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 レクスは思った。ならば、ライトユーザーではない。テスト一年をいれるならば、もう八年半もゲームを続けているのだ。VRの一般家庭普及前からというのもあるし、その層のゲーマーは、年数もあるが、高レベルばかりだ。今、20000人以上がやっているが、当時から残っているのは、多分200人もいないし、限定テストからなんて、20人もいないだろう。限定テスト自体が50人だったそうだから、十数人残っているかどうかだ。それだけでも貴重なユーザーであり、レクス的には、黒騎士よりも兄の価値が上がった。

「もしかして……ち、父上? は、あ、あの」
「エンジェリカの執権をやっていたクライスだよ」
「え!? 父上それって、ルシフェリアの!?」
「そうだよ、レクス。知っているのかい?」
「当たり前だ。じゃあルシフェリアも知っているのか?」
「ギルマスと執権だったわけだから、相応にはね。けれど、ゼクスこそルシフェリアを知っているんじゃないのかな?」
「え!? 兄上、そうなのか!?」
「う、うん、ちょっとな」
「エンジェリカ時代に、私は、というか、ルシフェリア込みで私の当時のギルドは、アイゼンバルド攻略の時に、猫アバターのゼクスというルシフェリアのフレに手伝って貰ったから、ゼクスを知っている古参は多いよ。まさか……息子とは……しかもねぇ、レクスがユレイズ開放組ギルドの青十字同盟のギルマスとは。ユレイズ大陸公開からの開始と聞いているし、レクスのVR歴的にも私はそう思うけど、レクスもゲーム歴が二年に近いから、古参ではないけど、新しいとも言えないしね……ゲームは血筋かな」
「天球儀は知っていたが、え、兄上すごい!」
「うん、ゼクスはすごいよ。ただ、最近は私も名前を聞いていなかったから、会えて驚いた。私がルシフェリアと連絡をしていないというのもあるのかもしれないけどね」
「そんな事はないです……」
「兄上、ルシフェリアのフレなんだろう?」
「ああ、まぁな。あいつも限定からだ」
「今も連絡してるのか?」
「うん」
「すごい!!!! ルシフェリアだぞ!?!?!?!? あの、ルシフェリア!!!」
「ルシフェリアって、有名なのか? 周りに人気あるのは分かるけど、レクスも知っているのか?」
「クラウンズ・ゲートのユーザーならみんな知っている!」
「え? そうなのか?」
「――ゼクスは、ネット情報などを見ていないと昔聞いていたけど、本当なのかい?」
「ああ。全然見てないな、あ、です」
「敬語じゃなくて構わないよ」
「有難うございます……緊張して、俺、いつにも増して挙動不審で……」
「言われてみると、ゲーム内の猫ゼクスと、今のゼクスが、ほぼ同じで私としては、逆に緊張が少し解けたよ。明らかに低レベルの私相手に当時もど緊張していたからね」
「うっ……」
「中身もこのままなのか? これが、素で、VRでも素なのか?」
「どう考えても私にはそう思えるね。強いし天才的に色々上手いんだけど、なんていうか、放っておくとクレクレの餌食になりそうだから、あのルシフェリアが守ってあげていたお人好し感なのがゼクスだ」
「ルシフェリアに守られるとかすごいなと思うが、防衛ラインが必要だろうと俺も思う。兄上、俺は兄上が心配なんだが、今後、どうするんだ?」
「大丈夫だ。ゲームでは、毎日最近は、生産をしているだけで、特に誰かと会わないしな」
「ああ、そうなのか。それは、まぁ兎も角、リアルとしてもだ。一人暮らしになるだろう?」
「あ、ああ……そうだけど、母さんも大分前から入院していたから、一人暮らしは急にというわけではないし、黒騎士を続けて行けば、生活も一人で暮らしていくのは何とかなる。有難うな。大丈夫だ」

 その言葉に、レクスとクライスが少し視線を交わした。引き取るというような案は無かった。東京に家を斡旋するという案は一つ出ていたが、これは黒騎士の今後の展開を考えてである。しかしそれは消えた。この人物を一人で都会に放置したら、明日には性被害にあっているだろう。外見がない場合、詐欺被害確実だ。直ぐに丸裸だろう。そして恐らく両方にあう。もしくは囲われる。援助者が出るだろうが、体も取られる。黒騎士ファンだとしても、ゼクスを見たらグラつくだろうし、逆にファンだったならば、尚更ゼクスを見たらグラグラするだろう。好きなブランドのデザイナーとしてゼクスが出てきたら惚れる。そして、生計をたてるゼクスは、今後再起動する気配であり、そうなれば今度こそ各地からの提携打診を考えるだろうから、今はゼロのVR仕事フレと、顔を合わせるはずで、その時はリア共有アバターが基本だから、やはり顔はバレるので、結果は『会いたい』となるだろうし、それ以外の流れを知らなければ、ゼクスは行くだろう。以後同じだ。どう考えても大丈夫ではない。

「兄上、一緒に東京で暮らさないか?」
「私もそれが良いと思っていたんだ。家族だしね、父として、心配だ。今更かもしれないけれど、出来る事はさせて欲しい」
「えっ……い、いえ……――そう言ってもらえて本当に嬉しいけどな、大丈夫です」
「黒騎士のオフィスは、ハーヴェストのVRアパレル企画ビルの3F南の空きフロアとして、家は本宅で構わないだろう。俺の廊下の一番端が今、ただの空き部屋と化している」
「3Fは、中央がレクスの第二オフィスで、他は支援ブランドのブース区画だったと思うけど、そちらからの接触は大丈夫なのかい? 家に関しては、私もそこが望ましいと思っていたから、先の提案が嬉しいけれど」
「だが4Fの父上の支援ブランドの個別オフィス階は、実業家交流も推奨している以上、俺の場所より危険だろう? 3F南は、中央経由以外では入れないから、俺か俺の部下が必ず入室者の把握が可能だ。それに、他のハーヴェストのビルは、本宅からは遠い」
「そうだね、そうか、じゃあそうしよう。怖いから秘書と護衛もと思っていたけれど、逆に、出社時は、レクスが同伴として、それ以外は、在宅VRで頼もうか」
「ああ、それが良いだろうな」

 レクスとクライスの素早いやり取り――しかも、レクスが弟フェイスを消したため、ゼクスが首を傾げていた。何を言われているのか、よく分かっていないようだった。

「兄上、引越しの準備にはどれくらいかかる?」
「え?」
「今日このまま引っ越すから、大至急準備を開始してもらう。三十分後に、兄上の自宅前に業者が来るから、俺達も車に乗る。電車と徒歩で来たんだろう?」
「え!? 徒歩だけ、だけどな……ま、待ってくれ――」
「徒歩で来たとはすごいな。二時間近くかかったんじゃないのか。まぁ良い。行くぞ」
「え、いや……レクス、俺は大丈夫だから、心配しないでくれ」
「もう手配は全て終わっている。引っ越しが終わり次第、VR環境も既にあるので、ゲーム接続も、Df9でゲーム設備が使える」
「え……Df9って……え!?」
「ゲーマーの憧れだと聞くが、兄上は興味は?」
「っ、あるけどな……」
「無料で好きなだけ使って良い。安心しろ、ゲームの邪魔もしない。それに、ハーヴェスト側にも利益のある話だ。ハーヴェストはVR内部環境関連ビジネスの過程で、現在日本国内ブランドやVRベンチャーの支援提携を行っている。兄上も黒騎士で、参画してくれ」
「――え? ちょっと待ってくれ。ハーヴェストって、あの、ハーヴェストなのか……? ほら、お菓子の……VRだと、口がパクパク開くTシャツの……?」
「そうだ」
「え……それ、俺でも知ってる会社だ……レクスも父上も、ハーヴェストで働いているのか? 名前は、ハーヴェストだと聞いたが……」
「働いているというか、俺達がハーヴェストの雇用主側だ」
「……? どういう意味だ?」
「私が現社長で、レクスが次の社長で、お祖父様がグループ会長という事だよ」
「えっ!? ご、ごめんなさい、俺無理です、行けません……お金持ちだ……俺無理、無理!」
「車の準備が整った。出よう」
「そうだね。会計も終わったよ」
「!?」

 こうして二人は立ち上がった。ゼクスも立ち上がったし、出るしかない空気だったが、ゼクスは店の外で立ち止まった。