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「ねぇちょっと時東」
数日後、医療院の時東の研究室に、高砂が顔を出した。
「ん? なんだ?」
「進行中の重大任務の件なんだけど」
「ああ、もうベッドの準備は終わっている」
「……?」
若干頬を染めながらキラキラした笑顔で語る時東を見て、怪訝そうな眼差しで高砂が首を傾げた。
「あのさ、それ、何?」
「愛の営みだ」
「……ゼクス様と?」
「他に誰がいるって言うんだ? あ、言っちゃった……! わ、忘れてくれ」
「言っちゃったじゃないよ、何言ってるの? 頭がおかしくなったの? 正直ひいた」
「やめろ、やめてくれ!」
高砂は気が抜けて、大きく息を吐いた。
非常に少ない確率だが、本当に大事件が起こっている可能性も考えていたのだ。
「紛らわしいんだよ、本当」
「? どう言う意味だ?」
「別に」
「まさかお前……」
「断じて違うから」
「まだ何も言ってないだろう」
「じゃあ言ってみて」
「俺がお前を好きでお前と愛の営みを行いたいと勘違いしていたのか?」
「断じて、断じて、断じて違うから」
「お、おう……じゃあ何が紛らわしいんだ?」
「だから別に。それよりさ、ゼクス様派が必死に各地で魔物討伐をしているのは、どう思う? 今まで面倒だから、俺たちが見て見ぬ振りをしてきた敵」
「頑張り屋だよな。俺はそう言うところも……」
「……絶対黙示録の敵だと思って、時東の手伝い的な感じで倒してると俺は思う」
「え!? 俺のために……!?」
「時東ってさ、本当に前向きだよね」
高砂は、一応現状を伝えたし、惚気を聞きたいとは思わなかったから、そのまま帰った。
残された時東は、煙草を吸いながら、ゼクスを思うとうるさくなる鼓動を必死に抑えた。
――ゼクスが、俺のために、働いている?
そう思うと、心臓がうるさいのだ。これは……両思いに違いないと、時東は半ば確信した。
その頃ゼクスは、魔物を一撃で数億体淡々と倒しながら、ひたすら時東のことを考えていた。こちらも断じて、恋ではない。だが、ゼクスにとっては意味不明の時東の言動を、彼は深読みし、きっと何か深い意味があるのだろうと考えて、頭を悩ませていたのだ。その結果、寝ても覚めても時東のことしか考えられなくなった。ずっと考えている。顔を思い出すと……苛立った。そのイライラした様子のゼクスを見て、部下の黒色が声をかけた。
「どうかなさいましたか?」
「ロードクロサイト議長のことを考えていた」
周囲が少しざわついた。何せはたから見れば、ゼクスがいきなり忙しい合間を縫って時東の手伝いを始めたように見えたのだ。しかし理由は不明だった。結果……まことしやかに、それこそ黙示録進行中と同じくらいの信憑性を持って、「ゼクス様はロードクロサイト議長に惚れている」という噂が流れ始めていたのである。
「何をしていても、彼の顔がちらついて、集中できないんだ。何も手につかない」
「「「「「!!!!!」」」」」
「一体、あいつは俺のことをどう思っているんだろうな」
信頼されていないのは分かる、と、内心でゼクスは続けた。あくまでも仕事的観点である。だが、周囲の受け止め方は違った。ゼクスが片思いをしていると勘違いしたのだ。
「き、きっとロードクロサイト議長もゼクス様の事を気に入っていらっしゃいます!」
「そ、そうですよ! その、恋人はいないそうです!」
「た、確かに、ロードクロサイト議長の顔は目を惹くものが……!! さ、さすがはゼクス様! お目が高い!」
周囲は必死にそう言った。だが、時東のことで頭がいっぱいのゼクスは、幸か不幸か聞いていなかった。
さて、ゼクスが時東に片思いをしているという噂は、翌日にはギルド全員が知り、事実として受け止めていた。その中の一人には、ギルド総長であるゼクスとレクスの父、クライス=ハーヴェストが含まれていた。息子の恋愛話に、彼はニヤニヤしていた。
「父親としては、息子の恋を応援しないとな」
一人彼は呟いた。吹き出すのをこらえている姿に、周囲の直属の部下たちはなんとも言えない気持ちになる。応援ではなく邪魔の間違いではないかと思ったものも多かったが、面白そうなので、誰も何も言わなかった。