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小さい借家だった。一軒家ではあるが。3部屋で、1部屋がVR機材、1部屋がその接続場所、1部屋がゼクスと母親のタンスと物置、ゼクスの布団と小さな本棚である。食堂と洗面所があり、洗面所側に洗濯機とお風呂とトイレ、食堂が台所付きで、合計5部屋と言える。レクスが人生で見た民家の中で一番小さくてボロい。両隣と後ろも全部この作りだ。平均的にも貧乏だろう。VRブランドをしている人間内でも貧乏だ。恐らく、VRは高額報酬ではあるが、医療費に消えたのだろう。ただ、VRシステムは、3年前時点では最新機器だった。ゲームセットは、五年前の最新なので、価格落ちしてから買ったのだろうとは思うが、想像より良かった。一般家庭への普及物ならば、良い方だ。また、VRデザインソフトだけは、最先端で、ハーヴェストにあるものと同じである。ゼクスがそのVR関連バックアップを念のために取ったというか、元々常時バップアップだったらしくて、それを最新にしたのと、外部にあるデータを持った事以外は、業者の仕事となった。服に関しては、下着類の他は十着も無かったので、直ぐに終わった。母親のものは、既にまとまっていた。処分予定だったようだ。家具や家電のみで、それらはゼクスも不要みたいだったため、置いていくとなり、言わなかったが、レクスもそうさせる予定だったので都合が良かった。VRシステムしかトラックに入らないと言うつもりが、言うまでも無かったのである。私物は、母のものも含めて、本のみ、本棚のものであり、そこに一冊アルバムがある程度で、他には、観葉植物の鉢が3個、これだけだった。本当に、一時間もかからずに終わり、隣への挨拶も特に無かった。付き合いも無いようだった。なので五十分経つ前に、再度車に乗り、今度は新幹線ではなく、車で東京に帰る事に決まった。
その車内で、早速、黒騎士とハーヴェストの契約書をレクスが出して、ゼクスが固まった。VR印鑑を半VR機材再生できる状態でバックアップを保持している以上、ゼクスは断れない。バックアップは、手で持ってきているのだ。破損防止である。さらに、リアルのハンコも持っている。レクスが押させた。ゼクスは押しに弱かった。レクスが、会社説明や案内などの資料を見せたのは、契約後である。完全に詐欺に騙されるタイプだ。そう思いながら、レクスはその後自分のほかの仕事をし、ゼクスは資料を見る時間となり、クライスも自分の仕事をしていた。昼食は、そこそこの大都市に出た二時に、レストランでしたのだが、ゼクスが半泣きだった。豪華すぎてである。店の人の対応も、レクス達には普通だが、ゼクスにとってはガクブルみたいだった。
そして、夜、ハーヴェスト家についた。
出迎えた執事と秘書達、目が笑っておらず、口だけだったのだが――ゼクスの顔を見た瞬間、全員硬直して、目がポカンとなっていた。彼らも度肝を抜かれたらしい。ゼクスは頭を下げて顔を上げたあと、全員を見て俯いた。完全に子鹿である。気弱そうだ。だが、媚びているとかではなく、困っているのがまるわかりなのだ。怯えている。百戦錬磨のハーヴェスト関係者、絶句だ。ゼクスは、見た目だけならば、迫力もある。実を言うと、そのパッと見は、クライスの父、つまり二人の祖父のグループ会長にちょっと似ているのだが、ちょっとの間見ていると、それが錯覚だと気づく。プルプルしているのだ。可愛い。完全に、ハーヴェスト家の新人使用人と同じ態度だ。一般人である。新入社員以下だ。ハーヴェストの新入社員は、自信満々の若手が多いから、雰囲気が違うのだ。何せエリートであるのだ。執事と秘書達、すぐに納得した感じになった。敵じゃないと判断したのだ。
「よろしくお願いいたします、ゼクス様」
「さ、様……?」
「あちらにお食事をご用意致しております。先にお部屋にご案内致します」
「ゼクス、気を楽にしてくれて良いからね」
「兄上、俺も部屋の前まで一緒に行く」
「え、あ……」
そのまま、移動となった。執事と、レクスの秘書全員、クライス側は秘書の一人がやってきて、執事が話をふる。ゼクスしどろもどろ、レクスが代わりに答える、である。なお、実は飛び級でのVR大学卒および、VR学位は、超エリートだったりするから、その部分だけは、ゼクスはレクス以上であるし、執事よりも高いし、秘書の数人と同等で、それ以外の秘書よりも高い。だが、なんというか、その話題になっても、エリート臭も見下し臭も無い。ゼクスは、いまいちよく分かっていないようだった……。みんな複雑な気分で和んだ。頭は悪くないのだ。だが、致命的に世間知らずでもあると周知された。
夜、シェフも出てきて、その他の使用人とも挨拶で、ご飯となったのだが、美味しすぎるらしくて、ゼクスがキラキラした。これには、再度クライスとレクスまで硬直させられた。うっとりしているゼクス、死ぬほど美しい……。あんまりにも美味しそうに食べるから、シェフとかもう、昇天しそうな勢いだった。まぁ確かに美味しい。明日からの食事の話になったため、そういえばゲームもあるしなとレクスは思ったのだが、執事が『午後四時半にレクス様とご一緒されては?』とふったため、そういう事になった。朝は、執事が十時半にお持ちするそうだった。朝昼兼用である。これは、四時半から五時半まで、部屋の清掃をしてベッドメイキングがあるからである。ゼクスは動揺していたが、断れるタイプではないし、ご飯は本気で食べたそうだったから良いだろう。朝に関しては、執事が様子見したいというのがあるだろうから、レクスもクライスも放っておいた。無論ゼクスは断れない。だが、断るのは自由だからレクス達も放置だ。それ以外は、『兄上もVRのデザインをされていたから、VR呼び鈴をしてからだな』と話して、VR中はシャットダウンだと周知して、この日は終わった。浴室情報とトイレ位置が伝えられた程度で、使用人呼び出しボタンを渡されていた程度である。個人の連絡先も聞いたが、新しくハーヴェストで携帯スマホと半VR通信システムを渡したため、今後はそちらになるだろう。
こうして、新生活が始まった。レクスとクライスは、館内はハーヴェストの独自開発モニターで閲覧可能なので、朝十時から兄を眺めていた。あちらには見えているとは不明なので、盗撮申し訳ないという気分ではあるが、執事は知っているのだから良いだろう。なおこれは、浴室トイレ関連以外は、誰の部屋でも全部がこうだ。使用人やレクス達の場合も、寝室以外は見えるし、それに関しては、『防犯と警備、救命の観点からカメラが入っている』という形では伝えてある。さて、寝起きのゼクスは麗しい。起こされていたのだ……。一瞬、執事達が襲いかからないか不安に駆られた程である。疲れていたみたいだ。起き上がったゼクスに、執事がコーヒーを示し、ゼクスは許可を取ってタバコを吸っていた。執事が、自分達は使用人なので許可は不要だと教えていたのだが、ゼクスは困惑していた。それから着替えの話になっていて、執事が「ご迷惑でなければこちらで揃えさせて頂いても良いでしょうか?」と言ったら、「3000円以下で3着までなら払えます」と言っていて吹いた。執事が微笑していた。その後、食事は、シェフが自分から来ていて、好き嫌いだとかを聞いていた。ゼクスはこの時もご飯にうっとりしていた。そんなゼクスに周囲がうっとりしていた。良かったら午後一時から二時くらいにお茶をとシェフが勧めて、そう決まっていた。スイーツを出すらしい。誰も食べてくれないとシェフが嘆いていた。聞こえていると知っているだろうにと苦笑した。また、お家騒動回避で派遣しているレクス秘書二名も好意的で、時間が合えば、レクスを呼ぼうと言っていた。ゲームにインする前と言いたいのだろう。秘書達は、レクスのゲームを知っているのだ。たまにならば良いなとレクスも思った。仕事の話もできるからだ。
そこから、ゼクス側が、初めて自発的に話した。レクスがブランドの話をしていたけれど、あれ、本気なのだろうか、という質問からだった。本気だとしたら、自分ではレベルとクオリティが足りなくて申し訳ないから、断った方が良いし、そうでないなら勉強しないとダメだろうけど、何していいかが分からないという呟きだった。兄上は真面目かつ、ここでも気弱な小動物であった。執事と秘書二名と、シェフと使用人三名が微笑んでいた。
結果、朝食後の十一時過ぎから、午後のお茶の一時手前くらいまで、ゼクスにVRショップ関連やもっとそれ以前のハーヴェスト関連としての世間一般的会社知識を授けて良いかという連絡がクライスとレクスに来て、両方がOKを出したので、その日から執事&秘書二名が専属講師に決まった。使用人二名もゼクス担当でその間いる。一応三名とも、四時半から五時半のメイキング担当として決まっていたのだが、一名は食事専業として、二名が固定になったのだ。週5日である。許可後に教える提案をした彼らに、ゼクスは驚いた後、申し訳ないからダメだと繰り返したのだが、押し切られていた。吹いた。ただ、これに関しては、真面目にゼクス側も興味があったらしくて、最終的に「本当に有難うございます」と言っていた。なお、その後の話であるが、お茶の後から夕食前まではデザイン作業は自分で、そして食後お風呂に入ってから、寝るまでがゲームになっていくのである。
レクスは、週に二回は、お茶、夕食は、週に四回以上、平均五回一緒にして、だが最終的に、夕食は週三回以上で、四回平均となっていった。見目麗しい兄とは、一日一回くらい食事で顔を合わせるという感じである。慣れてきたら性格が変わるか、正直を言えば、チェックしていた。最初の一週間は、相変わらず小動物、二週間目で、ちょっと慣れてきたが草食動物の子供、一ヶ月経ったらきちんと慣れたようだったが、草食動物。『レクス』と『父上』と呼び捨てになって、敬語が取れて、小声ではあるが、どもらずに喋るようになったのが成果であり、普通の表情で、時折微笑するようになった。気弱で優しい。押しに弱い。超弱い。強く言われたら、全部『YES』である。二ヶ月経って、無茶振り系を初めて一度断ろうとしてから、何度か無茶振り系を断ろうと頑張っていたが、断れずに全部『YES』となっていた。結果、執事と秘書から責められたのは、レクスとクライスである。何をやらせたかと言うと、モデルである。