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「あの、本当に俺は大丈夫です……貧乏ですが、一人で暮らせます……!」
「兄上は、ハーヴェストとの提携が嫌だという事か?」
「そうじゃないし、そういうのはまだ何一つ考えていない……そうじゃない、俺は都会に行くとか想像もしていなかったし、一人でVRでゲームが出来たら幸せだし、何というか……」
「家に愛着があるのか? 一人でVRが幸せならば、接続後は、どこででも同じだろうし、それは都会でも田舎でも変化は無いはずだ。やりたいだけやり続けて良い。それも最高の環境が用意してある。黒騎士に関しても落ち着いてからで良い」
「愛着は、それこそ、VRばかりだったから、逆にあれだけど……周囲に人がいるというのは、落ち着かないだろう……都会だぞ?」
「安心しろ、個人チェアだから、自宅VRも社内VRも、単独だ。二人横ならび以上は、企画会議時の半VR以外ではありえないし、会議も基本的に個別チェアだ」
「え」
「一人暮らし以上だろうな。壁も厚い。それに、ハーヴェスト本宅の周囲は広大な庭だ。使用人はVR関連室には近寄らない」
「……使用人?」
「ああ。ハウスキーパー、メイドや執事がいる。そういう人手はいるが、都会の人混みなどまず無い。オフィスビル各社へも、車移動で、エレベーター直通だ」
「……」
「乗れ。移動しながら話そう。仮に引っ越さないとしても、家に帰るのだから目的地は兄上にとって同じはずだ」

 こうして、レクスが、車を見た。店入口前で、その声と同時に扉が開いた。クライスが微笑して頷きながら乗り込んだ。レクスがゼクスを促す。真ん中だ。ゼクスがオロオロしつつも、乗るだけ乗った。押し切られたのである。これ、普通に誘拐されるタイプだなとレクスは思った。ゼクスは涙ぐんでいる。そこがまた嗜虐心をそそる。走り出した車の中で、クライスが断ってから目を伏せた。半VR接続で、家に連絡を入れて、そちらの手配をしているのだ。レクスにも内容の文字データだけ半VRモニターで個人視界展開している。ハーヴェストの技術だから、一般普及前だ。なお、家ウィンドウで、執事達が驚愕していて、執事と秘書一名ずつは、隠し子の存在自体は聞いていたようだったが、連れてくるというのに大反対だった。無論、お家騒動を念頭に置いてであるし、レクスに直接『良いのですか?』と来たので、レクスは『俺の提案だ』と返して黙らせておいた。

「兄上、何が不満なんだ?」
「ふ、不満というんじゃなく、不安だ。俺には無理だ」
「何が無理なんだ?」
「難しい仕事は出来ないから、ハーヴェストの支援提携というのが一つ無理だ。それに、家賃も生活費も、無理だ。いらないと言われても俺は気になるし、その状態じゃ、ゲームに課金とかも出来ない……それに好きなだけというが、俺は、寝ている時以外は、基本ゲームだから、その……引かれる……止められる……止められなくても、俺が気になる……」
「なるほど。逆に仕事に関しては、俺としては、兄上にはデザインのみを頼み、他は全部こちらでやらせてもらえる方が有難いというのを先に伝える。そして、デザイン代として支払うものに関して、兄上がゲームに課金しようが、服を買おうが、誰も感知しない。また、俺は月に1度、メンテナンス日のその時間に、学園の通学授業に行く以外は、ずっとVRをしている。兄上との違いは、朝、会社の打ち合わせがあるため、父上と朝食を食べる事だ。この朝食である朝七時半から八時半までの一時間は、必ず俺はログアウトしている。そして三十分程リアルの仕事を片付けた後、九時からVRで、午前中は仕事をし、昼食時にログアウトをして、外部との打ち合わせをして、それが一時代に終わる。そこからVRでゲームを開始し、寝るまでゲームで、夜中の二時過ぎまでゲームで、睡眠ログアウトで、朝に戻る。ゲームだとは周囲に話していないが、『趣味だから声をかけるな』と断言していて、誰にも声をかけられなかった。昼と夜は、父上も仕事外食だらけで、朝は俺と父上の打ち合わせだからな、兄上が参加するとすれば、たまに夕食程度だ」
「……」
「家賃と生活費は、気にするのならば、逆に出させてやれ。だろう?」
「その通りだよ、私も父親として心苦しいから、少しの間でも良いから出させて欲しい」
「……」
「そして、デザイン代の前に『独占契約代』というのを、合法的に支払う事になる。黒騎士のデザイン品、オリジナル商品を、ハーヴェスト以外に提供しないでもらう。わかりやすくゲーム課金代で言うと、30年分限度が変わらない限り、限度いっぱい使っても少し余る。一ヶ月の上限が30万円のままだとしてな」
「――!?」
「一年で、360万円、10年で3600万円、1億8000万円が30年分だが、独占契約の代金は、2億円だ。これは兄上という家族価格ではない。個人のVRブランドへの出資額範囲でハーヴェストが規定している価格だ」
「……」
「足りないか?」
「た、足りないというか、足りすぎるというか……俺のブランド……そんなにしないです……5万円くらいじゃないのか……? この前、普通5万円だけど30万円払うというメールが着ていた……」
「詐欺だ。騙されるな」
「えっ、でも、シティをやってるゲームのフレに聞いたら、フレは15万円で独占で、今、額が上がって30万円になったと言っていたぞ?」
「フレの内容は知らないが、確かにそういうブランドは多い。だがな、個人ブランドで黒騎士クラスならば、3億開始で声をかけられている所も多い。今回は、家族値引きで俺が値切った。知らなければ、ハーヴェストから黒騎士ならば、3億開始で声をかけただろうが、知っているため、先方からの売り込みや応募と同額の2億円を提案した。なおハーヴェストの下限は1億5千万円だ。ブランドが黒騎士で無ければ、そこのラインだったか、そもそもこの話が出なかっただろうな。兄上の家に、護衛件秘書を送り込んで終了だ」
「送り込む……? やっぱり、大金持ちは、護衛がいるのか」
「――まぁ、そういう意味合いもゼロではないがな」
「大丈夫だ、俺、ハーヴェストの親戚だったなんて誰にも言わないから。自分でも忘れる、約束する。誰も来ない」
「いいや、忘れなくて結構だ。兄上は、東京で護衛付きで俺達と暮らす以上、むしろ自覚を持ってくれ」
「いや、あの……」
「兎に角ゲームに関しての心配は不要だ」
「……」
「黒騎士に関しては、今後、新作を作ったら連絡提案となる」
「それは、その?」
「今まで通りに続けてもらえれば良い。現段階ではな。それとは別途、ハーヴェストから、既存商品単位での販売権交渉を行い、それに関しては、合意後ハーヴェスト側で売らせて貰うから、その際に、広告展開などをハーヴェストで行わせて貰うという流れだ。こちらからの新作希望なども、別途提案となる。今回の独占契約はあくまでも、他には売らないという話だ。売らないというのは、権利であり、販売権のみだ。そして自分の店舗は自由であるし、自店舗の拡張も自由だ。家族として意見して良いなら、その場合は、俺に一言欲しいし、俺の方が規模の拡大もショップ展開も詳しいと現時点では考えている」
「特に今と変える予定は無いけど……もしも変える時は、話す」
「有難い――引越しに問題は消えたな?」
「えっ……そ、それはだな……引っ越さなくても、独占契約しなくても、別に誰かに今、売るとか考えてないから、大丈夫だ」
「それはハーヴェストとも契約しないという意味か?」
「あ、いや、その、それは……正直分からない……だってな、金額が、ありえない。だから、契約するとしたらハーヴェスト、とするし、他とはしないけど、ちょっとなんというか、それ以外なんとも言えない」
「そうか。契約書は完成しているから、後で確認してもらう」
「え」
「引越準備は、どうなりそうだ? VRデータは全てバックアップ取得が可能だ。それにシステム自体も、そのまま持っていくから、両面で保持可能だ。そちらの心配はいらない。ゲーム関連も含めてな。引越し終了後には、本宅との同期も終了して、即日で移行終了だ。よって、俺が聞いているのは、私物だ。ただし、服だのは、今後いくらでも買える」
「あんまり無いから、一時間もかからずに終わるだろうけどな、そもそも俺は、引越しは……」
「何が嫌なんだ?」
「嫌というか、いきなり過ぎてだな……」
「じゃあ引っ越してみて、無理だったら戻れば良い。その場合も、引越しの手伝いはする。物は試しだ。やってみて欲しい」
「え」
「いきなりではあるが、それは俺にとっても同じ事だ。そして俺は、多忙なので心の準備に割く時間が無いから、このまま進めて欲しい。無理な時に、兄上が出て行く形が望ましい。弟としての頼みだ」
「あ、あのな……家族がいるとわかって嬉しいけど、別に一緒に暮らさなくても……」
「俺は暮らしたい」
「えっ」
「兄上、お願いだ……俺もな、母上が亡くなってしまって……」
「そうなのか?」
「ああ……父上はお仕事で忙しいしな……寂しい……」
「わ、分かった!」

 レクスの泣き落しに、ゼクスが引っかかった。ちょろいなとレクスは内心で思い、クライスが目を細めていた。ゼクス、普通に良い人だった。お人好しだ。自分こそだろうに、レクスの母親の不在を心配そうに悲しそうに聞いていた。残念だったなと涙ぐんでいる。そのまま、ゼクスの家に到着した。業者も全部いる。