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さて、新幹線に乗り、ホテル入りして、翌朝五時に車に乗り、十時少し前に待ち合わせをしている街についた。本当にド田舎である。さらにここから、三十分した場所に兄宅はあるそうだった。待ち合わせは、十時半である。車の中では、お互いが普段の仕事をしていて、到着と同時に終わらせて、そこからは黒騎士の話をしていた時だった。
「……――っ」
クライスが息を飲んだから、来たのかなと思い、レクスも視線を向けた。そして――こちらも目を瞠った。写真を見せてもらっていたので、そうだろうとは直ぐにわかったのだが――そして写真でも、なるほど端正な顔だとは思ったのだが――ちょっとそこには、ポカンとする美青年が立っていたのだ。どこからかは知らないが、徒歩で訪れた。俯きがちで、帽子とネックウォーマーなどがあるから、全ては見えないのだが、チラっと見ただけで、端正だと分かる。父上はスーツ、自分は学校の制服(金持ち私立なので洗練されているが)というきちんとした服装なのだが、異母兄は、普段着だった。多分、持っていないからだ。ただそれが、超カッコイイ。レクスの好きなセンスだった。自分では着ないが。
父が降りたので、レクスも続いた。一瞥したが、父の表情的に、仕事が吹っ飛んでいる。
「ゼクスかい?」
「っ、あ、はい――……」
唐突に声をかけられて、明らかにあちらが硬直した。帽子を取りウォーマーを下げて、兄が手袋を取った。レクスもそちらに歩いていたのだが、そこで硬直した。父も再硬直だ。なんというか――……目が釘付けだった。これはちょっと、ヤバかった。レクスもクライスも美形として有名で、下手な芸能人よりも端正な外見なのだが、兄ゼクスの造形美、これはもう、硬直するしかない。黒い髪、青い目、白い肌、それらが作り出している、雰囲気、オーラ、そういったものだ。無表情。視線が動く。艶っぽい。目があった瞬間、レクスは動けなくなった。威圧感や嫌な感じもないというのに、ただの容姿から、硬直させられたのは、人生で初めてだった。少しして、微笑された瞬間、レクスはやっと硬直が解けて、自分が汗をかいていたと気づいた。吐息して、そこから自分を作り直せた。
「はじめまして、レクスと言うんだ。よろしくお願いします。緊張してしまって」
「あ、ゼクスだ……わぁ……綺麗だな」
「何がだ?」
「あ、悪い、顔が」
「兄上、と呼んでも良いか? それは兄上だ。俺は見とれた」
「俺? 初めて言われた」
ゼクスがそう言ってはにかんでいる。多分本音だし事実なのだろうなと、嫌味ではないらしいと、レクスは思った。レクスは、度々周囲からこういう対応をされているから、なれていた。事実として、レクスは美しいのだ。美少年である。そして兄は、ひきこもりだ。本当に言われた事がなさそうだった。一瞬嫌味だと思ったのだが、兄の瞳が正直だったからすぐに分かった。また、あまり話すのが得意そうではないし、そんなに笑わないタイプだというのも直ぐにわかった。その辺は、予想通りのひきこもりに近かった。
「父上も緊張しているな」
「――そうだね。ゼクス、と、いまさらだけれど、呼んでも良いかな? 私はクライスと言うんだ。良ければ、父と呼んで欲しいけれど、いきなりだから無理にとは言わないよ」
「あ、は、はい。よろしくお願いします」
ゼクスが再び緊張したようで、笑顔が消えたのをレクスは見た。と言っても、ちょこっと笑っていただけだから、傍から見たらあまり変化はないだろう。それにしても色っぽい。
「ゼクス、あちらのカフェで話そう。レクスの事も紹介したいし、私自身もゼクスと色々話がしたい」
「父上が、俺達になんでもおごってくれるそうだ。ご馳走様。行こう、兄上」
「あ、はい」
レクスは笑顔を浮かべて歩き出した。ゼクスを促すのも忘れない。レクスが笑顔を振りまくのは、実は貴重である。微笑を適宜浮かべる事が多いのだ。それはクライスも同じなのだが、本日こちらは、緊張により通常運転とは言えない。至極珍しい。中に入ると、ゼクスが灰皿を一瞥した。レクスは見逃さずに、それを勧めたら、「良いのか?」と言われたので頷いた。父上も吸うからと伝えたら、ゼクスがかなり安堵したのが分かった。そしてホットコーヒーを三つ頼んだ。中学生も飲むんだなと驚いていた。先入観である。そこからは、父上が使い物にならないので、幼少時からのゼクス側の話をレクスが聞いた。
「まぁそういう感じで、俺は物心着いてから、ここで暮らしているんだ。田舎だから学校も遠いし、VRでちょっとやったけど、頭も良くないし勉強も苦手だ……この街より遠くには行ったことが無くてな。レクス達は東京に住んでると聞いたから、俺から見ると、都会人だ……それだけで緊張する」
「はは、そうなのか? 普段は何をしているんだ?」
「そ、それが、何もしていないんだ……一応な、VRシティで服アバターとかを売っているから、在宅ワークとなるのかな」
「すごい!」
「え、いや……小さいから、すごくない……ただ、楽しいから俺は満足してる」
「VRデザイナーの兄上なんて格好いい!」
「や、やめてくれ、ハードルを上げないでくれ……」
「どんな服なんだ? お店の名前は? 検索してみる」
「恥ずかしいから秘密だ」
「恥ずかしい?」
「俺、リアルで、一回も自分のVR服を人に見せた事が無いんだけど、想像すると、なんだかこう、恥ずかしい……VR内部同士なら、顔も分からないから良いけどな、内部でも俺、恥ずかしいからアバター販売で、直接は見ないんだ……そういうの照れる……考えて作って、という部分までは良いんだけど、反応とかは緊張して見られないんだ。自意識過剰だし、そんなに反応はされていないと分かってるんだけどな……」
「ああ、なるほど、自分の書いた小説を人に読まれた時の気分というやつか。読んで欲しいが、目の前は嫌だと聞いた。学校に創作文芸部があってな、友人が入っていて、ネットで公開しているんだ」
「あ、多分それに近いだろうな」
「では、普段から反応は、VR内部でも見ないのか?」
「うん。作ったら、お店に置いて、その後は売り切れた場合、それをまた追加で作ってという流れだな。誰が買っているとか、売り切れた理由が何なのかとかは分からない。母もVRショップをしていたんだけど、母はそういうのを調べた方が良いと言っていたんだけどな……調べたら反応に直面するから、俺の打たれ弱さ的に、俺は止めてる」
「では、反応しないと誓うから教えてくれ。ここでも検索しない」
「本当だな? あのな、黒騎士と言うんだ」
「兄上! 俺、それ知ってる!」
「えっ」
事前調査もばっちりだとはレクスは言わない。驚いた歓喜風の笑顔でレクスは言った。ゼクスは完全に素でびっくりしている。白々しいレクスであるが、傍から見ればパーフェクトな演技だ。クライスも微笑しながら見守っている。ゼクスはしばらく驚いていた後、俯いた。見ていたレクスとクライスは、直後――ゼクスが赤くなったのを見た。破壊力が高すぎた。恥ずかしそうなゼクス、何だこの色気は。
「かっこいいから、学校でも噂なんだ」
「……!」
「兄上は、すごいな」
「……良い意味で知られていて良かった……」
「え?」
「あれは無い、とかで知られていたかと思った……」
「ぶはっ、そんなわけ無いだろうが。兄上、普通に大人気だ」
「やめてくれ、そんなはずはない。知っていただけでも奇跡だ」
「俺の学校は、VRをやっている生徒はみんな知っていると思うぞ」
「そうなのか?」
「ああ。シルバーを出しているVRブランドは少ないしな。俺も、髑髏の7Nの指輪を二つ持っているぞ」
「えっ……あ、有難う……う、嬉しいな……」
「本音でカッコイイと思う」
レクスの声に、ゼクスが俯いたまま目を閉じた。真っ赤だ。プルプルしている。見た目はかっこいいのに、この反応、ギャップがやばい。レクスは、年上の男を、兄弟だとかを関係なしに食べる趣味はゼロだが、そんなレクスであっても、『あ、これ、バレたら即刻その相手に食べられるだろうな』と、直感した。隙だらけなのも理解した。恐らく田舎に住んでいたから良かったのだろう。これが都内だったら、今頃こうは育っていないはずだ。黙っていたら、近寄りがたい色気の、イケメンの青年だが、喋って反応を見たら、ただの美人だ。喋っても自信家の男ならば、絶対に食べる。ゼクスは、黙っていると相応に肉食獣風だが、喋ったらもうただの獲物感しかない。これは放っておいたら、近い内に、誰かに食べられていただろうなという感想しか出なかった。
「兄上も、VR内部では身につけているんだろう? つけていたら、言われないか?」
「つけてないんだ。俺、出してるだけで、シティは行かないし、交流系VRもやらないから、VRのフレもそういう話をするようなフレはいないんだ」
「そうなのか? じゃあVRでは、仕事のみか?」
「仕事でもメールアクセス程度だから、VRフレはいないんだ」
「――話をするVR仲間とかはいないのか?」
「そ、その……ちょっと、ゲームをやっているから、そのフレとは話す。けど、リアというか、ゲームの話しかしないから、外の話はしないんだ。仕事だとかそういう話はしない」
「なるほどな。ゲームは何をしているんだ? 俺、クラウンズ・ゲートっていうゲームをやってるんだ。兄上は?」
「えっ……お、俺もクラウンズ・ゲートをやってるよ……あ、そうだったのか」
「私もやっているよ」
「「え?」」
「年甲斐もなく」
「父上、俺も知らなかったんだが」
「私もレクスがやっていると知らなかったよ」
「――そうか。兄上、父上もついでに、良ければフレに」
「勿論だよ。ゼクス、私もフレになってくれるかな?」
「えっ……いや、あの、二人共あの、恥ずかしいから……」
「兄上……俺とは遊んでくれないのか?」
「あっ、いや、そういう事じゃなくて、その……――あの……」
「これが俺のIDだ。今、申請してくれ」
「! あ、ああ……」
断ろうとしていたゼクス、そのままレクスに押し切られた。さらに隣で待機万全だったクライスにも押し切られた。レクスも父のも行って――そして内心で目を細めた。『天球儀』というギルドのギルマスが父上だったのだ。有名なギルドである。父上クライスもそれは同じだった。『青十字同盟』という有名なギルドのギルマス、それがレクスだったからである。なお、ゼクスに関しては、名前が『ゼクス』であり、二人と同じで本名である事以外は不明だった。プレイヤーネームは重複禁止だから、名前からレクスとクライスはお互いに推測しただけである。そうしつつ、推測可能なわけだからと、ゼクスが知っているか反応を待った。知っているか否かで、ライトユーザーかどうかも分かる。ログイン時間が多いからといって、ガチ勢かどうかは分からない。
「ゼクスで送りました。俺のアバターは、猫です」
「うん、有難うね」
「有難う、兄上。リア共有アバターは使わないのか?」
「ああ。アバターが整備されてからは、ずっと猫だな」
「――整備前の閉鎖テストからやっていたのかい?」
「えっ、っと、はい」
「兄上すごい! いつからやってるんだ?」
「う、うん……限定テストから……」
「「!」」
その言葉に、レクスとクライスが目を瞠った。ゼクスが失言だったという顔をしている。