【1】




 時東とゼクスは、仲が悪い。黒色の実質リーダーであるロードクロサイト議長と、闇猫としてしか活動していないハーヴェストのゼクス。黒色VS闇猫の構図が出来てしまっている。というか、黒色VS闇猫&万象院&黒咲&猟犬と言っても良い。ガチ勢のみ、昔から知るゼスペリア教会の牧師であるゼクスと、慈善救済診療所でお世話になっている時東医師の戦いに中立的だが、彼らはただ面白がるだけである。しかも黒色内部にもゼクス派がいる。というかレクスがそうだ。ロードクロサイト議長派はユクス猊下と高砂がそうであるが、高砂は全組織に所属していて、そこでゼクスの右腕でもある。時東の右腕でもあるが。よって高砂も二人の戦いにはノータッチで、ガチ勢と共に万象院役に徹していることが多い。この場合だと、VSから万象院は抜ける。

 何故時東とゼクスの仲が悪いのか。
 それは、元々黒色と闇猫の仲が悪かったというのもあるし、ロードクロサイト議長派とハーヴェスト派の仲が悪いというのもあるのかもしれない。実力が拮抗しているというのもあるのかもしれない。

 榎波とゼクスも仲は良くない。しかし彼らのような戯れの殺し合いごっこではなく、時東とゼクスは冷ややかだ。そして一度火がつくと、温厚なこの二人が、と見るものが驚く程の口舌戦となる。それには高砂でさえ止まる。ゼクス派であるレクスまでちょっと焦るし、ユクス猊下も挙動不審になるほどだ。クライス・ハーヴェストや前総長のザフィスまで冷や汗を流す。

 力を合わせれば、この二人が最強なのは、言うまでもない。さらに高砂が加われば全方向でパーフェクトだ。しかし、仲が悪い。

 そんなある日、王宮にて。レクスがふと思いついて聞いた。

「兄上は、ロードクロサイト議長がどうして嫌いなんだ?」

 遠くで聞いていた時東は、白衣のポケットに手を突っ込んで顔を引きつらせた。余計なことを聞いたなと、高砂はレクスを半眼で見てしまう。レクスとしては、別に時東達に聞こえても構わないと思っているようだった。さて――生体兵器討伐から帰還した直後に聞かれたゼクスは、自分で飲み物を出現させながらレクスを見た。

「レクス、俺今、疲れてるんだけど……」
「そうか。気が利かなくて悪かった。座ってくれ」

 違う、そういうことではない! と、みんな思ったし、レクスも分かっていたが、レクスは話したくなさそうなゼクスを解放する気はなさそうだった。さらに周囲も、実はひっそりと気になっていたのである。ロードクロサイト議長以外には、ゼクスは温厚だ。それは時東もそうであるが、時東は無能な医師にも冷たいので、ちょっと別だ。しかしゼクスは有能なので、不思議といえば不思議だ。

「……俺がというより、奴が俺を嫌いなんだ」
「そうなのか? では兄上は好きなのか?」
「……」
「だとして、嫌われるようなきっかけはあったのか?」

 レクスの言葉に、ゼクスがフードをとり、タバコを銜えた。そしてちらっと時東を見て、目を細めてから、再びレクスを見た。

「あいつはな、頭がおかしいんだ」
「どういう事だ?」
「――あいつはな、俺がゼスペリア十九世猊下だと勘違いしているんだ」

 その言葉に、何人かが息を飲んだ。それはゼクスは否定するが、多くが半ば確信している事でもある。

「……それだけか?」

 レクスが聞いた。ならば、ゼクスが悪い可能性もある。素直にレクスはそう考えていた。するとゼクスが首を振った。

「いいや。さらにあいつはな、俺が特異型PSY-Other過剰症の単体青異常だというんだ。そんなのは、ゼスト家以外に生まれない。確かに俺はゼスペリアの青があるけどな――それは、何かの偶然だ。俺は孤児だから、何かどこかで、そういう血も入ったことがあるんだろう」
「ほう。で?」

 これに関しては、実はゼクス本人が信じないだけで、ザフィスからではあったが、既に多くは聞いていた。

「それでな、アルト猊下と同じ点滴を毎日しないと死ぬという。俺は生きているし、そんな点滴が手に入るわけがないだろう? 最下層で」
「……ほう」
「あいつはヤブ医者だ」

 ここまで聞く限り、悪いのはゼクスである。一同、少しだけ時東に同情した。時東はといえば、無表情で不機嫌そうに自動販売機の前に立っている。そこに喫煙所があるからだ。

「点滴をしていたら、俺は外に出られなくなる。そうしたら、一体誰が生体兵器を討伐すると思う?」
「兄上以外だ」
「そ、そうだ――そこで、時東に俺は聞いた。お前がやってくれるのかと。そうしたらあいつ、自分は俺の点滴を造らないとならないから、無理だという。高砂にやらせておけと言い切った。これ以上働かせたら、高砂が先に死んでしまうだろう。あいつ、全部の組織の仕事をしてるし」
「なるほど。兄上の優しさは分かったが……兄上が全部元々やらせているように俺は思う」
「……それはそれとして。俺は提案した。なら、俺は自作するし、ザフィス神父もいるから、代わりに時東にやってほしいと」
「名案だな」
「だろ? そうしたらあいつ、危ないから嫌だと言うんだ。しかも俺がいないんじゃ数が増えるから、自分が過労死するという。けど俺には点滴をしろという。つまり、どういうことかと聞いたら、点滴をしながら働けと言ってきた」
「……なるほど。少しだけ、ロードクロサイト議長の悪い点も見えたが、ここまで九割は兄上が悪いと俺は思う」
「え」
「だがここまで、兄上があまり良く思っていない点は分かったが、あちらが兄上を嫌いだという根拠は?」
「死ぬ死ぬ脅しながら働けとか言うんだぞ? 俺を嫌いだと俺は思う」
「……脅しではなく、全て事実に聞こえるが? 治療はすべきだ。だが、兄上がいないと討伐は困る」
「……けどあいつ、俺にだけ冷たいし毒舌だ。見ていて分かるだろう?」
「ああ。俺はその理由が知りたかった。そして、兄上もまた、ロードクロサイト議長にのみそういう態度だ。その理由が知りたいんだ。冷たくされているから、冷たくしているのか?」
「い、いや……」

 ゼクスが口ごもった。レクスが首を傾げる。

「レ、レクスには言えない。まだ早い」
「――は?」
「とにかく時東は頭がおかしいんだ」

 ゼクスはそう言うと立ち上がった。そして休むと言って、迎賓館へと言ってしまった。一同は――時東へと視線を向ける。すると時東がタバコを吸い込んだ。

「――ロードクロサイト議長、あ、あの」

 勇気を出して聞くことにしたのは、ユクス猊下だ。高砂は、余計なことをと改めて考えていた。だが、誰かが聴いただろうと思ったので見ていた。

「ゼクス隊長の事がお嫌いなんですか?」

 ユクスは率直だった。さて時東であるが――目を閉じて、首を傾げた。

「今お前達も聞いていただろうが、俺ほどゼクスを心配している人間が他にいるか?」

 誰も何も言えない。その通りだ。

「第一頭がおかしいのは、あいつだ」

 それもここまでの会話だと納得可能だ。

「俺はゼクスに、俺が討伐に行くから、点滴を自作しろと提案したことがある。が、あいつは、危ないから自分で行くといいはった。先程の話とは逆だ」
「そうなんですか」
「そうだ。俺としては討伐中にアイツが死んで全滅する方が危険だと何度も説明した。だがあいつは、聞いていなかった」

 しかしこれには、首をひねったものがいた。ゼクスが嘘をつくとも思えない。
 結果――視線が高砂に集まった。溜息混じりに高砂がいう。

「そこはね、二人の『危ない』が別なんだ。ゼクスは、『時東が危ない』と言っていて、時東は『みんなが危ない』と言ってるんだよね。それで俺が時東にそれを解説して、時東が自分が危なくない策を提案した結果、俺にやれという話になったんだよ」

 何となくみんな納得できたような、できないようなだった。

「何故兄上は、ロードクロサイト議長が危ないと言ったんだ?」

 そこへレクスがやってきて訪ねた。すると高砂もまたタバコを銜えた。

「――レクス様を守る人がいなくなるからだそうだよ」

 全員が納得した。レクスのみ、顔が引きつった。

「とすると、兄上が全面的に悪いのか」

 レクスが片目を細めて口にした。すると……意外なことに、時東が顔を逸らし、高砂は目を伏せた。空気的に、そうではなさそうだ。

「? 何か知っているなら、話してくれ」
「時東、話してあげたら」
「……――昔、その」

 そこまで言って、時東が……ローブを出現させて顔を隠してしまった。高砂が吹き出した。するとガチ勢がニヤニヤしだした。この気配に、周囲が首を傾げる。

「ええとね、俺から話すと、ゼクスと時東はね――」
「高砂、黙れ」
「――付き合ってるんだよね」
「「「「「!?」」」」

 知らなかった人々がポカーンとなり、時東の制止は間に合わなかった。

「多分」
「多分というのは、どういう事だ?」
「うん。あのね、ゼクスが牧師で時東が医者として出会って、付き合った。ガチ勢とかニヤニヤしながら見てたんだけど、お互いが各所の隊長だって分かって、かつゼクスが病気治療しなくて、キレた時東が、『レクスと俺のどっちが大切なんだ』『高砂と俺のどっちが大切なんだ』と……くっ……それでさ、ゼクスが『レクスと高砂に決まってるだろう!』となって、二人は破局したかに見えたんだけど……ぶは……まだ付き合ってる。時東がいつも未練タラタラで謝って仲直り」
「それを聴くとロードクロサイト議長がなおさら不憫な常識人に思えるが」