【9】そんなわけがないだろう!



『――全員アウトだ。マインドクラックにより俺と英刻院閣下以外全滅! 特に榎波と高砂と時東はダメすぎる! 俺が三人もいるはずがないだろう!』

 その時響いたゼクスの声に、全員がハッとした。嫌な汗が浮かんで来て、瞬きをした次の瞬間には、全員、使徒オーウェン礼拝堂の玉座前にいた。

「マインドクラック解除者、ゼクス=ゼスペリア。闇猫」

 今度ははっきりと目の前から響いた声に、目を覚ました人々は引きつった笑みを浮かべた。今回のマインドクラックは、ゼクスが存在せず三名になっていたと言うものだが……闇猫兼黒色兼猟犬兼黒咲兼僧侶のゼクスは一人である。

 それが闇猫隊長のゼクスである。
 そして、確かにもう一人ゼクスは存在する。
 それは、最下層ゼスペリア教会の筆頭牧師である。
 闇猫隊長は、素性を隠すため、その教会の筆頭牧師であるゼクス=ゼスペリアと同じ名前を名乗っている。外見も瓜二つだが、別人である。

 二人の違いは、こうだ。
 まず、牧師の方は、弱くて無力で貧乏であまり頭が良くなく病弱な点だ。
 闇猫隊長の方は、強くてなんでも出来て資産具合は不明だが頭も良く、病気だとは聞かない。

 同じ顔でもここまで違うのかと言うほど違う。

 足手まといと、いないと困るリーダーという感じであり、こう言った黙示録風災害の場においては、基本的に闇猫隊長しか姿を表すことはない。

「なぜ私だけヤる前にマインドクラックを解いた?」
「榎波はマインドクラックだと気づいて遊んでいたからだ」

 不機嫌そうな榎波と無表情の闇猫隊長が睨み合う。
 気だるそうなこの表情も隊長のものだ。
 牧師のゼクスはそれなりに表情豊かである。

「今日はもう解散だ」

 こうしてその場はお開きになった。


 どんよりした気分で、高砂と時東は最下層へと向かって歩く。
 二人とも腕を組んでいた。

「なぁ高砂。お前、どっちのゼクスが好きなんだ?」
「……時東は?」
「……闇猫隊長」
「……俺、牧師の方」
「「……」」

 沈黙が流れた。とりあえずお互いに敵ではない。が……

「今もマインドクラック状態で、実は一人だったらどうする?」
「それ。本当にそれ。俺、すごく怖いんだけど」

 二人は顔を見合わせた。とりあえず二人で、ゼスペリア教会に行ってみることにした。


「あ、高砂と時東、今日は早いんだな」

 出迎えてくれたゼクスは、穏やかに微笑している。
 ホッとする笑顔だった。

「ねぇゼクス」
「なんだ、高砂」
「ゼクスは、闇猫隊長って知ってる?」

 高砂の言葉に、ゼクスが首を傾げた。

「わからない」
「おいゼクス。お前、自分と同じ顔のやつに会ったことはあるか?」
「時東、それは、ドッペルゲンガーというそうだ。見たら死ぬらしい……」
「「……」」
「俺は見たことがない」

 いつもの通りのゼクスだった。なんとなく二人はホッとした。



 このように、彼らにとってマインドクラック災害は、日常茶飯事だった。