【*】ゼスペリア教会の牧師


 ――事件はこのようにして終了したのだが、レクス達は王宮から帰ることができなかった。理由は、二つある。一つは、王都近郊に現れた生体兵器が、オーウェン礼拝堂の地下へと転送されるシステムが構築されていたため、その対処である。王国内部に被害が出ないように、危険な兵器は全て自動転送されるらしい。今度はこちらに、各集団が注力することになった。これは、本来の黙示録を起こそうとしていた集団の置き土産である。壊れて勝手に動いてしまっているらしいのだ。それはそうと、もう一つ。

 レクスは書類の山を見上げて、悲しい気持ちになった。
 黙々とこなしている琉衣洲を尊敬する。
 ――英刻院閣下が一時期不在だったこともあり、表の政の執務が溜まりに溜まっていたのだ。その手伝い、名実ともに補佐をするため、レクスは残っている。

 その時、扉が開いた。

「やぁレクス」

 入ってきた人物に、皆が視線を向けた。レクスが驚いたように声を上げる。

「父上、本当にいらしたんですか」
「ああ、無論だ。レクスが失礼なことをしていないか父として気になってな」

 美少年の親はイケメンなのか……と、英刻院閣下に匹敵する美貌の持ち主に、みんなポカンとした。レクスの父なのだから、ギルド総長のはずである。すごく頭の良いいい人そうに見えるが、噂によると性格の悪い自信過剰なナル気味のイケメンだという話なので、外面だと考えられる。

「それよりに琉衣洲くんも久しぶりだな」

 クライス=ハーヴェストが、琉衣洲の肩に手を置いた。絵になる仕草だが、さっきまで鑑賞していた花王院陛下がちょっとイラっとした。国王陛下達も、既に戻ってきているのである。

「手伝えることがあったらなんでも言ってくれ」
「お久しぶりです、ハーヴェスト侯爵。これが本日分で――」
「ほう」

 琉衣洲と、机を挟みラクス猊下、レクスの間にあった書類の山三つをハーヴェスト侯爵が一瞥した。そして指を鳴らす。すると書類が舞い上がった。そしてハーヴェスト侯爵が人差し指をくるくる回すと、勝手に書類に必要事項が埋まっていく。――!? 三分後には、書類が完成した状態で、整理された上で山に戻った。

「想像していたのと違い、楽で良かった」

 全員呆然とした。一番先に立ち直ったのはレクスだった。

「どうやったんだ?」
「ん? ESPで入れて、全解析して出しただけだ。PSY知覚情報処理だな。この程度は覚えないとレクスも将来困る可能性があるから、少しは研究ではなく仕事というものを意識してもいいだろうとは思うが、俺の場合もどこかの誰かに押し付けられるまでは覚えなかった。自由だ。覚えると後にやらせられる機会が増えるとだけ助言しておく」
「……――しばらくは研究に専念しようと思う」
「いや、覚えよう。今は手伝いに来ているのだからな。俺が教えるし」
「不要だ」
「おい。レクス、君はこちらの琉衣洲くんの助力のためにここにいるのではないのか?」
「俺が手伝いに来たのはその部分ではないんだ、本来」
「ならばそれ以外の部分は何か一つでも改善したと思っていいのか?」
「俺なりにはな。周囲の評価としてもそうだろう」

 その言葉に、ハーヴェスト侯爵、これまでの表情から一転して、小さく息を飲んでから笑顔になった。

「それにしてもレクスと半年ぶりに会うのが、王宮での雑用か」
「……」
「大人になったと思っていたが、レクスがまだまだ子供で俺は非常に面白い」
「おい」

 ハーヴェスト侯爵がニヤリと笑い、そんなやりとりをしていた時、英刻院閣下が今も使っている宰相執務室から出てきた。そしてハーヴェスト侯爵を見た。

「久しぶりだな」
「ごきげんよう、英刻院閣下」
「よく来てくれたな、歓迎する」
「――手伝いに呼ばれる程の仕事はなかったな。本当にあれで本日の仕事は全てなのか? 外部委託でもしているのか?」

 何とはなしにという感じで続けたクライス侯爵の声に、英刻院閣下がハッとした顔をして、それから完成している仕事の山を見た。そしてクライス侯爵をみて感動したように瞳を輝かせて微苦笑した。

「本当に手伝いに来てくれたのか……」
「ああ」
「では、ほかも全部頼む」
「――ん?」

 瞬間、パチンと藍洲が手を鳴らすと、右側の壁が消え、書類だらけの部屋が現れた。
 全員引きつった。汗を流している。何だあの山は。
 唯一ハーヴェスト侯爵のみ苦笑して、直ぐに先ほどのように指を鳴らしてから、くるくると指を鳴らし始めた。いっきに山がまず整頓され、それから書類が宙を舞う。

「――英刻院は相変わらず、統計が致命的に嫌いらしいな。全部後回しにしてある。年度末どころか月末に呼吸できていたのか? 最近は最下層からの天才勢が三名いる」
「ほう、羨ましい限りだ。そういえば長老二人に土下座したとかいうのはそれか?」
「ああ、そういえばそうかもしれんな。ケーキか何かを奢った覚えがある」
「ああ、やつらは甘党だからな。ケーキで三名も貸してくれるのか。それは良い事を聞いてしまった――これはちなみに、全体の何割だ?」
「十分の一だ。今月の。年度末までに行くとあとかける十回となる」
「――俺が本気で手伝うと思っていなかったのに、英国院、お前、これどうするつもりだったんだね?」
「今は、お前に今週中に年度末分までやってもらって安心することに決めた」
「……」
「とりあえずそれでいいだろう」
「――仕事ができる英刻院閣下という評判を聞いて、やっと覚えたのかと思っていたら一切その気配がないが、一体どこから流れてきたデマなんだ? 金で爵位を買ったとか、顔で爵位を買ったとかよりすさまじいデマだ」
「俺以下のやつらばかりということだ。ハーヴェスト侯爵、頼むから王宮に来てくれ。お前がここでずっと指をくるくるさせてくれているとわかったら、今後についての悩みは消失する」
「――レクス、ESP演算は解析済みのようだが、左端からちょっと頼む」
「嫌だ」
「……やはり良い。俺が年度末分まではやる。お前ら適当に座っていろ、気が散って邪魔だ」

 翌日からもそういう状態が続いて、三日ほど経過した。
 そしてその日の、良く晴れた午後のことだった。

 ふらっと気配なく誰か入ってきたので、皆何気なく見た。
 ゼクスである。

「父上、忘れ物だ」
「やぁゼクス」

 クライス侯爵は、笑顔で手を伸ばし、ゼクスから一冊の本を受け取った。
 タイトルは――『ゼスペリア教会の牧師』である。


 このようにして、彼らの一つの日常は幕を閉じ、また別の日常が幕を開けたのだった。





【終】