良いのなら」
「えっ……け、けど……」
「――父の前でも、そんな風に押しに弱く、優柔不断だったのですか?」

 久遠はそう言うと、二本の指を俺の後孔に挿入した。ビクリと俺の体が跳ねてから硬直した。人生で、二度目の経験である。十数年ぶりの感覚だ――もう、ほぼ新しい経験と言って差し支えがないだろう。

「う、あ……」

 久遠の指が、第一関節、第二関節と、揃って進んでくる。二本の指が根元まで入りきった時、俺の体は汗ばんでいた。髪の毛が肌に張り付いている。

「あ、あ、あ」

 二本の指を振動させるように久遠が動かした。その刺激が全身に響いていく。

「や、やめ」
「やめて良いのですか?」
「っ」

 俺は、もう少しで達しそうだった。本音を言えば、さらなる刺激を求めていた。だが、理性が言う。いくら嫌いだとは言え、久遠は甥だ。それも兄はともかく、好きだった女性の息子なのだ。それを、こんな鬼畜道に落とすのは、叔父としてはまずい。

 ――そう思うのに、気持ち良い。

「あ、ああっ、うあ、あ、あ、ああ、そこ、そこやめ」
「ここですか?」
「ンあ――!!」

 前立腺を指で刺激され、俺は頭を振って泣きじゃくった。しかし執拗に、見つけ出したそこばかりを、指先で久遠が攻める。

「うあ、あ、あああっ、や、出る」
「ねぇ、叔父様」
「あ、ああ」
「挿れても良いですか? 私はきちんと同意を取る方なんです」

 そう言うと久遠が指の刺激を弱くした。それがもどかしすぎて、気づくと俺は泣きながら頷いていた。

「は、早く!」

 直後、巨大な質量に貫かれた。

「ん、あああああ!」

 俺の最奥まで貫いた久遠が、喉で笑う。余裕がたっぷりあるように見えた。

「叔父様がこんなに綺麗だとは思いませんでした――雌堕ちしてもらいましょうか」
「え、あ、あア、ああああああ!」

 すると俺の最も奥深い部分を、何度も何度も久遠が突く。その刺激を感じる度に、俺の口からは間断なく声が漏れる。

「いやあああああ!」

 その内に、耐え切れない刺激に、俺の体は飲まれた。快楽から逃れようと必死でもがくと、そんな俺の両手首を掴み、久遠が床に縫い付けた。

「あ、あ、あああああ!」

 そのまま激しく貫かれ、俺は泣きながら意識を喪失したのだった。


 ――翌日。
 既に総帥室には、久遠の姿は無かった。だが俺の体の上には、久遠の外套がかけてあった。

「何を考えてるんだよ、あいつは……!」

 思わず一人つぶやいた俺の声は、虚しく天井に溶けていった。
 ……。
 ……気持ち良かった。
 その絶望的な事実を思い出し、俺は両手で顔を覆った。

 求めてしまったのは、俺である。嫌いな相手なのに、嫌いな兄の息子で本人も嫌いなのに。ただ、顔だけは好きだが――それだけのはずで。しかもそんなことは関係なしに、俺達は叔父と甥だ。倫理的にも許されないだろう。その上、男同士だ。

「……」

 なのに、この日から、俺の脳裏から――今までとは別の意味で、久遠の顔が消えなくなった。

 ……。

 俺はこの日、鏡を見ながら考えた。無精ひげをなでてみる。俺の黒い髪と青い瞳は、鏡の中では視線が合わない。鏡の中の自分と目が合うと死んでしまうという都市伝説を聞いた事があるから、それは良いとしよう。問題は、ごくごく平凡だという事だ。久遠のような美は無い。釣り合わない、どう考えても。

「はぁ……」

 って、何を考えているのだろうか、俺は。そう考えて、頭を振っていると、扉をノックする音が響いてきた。俺は橙色の毛足が長い絨毯の上を歩き、ソファへと向かう。

「入れ」

 そう告げると、この悪の組織≪靴履き猫≫の幹部の二名が入ってきた。≪鼠(魔王)≫を名乗っているユウトと、≪長靴を履いた猫≫を名乗っているアイスである。二人は本日も、俺が目覚める前に既に仕事に出かけたらしい久遠をはじめとした≪オズ≫のメンバー三人にやられたらしい。俺は腕を組んだ。

「無様だな」

 一言目は、これに決まっているのだ、いつも。だが、次の瞬間からは、本心を放った。

「だけど本当無事で良かった!」

 そう言って俺は怪我をしているアイスに抱きついた。すると苦しそうに呻かれた。それを見てから、俺は言い聞かせるように口を開く。

「お前なぁ、あんまり無理すんじゃねぇよ。嫌がらせに命かけるとかあり得ないから、馬鹿だから、適度にやってくれればいいから!」

 ――そうなのである。俺は久遠が大嫌いだが、それが理由で部下が死んでしまうなどというのは許容できないのである。

 こうしてその後、二人を見送ってから、改めて考えた。
 嫌がらせ、か。
 先日の久遠の行為も、俺に対する嫌がらせだったのだろうが……。

「意識しちゃうだろうが、馬鹿」

 俺のつぶやいた声は、虚しく消えていった。

 なお、敵組織である≪オズ≫には、ほかに二人――≪ブリキの木こり≫と≪臆病なライオン≫がいる。≪能無しカカシ≫と呼ばれる久遠を含めて、三人組の正義の味方だ。この内、≪臆病なライオン≫も俺の甥っ子だ。

 そんな、≪ブリキの木こり≫と≪臆病なライオン≫が、ユウトとアイスとそれぞれ付き合っていると聞いたのは、その少し後のことだった。俺はぽかんとするしかなかった。その情報をもたらした息子(だと俺は思っている)ロキの頭を撫でながら、俺は今後の方向性を考えた。

 好きあっている者同士を敵対させるのは、可哀想だ。

 久遠が、そんなことを考えていた俺の執務室に再びやってきたのは、約一ヶ月後のことだった。

「叔父様」
「どうやって入ってくるんだ!?」
「セキュリティを見直しては?」
「……用件はなんだ?」

 俺がムッとしながら尋ねると、久遠が腕を組んだ。

「既に私の≪オズ≫と、叔父様の悪の組織――≪靴履き猫≫はズブズブです。何せ、三人対三人中二組みが出来上がっているのですから」
「お前たちは三人かもしれないが、こちらには、末端のものまで大勢いるんだぞ!」

 鼻で笑って俺が言うと、久遠が目を細めた。

「私はひとり余っています。叔父様も総帥なのに、寂しそうですね」
「寂しい? 悪の総帥とは孤独なものかもしれないな!」
「いえ、そういう意味ではなく――叔父様の泣き顔が忘れられないんです」
「へ?」
「私はやはり、父と同じ血を正しく引いていたようなんです」
「どういう意味だ?」
「ちょっと叔父様が欲しくなっちゃいまして」

 その言葉に俺は、目を見開いた。上手く理解できない。

「大嫌いだと思っていたはずなのですが、不思議なものです」
「久遠……?」
「叔父様は、そんなに私が嫌いですか?」
「あ、ああ。大嫌いだ!」
「傷つきました」
「え」
「胸がえぐられました」
「な」
「慰めてください」

 久遠はそう言うと、俺に歩み寄ってきた。そして俺の顎に指を添え、上を向かせる。

「私は、叔父様が気になっているようなんです」
「え? んっ」

 そのままキスをされて、俺は目を白黒させた。次第にキスは深くなり、俺は口腔を貪られる。歯列をなぞられ、舌を追い詰められて、絡め取られる。

「あ、ハ」
「叔父様が欲しいなぁ」

 そう言うと久遠が俺を、正面から抱きすくめた。狼狽えて体を固くすると、久遠が俺の耳元でいう。

「好きです、花音叔父様」
「な」
「名前以外可愛くないと思っていたんですが、そんなことも無かったようですね」

 久遠はそう言うと、俺の腰に回した腕に力を込めた。

「最近、叔父様のことしか、考えられないんです」
「奇遇だな。俺も、お前のことばっかり考えていた」
「――口説いてます?」
「ん?」
「天然か。爆ぜれば良いのに――……叔父様。私は叔父様が欲しいです」

 久遠に耳元で囁かれて、俺は赤面した。先日の熱が脳裏をよぎる。

「けど、俺達は、叔父と甥だし――敵と正義の味方でもあるし……あ、あの」

 俺が言いかけた時、グイと久遠が俺の顎を掴んだ。そして、真剣な瞳で覗き込んできた。

「それが何か?」
「え?」
「私は叔父様が欲しいんです。重要なのは、これだけです」
「っ」
「嫌ですか?」
「そ、そんなの、決まって――……っ」
「嫌に決まっていると?」
「違うバカ。俺が、甥っ子の事を本当に嫌いになるわけがないだろう。兄さんもお前も嫌いだけど、死ぬほど嫌いってわけじゃない」
「父に嫉妬します、が、なるほど。叔父様は優しいなぁ」

 久遠はそう言うと、俺の鎖骨の上に唇を落とした。走った刺激にピクリと俺は体を揺らす。すると久遠が意地悪く笑った。

「ならば、もっときちんと、叔父様を下さい」

 俺の腕を引き、久遠が俺を立たせた。そして横長のソファのところまで引っ張ると、勢いよく押し倒した。

「!」
「ダメですか?」

 俺にのしかかりながら、久遠が己のネクタイを引き抜く。それから俺のシャツのボタンに手をかけた。服をはだけられながら、俺はただ呆然としていた。

 だが――嫌ではない。

 それは、過去に愛しいと思った女性にそっくりだからではなくて、久遠の体温が心地よいと感じていたからだ。兄と似た性格だと思っていたが、兄はこんな風に優しくはなかったから、全然違うと思い知らされる。久遠は久遠でひとりの人間だと理解させられた気がした。

「あ」

 久遠が俺の首筋を噛みながら、陰茎を緩く握る。その後すぐ、軽くほぐしてから、俺の中に楔を進めた。

「あ、あ、ああっ」
「叔父様、平気ですか?」
「う、うん」

 答えつつ怖くなって、俺は久遠の首に手を回した。すると丁度その時激しく腰を動かされたものだから、思わず爪を立ててしまう。

「っ」

 すると久遠が熱い吐息をついた。そして、口角を持ち上げる。

「煽らないでください」
「うあ、あああああ!」

 そこから激しい抽挿が始まった。何度も腰を打ち付けられて、俺はむせび泣く。純粋に気持ちが良い。叔父と甥だなんていう道徳観念が消え失せていく。

「やああ、久遠、もっと、あ、ああああ」
「いくらでも」

 こうしてその日、俺達は獣のように、何度も何度も交わった。
 その内に、俺は意識を飛ばしてしまったようだった。


 目を覚ますと、俺は久遠に抱きしめられて、ソファの上で寝ていた。俺が目を開けたのを見ると、久遠が俺の後頭部へ撫でるように触れた。

「目が覚めましたか」
「ああ……あの……」

 俺は何かを言おうとしたのだが、なにを言えば良いのか分からなかった。すると久遠が喉で笑う。

「私達は、正義の味方と悪役の総帥で、それ以外の背景――いいえ、そうなった背景からしても敵対していたわけですが、そろそろ水に流しませんか?」
「え?」
「水にというか……そうですね。私は、非常に自分勝手な人間なので、これ以上、叔父様と敵対するのが嫌なのではっきりさせておきますが、叔父様は私のものになるべきなので、もう悪の組織はやめてください」
「は?」
「私が何を言いたいのか、伝わりましたか?」

 俺には、悪の組織を解散しろという意味にしか思えなかった。

「無理だ」
「――どうして?」
「今、うちに、やっと就職できた悪の組織の下っ端がたくさんいるんだ。解散なんてできない」
「全然伝わっていないことだけわかりました」

 久遠はそう言うとクスクス笑った。

「私が言いたいのは、叔父様が私のものになるべきだということです」
「? 俺がヒーローの手に落ちたら、この組織は壊滅だ」
「いいえ。そういう意味ではなく」
「なら、どういう意味だ?」

 俺が首を傾げると、久遠が優しく笑った。

「どうやら私は、叔父様が好きになってしまったみたいなんです。あの夜、怯えている顔を見たら、守ってあげたくなってしまって」
「……え?」
「だから叔父様は、私のものになって下さい」

 その言葉に狼狽えて起き上がろうとした俺を、強く久遠が抱き寄せた。その腕の感触が力強すぎて、俺は思わずドキリとした。耳が久遠の胸に触れているせいか、心臓の音が聞こえる気がする。

「――そんな、勝手に」
「私は自分勝手なのです。それが私です。慣れて下さい」
「俺に好かれる努力をしろ!」
「私はありのままの自分を好きになって欲しいので」
「久遠、本気で言ってるのか?」
「勿論です」

 そんなやりとりをして――その間も久遠の体温と鼓動を感じている内に、俺は何も言えなくなったのだった。


 数日後。

「はっはっは、愚民ども。今回の【異邦神】は――」

 アイスとユウトが恋愛事情で多忙につき、俺は珍しく民衆の前に出ていた。そして、正義の味方が出るまでもなく、悪役の自分達がうっかり敵を倒してしまったと言おうとした。

「聞き捨てなりませんね」

 声がかかったのはその時だった。顔を上げると、そこには久遠がいた。この新東京府新宿区でナンバー1の正義の味方――≪オズ≫の≪能無しカカシ≫として、俺の目の前に立ったのである。

「なんだ? 事実だろう?」
「――危なかったではありませんか」
「え?」
「今後は私が必ず倒すので、出てこないで下さい」
「は?」
「心配なんです」
「何言ってるんだ久遠! ちょっと来い!」

 俺は周囲の視線が恥ずかしくなって、久遠を呼び寄せた。そして人目につかない角まで引っ張っていき、グイと顔を近づけた。

「俺はお前に心配される歳じゃない!」
「年齢の問題ではありません。頭のデキの問題です」
「どういう意味だ!?」
「そのままです」

 久遠はそう言うと、俺を抱きしめた。俺はその温度にびくりとする。

「あんまり心配をかけないで下さい。今日のお仕事はもう終わりですよね? 帰りましょう」
「な……」

 そのまま、腕をひかれる形で、俺は久遠と共に――俺の実家であり、現在は久遠が当主を務める一橋家へと連れて行かれた。ロキもここで暮らしている。一橋財閥は、正義の味方システムが創立された頃合から、この国の要にある家柄だ。

「私の部屋へ」

 しかし久しぶりの帰宅にも関わらず、執事に挨拶する暇すらなく、俺は久遠の私室へと連行された。そして入ると同時に鍵を閉めた久遠に、後ろから抱きしめられた。

「なんでこんなに好きになってしまったんでしょうね」
「は、離せ!」
「嫌ですか?」
「そうじゃないけど、だって……なんていうか……こういうのは、恋人としろ! 恋人同士がすることだろう!?」

 俺が言うと、久遠が息を呑んだ。

「伝わっていないんですか? 私が叔父様を好きで、恋人関係になりたいという事が」
「え!?」
「……そういう事です。私は恋人だと思うので、もう思っているので、やめる気はないです。離しません」

 その声に、俺は思わず赤面してしまった。そんな俺のシャツのボタンを緩めていき、久遠が肌に触れる。胸元に、ひんやりとした指先の感触がした。

「あ」
「もっと声を聞かせてください」
「んン」

 そのままなし崩しにされるように、俺は押し倒され、床の上に膝をついた。

「ああああ!」

 そして猫のような姿勢で、後ろから久遠を受け入れる。圧倒的な質量を持つ熱が、俺の体を貫いていく。快楽から涙をこぼした俺は、何も考えられなくなっていく。

「ん、あああああ!」

 何度も激しく打ち付けられ、俺はすぐに理性を飛ばした。皮膚と皮膚がぶつかる乾いた音がするかと思えば、久遠が放ったものが立てる粘着質な水音も響く。俺も何度も放ったから、絨毯が白く濡れていた。

「あ、ああっ」

 意地悪く動く久遠の熱に翻弄され、俺の体は限界まで昂められた。その後も何度も果てさせられ、俺はぐったりと絨毯に体を預ける。するとその背中に、久遠が体重をかけ、より深く貫いた。

「うあああ、あ、あ、待って、あ、あああ!」
「可愛い」
「やめろ、あ、あ、あああっ」

 俺は決して可愛いなどと言われる年齢でも外見でもない。恥ずかしくなって、キッとにらもうとしたのに、俺の瞳からは涙しか出てこないし、声からは嬌声ばかりが溢れる。

「あ、あ、ああああ!」

 そのまま激しく抽挿され、俺は果てた。同時に、内部に飛び散る久遠の飛沫も感じたのだった。俺は放つと同時に、意識もまた手放した。

 目が覚めると、俺は久遠のベッドで横になっていた。
 傍らには、寝そべっている久遠がいた。

「叔父様、おはようございます」
「うん……お前な、俺を襲いすぎだ」
「嫌でしたか?」

 そう聞かれて、俺は頬が熱くなってきてしまった。実は、嫌ではなかったからだ。たとえばそれは、顔がかつて好きだった相手に似ているからなどではない。俺は、久遠の体温が好きらしいのだ。そばにいると、無性に落ち着く。大嫌いだったはずだから、不思議でならないのだが。

「久遠は、俺を嫌いだったんじゃないのか?」
「そのはずだったのですが、叔父様は存在が犯罪です」
「は?」
「可愛いは正義とはよく言ったものですが、悪の組織の総帥には不向きですね」

 そう言って楽しげに久遠が笑った。俺は髪をかきながら、唇を尖らせる。

「お前だって、みんなの正義の味方は不向きだろう」
「なぜです?」
「――俺だけの正義の味方でいるべきだな。俺が欲しいのなら」

 冗談めかして俺が言うと、久遠が虚を突かれたような顔をした。それから俺達は顔を見合わせて笑い合う。

 こうして、正義の味方と悪の組織の総帥というある種のライバル関係に有り、それら以外でも険悪な仲だった俺達の間には――恋が生まれてしまった。

 ただ、俺は思う。好きになれて、良かった、と。
 これといった契機があったわけではないから――これは、運命なのかもしれない。
 とりあえず、現在俺は、幸せである。

 なので、俺は本日も高笑いをする。阻止する声を待ちながら。

「はっはっは、ひれ伏せ愚民ども!」
「やりすぎで痛いです、叔父様」

 ……久遠は時に辛辣であるが、それでも愛おしいことに変わりはない。
 このようにして――世界は平和に続いていくのであった。


【完】