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ゼクス――と言うのは、ひっそりと伝説のキャラの名前だ。
現在の伝説であり、ゲームを続けているゼストやルシフェリアのさらの前の伝説である。今は、古参と、まとめブログなどを読んだ人しか知らない名前だ。
全てをカンスト。ゼストと同じPSY円環。これは、なんと、あのゼストが憧れて真似したからである。さらに、ルシフェリアと同じロードクロサイト色相。
これはフレだったため、二人で『全色』を選択したからだ。それが最強だと開始前に話し合ったという。実際それは適切だが、難易度が高く、初めて調整に成功したのはゼクスであり、ルシフェリアは教わったという。左側がそれであり、右側は、鴉羽色相だ。これは濃度調整で白から黒だが、この調整に初めて成功したのもゼクスで、ゼクスの武器碑銘が『鴉羽』だったため、こう呼ばれるようになったと言われている。
クラウと、鴉羽卿の異名を取る、現在の鴉羽色相代表の伝説の、さらに上だ。ゼスペリアの教会という、伝説の、ヨゼフ&アイリスを攻略開放した伝説のギルドのギルドマスターであり、そこはあのゼストとルシフェリアがサブマス、イリスやクラウ、あのヴェスゼストとハルベルト、双子の義兄弟までいたらしい。
さらに、生産も全てカンストであり、難攻不落のアイゼンバルドも、それぞれギルマスになった各メンバーを手伝い、ゼクス無しでは攻略不可能だったとされる。鴉羽武器は、今でも最高値であり、所持できる99兆円を貯めてでも欲しい人がいるそうだ。
しかし、引退してしまったようだ。これが、周囲の認識であるし、本当にいたのかも定かではない。鴉羽武器は、幻だ。だが、ゼストは使っている。今でも。そのレベルが360であるから、それが可能になったのは、七年前だから10レベル上げる時間を最短1年としても、引退したと思われていた6年前はいただろうという計算となる。ゼクスは、幻の生産クラン桃花源のマスターでもあり、そこには、ルシフェリアとイリスがいるらしい。イリスもまた、ゼクス同様、存在するのか伝説だけなのか。
という、ゼクス、これが、俺のメインである。メインというか、始めたのはこれだ。当時、十一歳で限定テストに当選して開始した。そして十二歳で、このゲーム、クラウンズ・ゲートが正式公開。そこから、二十歳までやった。さらにレベルキャップ開放で360レベルまで上げられるようになったので、キャラ、職10全部、生産全部を360レベルにした。三年かかった。二十三歳でクリアした。
ひきこもりの廃人かつ、VRがまだ一般家庭に普及する前からやっていた。キャラと職1つのみなら360、生産2つくらいならば、360は、珍しくない。だが、全部カンストしたのは、俺だけだろう。なにせ、限定からやっているフレも、誰ひとりいない。最多で、暗殺者・聖職者・魔術師・僧侶・死霊術師の5つをカンストしたフレしかいなくて、その人物が、伝説のゼストとして評判で、この人物以上はいないだろうと噂されている。生産も、料理・薬剤・装飾具・体装備を極めた橘が一番とされているが、俺は武器・建築・スキル書もカンストだ。一個ずつならば持っている人もいるだろうが。
二十三歳、開始から十二年でこれだった。公式としては十一周年。さらに、課金しなければ、360レベルなんて、キャラでも無理だという批判から、レベルキャップの開放はもう無いと公式が宣言した。ちなみに、キャラと職1以外は、課金しても上がらないし、職分散で上げていれば、職1だけの360も無理だ。生産も課金は無理だ。俺も課金もしたけれども。後は、「テストからやってるから」とか「長くやってるから」と言われた。廃人(笑)もあっただろうな。兎に角、俺は萎えた。
なので、新大陸ヨハネス開放とサブキャラ作成可能に合わせて、俺は引退したとして、サブキャラをやり始めた。課金も駆使したが、暗殺者・聖職者・僧侶とキャラをカンスト。二年半で達成した。同時に、ヨハネスも、攻略して、開放してしまった。アンチノワールというギルドで、ギルマス。
時東、高砂、榎波、橘の四名がメンバーで、彼らとみんなで伝説となった。その後、メインでアイゼンバルドを攻略していた頃に解放されて、その後ヨハネスをやったので、まだやっていなかった、初めての俺以外の攻略大陸のユレイズに出かけた。生産技能はサブも共通だったため、アンチノワール武器も新しい伝説となって、鴉羽武器が一個もなかった、ユレイズとヨハネスという新しい風の二大陸にチラホラ流したが、こちらも高額になった。
既に攻略されていたからボスを倒すのみでよくて、ボス前まで課金アイテムで行けたから、半年で終了した。俺のレベルだから半年で行けたのである。通常は無理だろうな。こうして三年、アンチノワールも三年近くやった。俺は二十六歳。開始から十五年、公式では十四年。その年、母親が亡くなった。父親は、最初からいなかった。俺は無職のひきこもりの学歴無し。ニートですねをかじっていた。その年十六歳となる、高校に入ったばかりの弟と二人きりの、それ以外は天涯孤独になってしまった。
働かないとダメだ。俺は、ゲームを引退した。リアル都合だ。
弟とは、六年以上話していなかった。部屋に引きこもっていたから、母親の事故死の知らせまで、顔も合わせなかった。六年ぶりに俺の部屋に来た弟に、VR接続を強制ログアウトされて、話を聞いて、病院に向かったのである。
弟は、終始無表情で、淡々としていた。俺の方が動揺していた。そのまま、俺達到着後三十分で、母親は手術の甲斐無く死亡した。葬儀代も無く、二人で密葬して、お墓も無いし、仏壇も無いから、棚の上に遺骨を置いた。その日、弟が高校を辞めるといったから、ちょっと待ってくれといって、俺がゲームを辞めたのである。一年分は、学費を収めてあるし、とりあえず行けと話した。学用品も購入済みだったのが幸いだ。
直後、母親のパート先から、母が入っていた保険のお金の手続き書がきて、50万円もらえるとわかり、定期積立で総額300万円があるのもわかった。これで、一年は暮らせるから、弟には学校に行けと話した。その間に、仕事を探すからと。弟は、「見つかるのか?」と率直に言ってきたが、俺は、頑張ると答えた。
とりあえず、髪を切ったり、見た目を整えた。自分でだ。美容院だとか行けない。もう何年も外に出ていないし、服も無い。けど、Tシャツとジーパンがあったので、それを着てスーツを買いに行った。リクルートスーツだ。一番安いのであるが、全部で六千円もした。ネクタイと鞄と靴は別売りだったから、合計一万円だ。泣いた。
ただ、着替えただけで、なんか俺は、会社員風になった。そして履歴書を買った。それを持ち、ハローワークに向かった。運転免許とばっかり書いてある。持ってない……。次に、VR資格者とあるが、俺はVR中毒だが、資格は無い。なぜなのか、自宅にあったのだ。物心ついた頃から。俺は、母さんはやらなかったから、父か、それ以外の家族のものだろうと思っていた。
それにより、クラウンズ・ゲートが、一般家庭に普及前からやれたのである。それはそうと、生活できるならバイトでも良いのだが、それすらめぼしいのがない。学費の事も考えると、なるべくきちんとした収入が良いのだが、それ以前の生活費の段階の問題だったのだ。ため息をつきつつ、次々と見ていった。そうしたら、『クラウンズ・ゲート』が、あった。採用だとか関係なしに驚いて眺めた。
学歴・職歴不問。仕事内容、ゲーム運営。
月収30万円から。
資格不要。
要)クラウンズ・ゲート経験。自宅VRシステム。
そこまで眺めて、俺、首を傾げた。これ、事実だろうか?
聞いてもらおうと、相談窓口に、その紙の番号を持っていった。
すると「お兄さん、ここ、超ブラックだから、やめたら?」と言われた。
だが俺は、履歴書が真っ白である事(小中も行ってない)と、母の訃報を伝えた。
弟もいると伝えた。なるほど、と、頷かれて、連絡をとってもらえた。
翌日朝、本社で面接となった。隣町だった。近かったのである。
意外とこう、オシャレなオフィスで、みんな私服で、逆にスーツの俺が珍しい。
来たのは渋いおじさんだった。
「こんにちは」
「こんにちは……」
「――うちねぇ、ゲーマーは募集してないから、ひき廃が欲しいわけではないんだよね」
「っ」
「って、履歴書を昨日送ってもらって言おうと思ってたんだけど、外見からして、ライトユーザー? うちね、それも募集してないんだよね。お兄さんさ、モデル事務所とかに行った方が良くない?」
「え?」
「外見だけなら、リア共有でやってもらうから、パーフェクトなんだけどねぇ。一応、キャラ名とレベル、聞かせて」
「あ、はい。メインがゼクスで、レベル360です。サブが黒曜宮で、レベル360です」
「「「「「「ぶは」」」」」
瞬間、面接者とフロア中が吹き出した。俺、ビクッとした。え?
「え、あの、嘘? 本当に? 真面目に? え!?」
「え、ええ? あの?」
「ゼスペリアの教会のギルマス? 桃花源の鴉羽? アンチノワールの黒曜宮? スキル書カンストの黒曜宮? っていうか、メインで生産も職もカンスト? あの? あのゼクス……? 猫?」
「そ、そうですが……なぜご存知なんですか?」
「そりゃあ、俺ら運営だからね。有名なキャラは知ってるよ?」
「廃人……ひき廃……確定でバレたので、俺帰ります。有難うございました」
「「「「「待って!」」」」」
「?」
「俺達が欲しかったのは、まさに『伝説』なんだ!」
「え?」
「ゼストとかとフレでしょ?」
「……けど、俺、連絡とってないです」
「――アンチノワールは?」
「就職するからとして、引退してきました……」
「キャラは両方残ってるよね?」
「はい」
「こうしよう。『新人運営(元ひき廃)が、諸事情で就職することになり、無課金でレベルをやれる所まで上げるので、応援お願いします』として、リア共有で、レベルを上げてくれるかな?」
「へ?」
「ステータス全開示でやってもらう。生産もゼロ。ただし『三キャラ目枠を運営として貰っています』として良し。倉庫と家は、自分ので良いし、映さない。フレリスは、三つ目も切り分けで、登録自由だけど、特別枠に運営キャラは全員入ってる。場所は、ゼクス&黒曜宮は全部行けるでしょ? だから『場所はメイン&サブでクリアしてます』とアナウンスする。これだけでもう、伝説の誰かは確定だから、みんなワクワクするだろう。装備は鴉羽とアンチノワール使っていいから。他でも良いし。お金はデフォルトからスタート。鞄も空。ただし拡張状態でプレゼントするし、倉庫からの補填は自由」
「……」
「ぶっ続け歓迎だから、年俸制で、先に一年分、360万円と、ボーナス20万二回で400万円、やってくれるなら払うよ。大変みたいだしね」
「!!!!!!! やります!!!!!」
「うん。在宅で良いから。代わりに、毎朝十時、他の運営と一緒に、毎日どこかの街で挨拶イベント。寝落ち時は、その後寝て良い」
「が、頑張ります」
「たまに応援&公式撮影で運営も行く。最初も行く。早速、午後、どう?」
「やります!!!!!!」
「じゃあ、家に帰って、VRに接続して、このコード入れて。運営ログインコードが出るから、そこで3キャラ目を作ってきて。その時に、銀行コードのリア同一版を入れて、こちらの400万円確認後で良いよ。確定申告とかはこちらでやるし、社保とかないけど、税金抜いて400万円あげるから。頑張りを見て、その後、つまり、来年の4月からどうするか考えよう。今ちょうど4月の20日だから、ちょうど一年だしね。場合によっては、正社員、考えるから」
「頑張ります!!!!! 正社員じゃなくても良いので、なんとか三年お願いします……」
「ああ、弟さんか。まぁゼクスの頑張り次第だけどね」
「有難うございます!」
こうして、俺は信じられない気持ちだったが帰宅して、レクス宛の置き手紙に『VRの仕事が決まったが、朝十時のVR出社以外も在宅VR接続だそうで、一年分の年俸400万円を先払いでもらったから、しばらくログインする。ごはんをたべろ。それと口座も確認しろ』と書いておいた。そして、ログイン時に言われた通りにしたら、すぐに400万円が振り込まれて、涙しながら、運営としてログインした。