1




「兄上、頼みがある」

 突然、弟のレクスが訪ねてきて、真剣な顔で言った。
 何事だろうかと俺は狼狽えた。
 異母弟のレクスは、あまりこれまで俺と話をしなかったからだ。

「俺をここに住ませてくれ」
「ええと、仕事の関係か?」
「っ、いや、そうではないんだが」

 レクスの仕事はモデルだ。俺はVR内デザイナーで、リアルとVR環境内で同じデザインのインテリアや服、ジュエリーなどを作っているのだが、レクスはリアルでその服を着てくれたりする。だから、仕事の関連でかなと思ったのである。

「その――っ、VRがやりたいんだ!」
「DGグラボで、という事か?」

 DGというのは、デザイナー専門の製品だ。

「そう! そういう事だ! 兄上が、国内にも5台しかない優れたVRシステムを持っていると聞いたんだ。ゲーム特化の!」

「内部で完成品の確認もするから、UIと手袋もDGセットがあるけどな……ゲーム特化? 仮装シティとかヴァーチャル・アパレルなどに特化してる品だから、ゲームは、VRMMORPG以外は、必ずしも特化していないって聞いてるけどな」
「VRMMORPGで良いんだ。それがやりたいんだ。それで使いたいんだ。兄上はやったことがあるのか!?」

 俺は肘に手を添えて頷いた。

「スウェーデンのクラミナスは、俺がアバターデザインをしてるからな」
「そ、そうだったな。VRMMORPGの先駆けだな。実際にクラミナスをプレイした事はあるのか?」
「いや、クラミナスの動作確認は企業がキャラクターデータをくれるから、内部視覚確認だけだ。レクスは、何ていうVRMMORPGをやりたいんだ?」
「俺、は、――アースタロット・オンラインだ! 初の国内産! やりたいというか、やっているんだ。けど、現在の自分の環境に不満があるんだ」
「そうだったのか――環境というのは……?」

 静かに聞くと、レクスの目が座った。

「最初に開始した学園寮は、規制で午後六時から八時までしかできなかった。実家に戻ったらやらせてくれるというから父上の所に帰ったら、夜二時から朝五時までの制限と課金禁止コードの上、五期前のVRだった! 学園寮は三期前。やりにくくて、脱走してVR設置マンションで一人暮らしを始めたら、未成年は夜十時から朝五時までの禁止で課金制限コードがあるし、六期前のVR。それでも一番マシだと思っていたんだけどな、学校では二期――前期だし、最新の一期が使ってみたいと思っていて、そうしたら、そうしたら、学校の体験授業でお祖父様の会社で、国内に五台だという一期の中でも限定のDGセットを体験させてもらったんだ。その時、お祖父様が兄上も持っていると言っていた!」

 不穏な言葉に、俺は笑が引き攣りそうになった。

「脱走……?」

 レクスの勢いは止まらない。

「ちょっと朝五時から夜九時五十九分までVRをしていただけなのに、執事がうるさくてな。課金だって、ちょっと五十万ほど使ったら、月二万円までだとか……ちなみに今のマンションは未成年は三万円までだ」
「まぁ……国の平均初任給は、18万円だと聞いた事はあるけど、レクスはモデルの仕事や色々家の役員とかで、みんなとは使うスタイルが違うだろうから、お前からしたらうるさいだろうし、あちらからしたら経済観念育成義務感みたいなのがあるのかもしれないな。父上も執事には、よく怒られているのを昔見た」
「余計なお世話以外の言葉が出ない」
「う、うん、そうか……」
「兄上頼む、お願いだ。俺は最新一期のDG環境で、VRに、アースタロット・オンラインに邁進したい! 個人で所持しているのは、兄上しかお祖父様は知らないと言っていた。そして他にいると俺は雑誌で読んだことがあるんだが、その他の一名は、アースタロット・オンラインのトッププレイヤーのルシフェリアだ。俺の憧れだ! システムを変えれば並べるとは思わないが、俺の幅が広がる!」
「憧れ?」
「そうだ。非常に強いという。遠くから見かけたことしかないが、痺れた」
「そうなのか」
「そうなんだ。だから兄上、頼む!」
「――VRを使うという他に、俺が保証人になって、未成年規制を解除して、時間を随時任意にして、課金も自由コードにして欲しいし、二十四時間自発的な睡眠などを除いてVRをやりたいから、ここで暮らしたいという事か……?」
「率直に言うならそういう事だ!」
「き、聞いても良いか?」
「許可してくれるなら何でも聞いてくれ」
「許可というか、結論から言うなら、俺は構わないんだけど、暮らす前に聞いておきたい事がいくつかあるんだ」
「!! 有難う兄上、俺、我ながら無茶振りした自信があるのに良いのか! うわぁ! 有難う!! 何でも聞いてくれ!! 学校か? 仕事か? 習い事か? なんだ!?」
「あ、ああ……それ全部だ……」

 俺の言葉に、レクスが大きく頷いた。

「想定内だ。学校は、実家でVRをやる時の条件として、卒業必須単位を一年の終わりに全部取得した。週に一度の定期スクーリング以外の授業はない。金曜日に、一回一授業。ただし、月に1度以上出席していれば問題はない。さらに任意の曜日に変更可能で、俺はアースタロット・オンラインのメンテナンスがある、月第一週の水曜日の朝九時から十二時の間に指定している。ここからなら、九時半に家を出て、授業を受けて、十二時までに帰宅可能だ。俺の中で、立地も最高だ」
「そ、そうか」
「モデルの仕事は、学校が完全に休みの長期休暇二ヶ月半の中に、三回水曜日があったから、去年の夏、冬、今年の春に、予定していたものは全て終わらせて、新しい仕事は入れていないから、もう無い。会社の役員業は、元々名前だけだ。卒業までそれで良いと言われている。貯金は、毎月50万円課金しても十年以上持つ。習い事は、まずヴァイオリンとピアノと茶華道だが、これは学校のスクリーニングの指定授業をこれにしてある。音楽と和学を毎月交互だ。そして学習塾は、アースタロット・オンラインと提携しているから、週に1回、土曜日の午前中に、内部の学校で講義があって、そこに顔を出しているが、単位は全て習得していてリア友との雑談の場だ。俺側に問題はない」
「……そ、そうか」
「そうだ。食事はVR補給でカロリーを取るし、トイレも排泄システムだから、風呂と着替えと睡眠のみが俺の生理的生活の必要事項だ。だが安心してくれ。俺はアースタロット・オンラインに集中するために、一日五時間は寝ている。その前後に二回シャワーを浴びるし、二回着替える。非常に健康的だ」

 俺は言葉に詰まった。健康的だと言っているが……完全にこれ、廃人である。多分、止めた執事達、間違っていないだろう。レクスは、現在中3の十五歳だ。

 大学は海外で卒業してはいるが、だからこそ、こう、将来への期待なんかもあるのだと俺は思う。俺がこのレクスの条件を許可したら、俺は家族や周囲にフルボッコだろう。

 しかし個人的に話すのは、実は初めてに等しいレクス――断るのもやりにくい。

 よくレクスは、俺にこんな暴露(?)ができるものである。
 俺が逆なら絶対にできない。

 だが、俺はレクスが嫌いとかではないし、弟と話してみたいとか、仲良くなりたいというのはあるのだ。

「アースタロット・オンラインだったな?」
「そうだ。兄上、頼む!」
「レクス、まず、俺の話が終わるまで、遮らずに静かに聴いてくれ。それからもう一度考えてくれ」
「分かった」

 俺が言うと、レクスが真面目な顔で頷いた。気迫が感じられる。怖い……俺、弟に迫力負けしている……。

「アースタロット・オンラインの露店システムに、リアル企業が参入できるようになるのと、ゲーム内部のデザイン機能拡張により、ユーザーが内部で武器や衣装デザインをできるようになるのは知っているか? YESかNOで」
「YESだ! 兄上が知っていて驚い――何でもない」

 声を上げた弟に、俺は頷いて返した。

「――国内には、まだVRデザイナー、日本はあんまりいないからな。チラシが運営会社からメール送信されてる。それで、思うんだけど、バイトを休みにした時点で、それがバレたら、レクスは実家に強制召喚だと俺は思うから、新たなるお仕事のためだという設定――いいや、事実、お仕事として、俺と課金露店を一つやってみるというのはどうだ? 内容は後ほど、YESかNOで」
「やる!!!! え、何それ、俺すごくやりたい! 逆にやりたい! あれは未成年は出せないからな!!!」
「そ、そうか。良かった。それで参入時は、オリジナル商品を企業は出せる。逆にユーザー側からの課金品は、オリジナルデザインの武器やアバター衣装となるそうだから、現在の武器なんかを、生産スキルで作れる場合、デザインスキルのレベルを上げると出せるそうだから、ゲーム内武器のオリジナルデザインを店舗に置ける。つまり、場合によってこれは、今までゲーム内通貨でしか購入できなかった高レベル装備を課金入手したりが可能ということだと俺は思う。YESかNO」
「YESだ。需要もあるが、一気に露店相場も変わるだろうな」
「うん。それで、俺とお前の参入の場合、その一としては、俺のリアルのブランドを出せる、その二は、俺がオシャレ装備みたいな生産スキル低くて良いしレベルが低くても誰でも身につけられるもののオリジナルデザイン品を出す、その三はオリジナルの料理というのかカフェかなと思っていて、その四として装備も良いかなと思う。そしてこれは、リアルの『仕事』だから、二人でやる場合、リアルで仕事についての会議を俺とお前で行って、企画検討が必要だし、リアルとの共通商品の側は、その販売戦略も考えなければならない。だから、ゲーム内部とリアルで、週に1回ずつは、1時間から3時間程度、仕事の場を設けて欲しい。これは、初期は毎日や週3かもしれないし、落ち着いたら月1などでも良い。目安だ。その、リアルの1時間、週に1回は、家で食事をしながら、あるいは外食しながらの打ち合わせが俺は良い。VRから離れて」
「そういう内容なら、週に3度、兄上とリアルで食事をしても良い。VR内もOKだ」
「良かった。VR内は、試食もあるからな。それで後に考える事ではあるけど、リアルとの共通の衣類は、モデルに着てもらう事になるから、レクスが着るか、他のモデルを探す事になるし、逆に俺としては、興味があるなら、レクスもVRデザインとか、VRショップ経営をやっても良いかなと思う。これなら、いくらやっていても執事とかも黙るしな」
「前からやりたかったんだ。兄上、教えてくれるか?」
「ああ」
「有難う!」
「その場合、リアルのソフトの練習も必要だけど、アースタロット・オンラインのユーザーデザインシステムと同じだから、ゲーム内部で練習して、リアルのVR試験で資格を取れば、どこででもデザイナーもやれるはずだ」
「!!!」
「だから、デザインの勉強をVRで開始した事は、言っておいた方が、制限もかからなくて良いかもしれないな。特に課金面の制限無しの理由としてな」
「兄上愛している!!」
「あはは。覚えるのに必要な環境とテキストもこちらであるから大丈夫だ。そのお勉強で一緒に住むと伝えた方が、波風も立たないだろう」
「そうさせてもらう!!」
「うん――確か、七月の第二週から正式開始で、1日からデモ露店が置けたはずだったな。違ったか?」
「そのはずだ。今日が六月五日だから、後一ヶ月も無い。参入登録は、六月の半ばまでと聞いた」
「ああ。デザイナーの友人が登録していて、俺も一緒に登録だけはしたから、枠はもうある。ただ登録だけで、まだ店舗名や資金を入れたりはしていないから、レクスとは早速相談して、店の規模や、さっきの俺の案は、あくまで漠然と考えていたものだから話し合わないとダメかなと思う。俺は経営はそんなに得意じゃない。レクスはそちらの専門家だと俺は聞いてるけど、教えてもらえるか?」
「俺にできることならば――俺は、てっきり、名前だけの手伝いで、VRを自由にやるための口実的位置づけであり、兄上が外からの風を遮断するための話かと思っていたが、むしろ本当に本格的にやって良いのか?」
「う、うーん、風の遮断はゼロではないけどな、俺は本格的にやって欲しいな。こう、例えばだけどゲーム内のイベントでその日は無理だというのがあるのならば、事前に別の日を自分でセッティングして続けるとか、急遽無理になった場合は、別の日を打診してくれるくらいの――ゲーム内でもきちんとした仕事観点で臨んで欲しい」
「無論だ。むしろ自分でスケジュールを立てていいなんて……これまでの人生は強要される事が多かったからな……特に会社関連は」
「あはは。まぁジャンルにもよるんだろうな。デザイン系は、自由度が高い場合は多い。代わりに、繁忙期が辛いんだ。定期的なお休みは、自分で管理しないと無くなる」
「ぶは、覚えておく」
「それが良い。後は、スクリーニングと塾は継続が良いだろう。これは行かないと風当たりが厳しいのは、お前が一番実感していそうだ」
「無論だ」
「うん。そうしたら、お前はお引越しをして、俺はこの参入のオフィスを上の空いている部屋に作っておくけど、引越しはいつにする? 俺はいつでも大丈夫だ」
「今日来ても良いか?」
「良いよ。何か手伝うか? 父上と執事には、俺からも連絡を入れるけど」
「連絡してくれるのか……助かる。本当に有難う! 大丈夫だ。俺のマンションには、最低限の衣類しか無い。家電も備え付けだったし、VRしかやっていないからな。勉強道具は学校に置いてある。引っ越すも何も退去手続きのみだ。一時間後には完了だ」
「そうか。じゃあ、そうしよう」
「行ってくる!」

 こうしてレクスが出て行った。俺は、怒涛の勢いだなと思った。
 結構熱い性格なのだろう。