1
ハーヴェスト家に激震が走ったのは、十月の頭のことだった。
「隠し子……?」
「うん……――という事になるんだろうね、私も先週知ったんだけど」
父、クライスの強ばった笑みに、レクスは腕を組んだ。ハーヴェスト家は、国際的な大企業の創業家の一族で、祖父が現在のグループ会長、父は本社の代表取締役である。レクスも既にいくつもの会社を、中学生ながら名義上任せられている。現在、十四歳の中二だ。これまでその、御曹司として、レクスは暮らしてきた。本人も周囲もレクスが跡取りであるという認識である。見目麗しい二人は、家柄も金も何もかもある。ここまで、一昨年にレクスの母が亡くなった以外は、特に不自由もなく過ごしてきた。
「最初から話してくれ。俺に兄がいるというのは、どういう事だ?」
「それがね――先週、手紙が届いたんだ」
「手紙?」
「ああ。結婚前に私が交際していた女性からだった。末期ガンだったそうで、亡くなったらポストに入れるようにと、家族に友人宛の手紙を託していたようでね。私の前からいなくなった時に、共通の友人とも連絡を絶っていて、そちらにも同様に手紙が送付されていた――無論、子供の件は、私への手紙以外には書いていなかったよ」
「いなくなったというのは、どういう事だ?」
「私はフラれたのだと思っていた。別れてくれという手紙を受け取って、それを読んだ日には、もう彼女は高校も退学していた。彼女のご家族もみんな亡くなっていたから、宛もなかった。父上に調べてもらったんだが、当時俺達はドイツにいて、彼女は日系人だったんだけど、日本に入国した所までしか分からなかった。あるいは分かっていたかもしれないが、私はそう聞いていたよ」
「それで?」
「手紙の三日前に中絶したと聞いていた。その一週間前に子供がデキたと聞いていた。私は産んでくれと頼んでいて、本人からは明確な回答は無くて、周囲は――特に私の周囲は堕胎を勧める事に熱心だった。降ろしたと聞いて私は若かったのもあるけれど、彼女に対して激怒した。ただ、結婚はするつもりだったから、彼女がいなくなってしばらく後悔した。辛かったのは、あちらだろうと後で思った。馬鹿な自分を呪った」
「……」
「その後、大学を卒業してから、君のお母さんと出会って結婚したよ。君にお兄さんがいるという以前に、元恋人の行方すら、全く知らなかった――ただ、今回、自分が死ねばその子には血縁者がゼロになるからと、俺側に知らせてくれたそうだ。けど、君のお兄さんには、私の話をしていないという。つまりもう、あちらは天涯孤独だと考えているはずだ。お兄さんは、二十歳。もう自活しているから、援助等は不要みたいだ。これは今回手紙を受け取り、私側でも調べて明らかだ。成人しているから籍に入れるというような話題でもない。ただ――認知は、しようかなとは思っている」
「元恋人への誠意としてならば納得するが、本人の仕事は? 金銭や権利の要求は無いのか? その兄上側から」
「――まさにそれなんだ。俺は、元恋人は信頼していた。けれど息子については、DNA鑑定結果以外には、直接的に信頼できる要素はない。その結果が出たのが朝で、今、レクスに話しているんだ。跡取りは、君だからね」
「俺が兄上側の立場ならば、裁判を起こして、三分の一程度は、会社を貰う。慰謝料としてもな。やり方はいくらでもある」
「レクスにならば可能だろうね。不幸中の幸いは、兄上はレクスでは無い事と、その防衛をするのがレクスであるという点かな」
「兄上が俺本人であるならば、俺が二人となるのだから、ハーヴェストにとっては有益かもしれないがな。潰し合わなければ、確実に仕事ができる人間が増えるだけだ」
「まぁね――資料を見た限り、仕事は『している』と言えるし、才能はあるようだし、経営センスもゼロではなく、元手ゼロからとしては、年齢的にも起業家としては十分かもしれないけどね」
「何をしているんだ?」
「VRのアバターアパレルショップをやってる。小さいブランドだけれど、VR内部デザイナーとしては優秀だろうね。VRデザイナー企業は多数乱立しているから、そちらの収入で生活可能で、母親の医療費を補えたというだけで、お兄さんのブランドは優秀だ。デザインがね、良いんだよ。ただ、ゼロでないだけで、経営センスは私から見ても無い。広告展開などがゼロだ。お店敷地を一箇所確保して、そこに商品を置いてあるだけだ。デザインが良いから口コミで広がって売れたんだと言うしか無いけど、そんなものは偶然に等しい。確かにVRブランドは良質な品が少ないから、良質というだけで目には止まるけれど、国外だったら、それも怪しかっただろうね。日本が発展途上なのも良かったんだろう」
「なるほど。ならば、ハーヴェストが後ろ盾になるとすれば、そことして、本人を丸め込む場合も、そこへの出資で誤魔化すという形か」
「要求された場合の対応としての、一つの望ましい形はそれだね。ただ、母親の事もあったのだろうけれど、ここ二年程は、商品再入荷のみで、実質開店休業に等しいから、これから再起動して新作を発表するのかも分からない」
「他での勤務経験は? 学歴は?」
「VR許可大学で幼少時に、VR学で学位を取得している。日本の義務教育期間のはずだけど、そちらに通学した履歴は無い。俺の元恋人と二人で揃ってVRで大学に行ったようだ。勤務経験も無い。普段は、病院以外は息子の方は外に出ていないね、ここ三年間。三年前に、俺の元恋人の病気が発覚だ。その前は、たまに母親の代わりに買い物に出るだけで、滅多に外に出ていない。母親も週に一度、買い物に出る以外は外出はしていない。母親がVRインテリアブランドで生計を立てていて、息子に店舗敷地を一つ購入してから、息子はそちらを行うようになり、その翌年には母親が病気で自社ブランドを売却しているという経緯だよ。インテリアブランドを手伝っていたとしても、家庭内でとなる」
「……それは、社会経験ゼロのひきこもりで、活動がVRのみという認識で良いのか?」
「私もそう感じた。息子の写真、入手できたのは、葬儀時に来賓客が撮影したものを探偵が手に入れてきたのが1枚のみ。内輪の密葬だったんだけど、近隣住人が出かけていた。母親と親しかったようでね。母親と息子のDNAは、母親の入院していた先での検査サンプルを金で無理矢理手に入れた形だ。それが無ければ、検査も無理だっただろう。三年保管制度が無かったならば、それすらも無理だった」
「VRでは何をしているんだ?」
「接続先断定の結果、ゲームみたいだね。無論、ユーザー。1プレイヤー。作っているとかじゃなく、楽しんでいる側だよ」
「……それは、ひきこもりのVRゲーム廃人といったジャンルの人間が、趣味と実益を兼ねてVRブランドショップはしているものの、他は無職無資格に等しく、今回不幸にも母親の病気で外出する事になった、という認識で良いのか?」
「骨組みを抜き出すとそうなるし、私もそういう感想を抱いた――ただ」
「ただ?」
「うん。贔屓目かもしれないけど、顔がね、元恋人に似ていて、非常に端正なんだ。ブランドのデザインも――黒騎士っていうブランドなんだけれどね、俺も買収候補先の一つとして、以前から知っていた若者向けのブランドだから、てっきり、プロのリアル側デザイナーが試しに出していると思っていた程で驚いているし、感覚的にはVR廃人風ではない」
「黒騎士? 事実か? 俺も知っている。アクセブランドとしての方が有名だろう?」
「そうそう。中学生から大学生くらいに特に人気で、それはアバターの話であり、大体のアバターはその年齢外見に収まっているし、ハーヴェストで後ろ盾というか、黒騎士を欲しがっているVR関連企業はそれなりに多いだろうね」
「父上、すぐに『実は君の父親なんだ』と連絡を取れ。このタイミングならば、他社の誘いに兄は乗りかねないし、黒騎士を売却しかねない。それが何よりも惜しい」
「悲しい事にレクスと同じ意見でね。既にDNA鑑定結果を確認した時点で、黒騎士の経営&デザイナーと知った段階から用意していた『実は父親文章』を、俺は送信したよ。レクスに話してからが良いかとは思ったんだけれどね、いやぁ、息子と聞いて……」
「よくやった。父上は流石だ。それが無ければ、無視していたのか?」
「無視しないとしても、後一年程度は調査をしただろうね。少なくとも、父親だとすぐには名乗らなかった。形態は、半VRメール&チャットの手紙形態で、開封確認をしてすぐに、勢い余った風に、音声電話をかけたよ」
「出たのか? 向こうの返事は?」
「亡くなったと聞いていたから驚いている、失礼だが『身内身内詐欺ではないんですよね? 俺、お金無いです』との事から開始だったよ」
「くっ、ハーヴェストとは書かなかったのか?」
「書いたよ」
「あはは」
「だから逆にかなと思ったんだけど、俺が言うまで気づいてなくて、言った後も、明らかに『大企業と同じ名前だ』という認識だけのようだったね。多分、一致していないよ」
「やりやすいが、豹変が怖いタイプではあるな」
「まぁねぇ。俺は、その後、黒騎士だとかには触れずに、元恋人の話をしていて、最初は聞いたんだけど、相手は寡黙でね、気づくと俺が話していた。会話に難があるという程ではないが、押しには弱そうで、俺が会いたいと希望して待ち合わせを取り付けたら、断れずに同意してくれたよ」
「そうか」
「終始、『家族がいて嬉しいが、気にしてくれなくて大丈夫だ』『迷惑はかけないし、一応成人しているから、一人でも暮らせるだろう』『逆にこんなに目をかけてくれて感謝しています』という流れで、焦っていたよ。素朴というか、私から見ると、完全に詐欺に騙されるタイプのお人好しだった。弟がいると話したら『本当ですか!?』と嬉しそうになり、そこだけ声のトーンが明るくなった。続いて、一緒に会いにいくと話したら、ど緊張していた。あの声と間が作ったものならば、声優が天職だろうね。淡々としているが喜ぶと声に出るのと、緊張感はずっと漂っていた。飄々としているのかと最初は思っていたが、あれはただの緊張だったんだとすぐに分かったよ」
「良い子の弟フェイスは、相応に期待してくれ。いつ会うんだ?」
「明日の午前中だよ。俺達が、向こうの現地に行く。北国の山奥だけれど、日本国内にいるわけだから、すぐに到着する。一応、今夜の新幹線で、最寄りのホテルに行ってしまおうとは考えているけど、どうだい?」
「ああ、分かった。ちなみに――参考までに、何のゲームか聞かせてくれ」
「クラウンズ・ゲートみたいだね。ほら、国内産初のVRMMORPGという」
「へぇ」
「じゃあ、八時に家を出よう。最終に乗る」
「ああ」
こうしてクライスが出て行った。レクスは、自分もクラウンズ・ゲートをやっているので、そこに少し興味を持った。また、個人的に黒騎士も好きだった。レクス個人も買収を検討した事があって、それで知っていたし、同年代の友人にも熱心なファンがいる。そこからは、取り急ぎ、黒騎士情報を眺めた。一人でやっているというのも驚いた。デザイナーが一人だというのは推測していたが、VR化に1名、VRショップ担当に1名の、三名はいるんじゃないかと思っていたからだ。その2方向でも、黒騎士はきちんとしている。VR化に関しては、学部卒と聞いて納得した。滅多に国内にはいない。VRショップに関しても、そういう経緯を考えれば、納得できた。リアルショップ系とネットショップ系のどちらかばかりでVRに向いていない人々がレクスから見ると多いのだが、VRで開始なので、黒騎士は逆に他の経験が無いからバランスが取れているのだろう。広告展開などは、逆に弱いのと、展開する金もないのだろうなとふと思った。完全に仕事目線であり、家族に対する緊張などはない。隙を見せれば蹴落とされる世界で生きてきたからだ。血縁者であっても、必ずしも信用できない。