【11】使徒オーウェンの恩赦式典――使徒ゼストの激怒――


 全員の脳裏に、内蔵をどろどろにとかされ、皮膚を業火で焼かれ、内も外もドロドロになるのに、ゼスペリアの青ですぐに治癒され、また同じ目にあっている犯罪者の姿が過ぎった。本人達は、最早先程までとは異なり、実際にそういう目にあっているとしか、感じ取ることができなくなっていた。先程までとは威力が違うのだ。見ていた全員にもそれは理解できた。壮絶なゼスペリアの青から――怒りがにじみ出ていた。神聖な怒りだ。ここまでにもそういう物はあったが、質が違う。脳まで焼き尽くされ耳から溶け出すのに治癒する。意識を決して失う事ができない。その上、使徒全員がその場を取り囲んでいた。ランバルトは聖剣で時折落雷させるし、使徒ハルベルトはロンギヌスの槍で人々の骨を粉々に砕く重力操作を行っている。激怒しているルシフェリアからは強烈なPKが漏れ出しているし、ミナスとクラウも体の一部だけ治癒させるなどして苦痛を煽っている。全員が、怒っているのだ。その中でも怒っているのは、無論ゼストだ。使徒ヴェスゼストだけがその場にはいない。優しいヴェスゼストには見せないし、これは、ヴェスゼストのためにみんなの気持ちを残したからだと伝わって来る。

 みんなの気持ちを、友情を、なによりゼスペリアへの想いを守ってくれるヴェスゼストを阻害した者は、決して許さない。他の誰が許しても、ここにいるメンバーが許さない。ゼスペリアが許すと奇跡的に言ったとしても絶対に許さない。死なせてやらない。死んで楽になどさせてやらない。永遠に再生し焼かれ続けドロドロになり、苦痛を味わうだけの日々を送れ。これを聞いた者は、どこに居ようが生涯この夢を見続ける。もしもこれをゼスト・ゼスペリアの血を引く者から聞いたならば、目を開いていても、この悪夢からは永劫逃れられない。ヴェスゼストの代理がいる限り、友としてゼスト・ゼスペリアはヴェスゼストの想いを引き継ぐ者を守り続けるし、阻害する者には死ぬより辛い苦痛を与え続ける。そしてもしもこれを偶然目撃した者がいたならば、覚えておくといい。我が友ヴェスゼストを害するという事の恐ろしさを。使徒全員が糾弾する。なによりゼスペリアの器たる使徒ゼストが、決して許さないという事を理解すべきである。死なせてくれと泣き叫ぶ人々をよく見ておくと良い。

 ゼクスの祝詞は、ほぼ警告文だった。脅迫文にも近いが、そう書いてあるのだから誰も何も言えない。ただ、「殺してくれ」と、犯罪者全員が泣き出したのをしっかりと見た。誰もの背筋に怖気が走り、ゼスペリアの青だというのに、しかも攻撃形態ではないというのに、何故なのか畏怖して凍りついた。衝撃的すぎた。

 火傷した肌にラファエリアに硫酸をぶちまけられたり、傷口を双子の義兄弟にえぐられたりしている人々の断末魔――なのに直ぐに再生する。確かにこれは、どう考えても死んだほうがマシだった。そう考えていた人々は、その時そこへ現れたヴェスゼストを見た。驚愕した顔をしたヴェスゼストが、「やめてあげろ」と言った瞬間、一同は動きを止めた。そしてゼストが微笑した。やっぱりそう言うと思った、と。ヴェスゼストの優しさに免じて悪夢だけで許してあげようか、それとも永劫やり続けようか。それは、その時の法王猊下とゼスペリア猊下の判断にお任せしよう。ただし、ゼスペリアの器は、永久にこの夢をヴェスゼストを阻害した人間に見せる。絶対に許さない。これは、使徒であり、友である自分達の総意でもある。

「よって、二度とヴェスゼストの代理に近づくな――使徒ヴェスゼストを苛む者へ」

 ゼクスがそう口にしてOtherが弱まった瞬間、全員が大きく息を吐き、犯罪者は皆座り込んで泣き出した。喉が焼かれている感覚が残っていて声が出せなくなっているようだった。見ていた民衆でさえ、泣き出した者もいる。そして使徒ゼストの優しいイメージが崩れたし、ゼスペリア十九世猊下の優しいイメージも砕け散った、が、逆にそれが民衆には神秘的に思えた。自然体なのだ。友のために怒る、だとか、そういう、偽善的な部分がない使徒ゼストは、まさしくゼスペリアの器であるように感じられた。

 続いてゼクスが、イレイス猊下を一瞥してから、断罪者の黒猫の瞳を読み始めた。
 民衆は、これも初めて聞く。
 最初に見えたのは、黒翼だった。巨大な鴉のような羽が、闇の中に存在した。
 それが次第に大きくなっていき、全てを黒い羽で埋め尽くしたあと、緑色の瞳が見えた。ヴェスゼストの瞳と同じ色をしていたが、徐々に小さくなっていき、それは黒猫の瞳であることがわかった。最終的には、金色の瞳に見えるようになった。

 黒い猫は、路地を歩いていく。そして、先程響いた破門の福音を唱えているヴェスゼストの背後を通った。ヴェスゼストは、教会を出て行く破門された聖職者を見送りながら、憂鬱そうにため息をついている。黒猫は、しばらくその姿を眺めてから、破門された者が歩き去った方向へと進み始め、ヴェスゼストが見えなくなった頃、走り始め、最終的に姿が消えた。そして次の光景で、破門者の正面を横切った。気づかずに破門者は歩いていくのだが、路地を超えるたびに、目の前を黒い猫が通る事に次第に気づいた。

 それを見ていた周囲は、直後、目に見えない闇が周囲を覆い尽くしていることに気がついた。壮絶な気配だった。ゼスペリアの青の清浄化の逆をゼクスが発しているのだ。恐怖にどんどん周囲は汚染されそうになっていくが、あくまでも祝詞であるから、犯罪行為のような汚染は引き起こされない。最初、犯罪者や暗部を知る者達は周囲の闇猫の気配かと思ったが――違った。映像の中に、次第に青い目の猫が一匹紛れ込み、さらに猫の大集団が覆い尽くしていて、それらが背徳者の周囲を囲んでいたのだ。最早一匹ではない。青い目の猫は一匹だけだが、他は金と緑の瞳だ。さてこの青い瞳――完全にゼスペリアの青だった。その上、猫なのであるが、黒い羽が二つ生えていた。その瞳の中に、使徒ゼストが映っている事に周囲が気づいた瞬間、その場に圧倒的な殺気が膨れ上がった。実力が高い闇猫や黒色でさえ、その映像だと理解しているのに放たれた気配に硬直した。

 しかし殺気は一瞬で、続いてすぐに、絶望感が襲ってきた。

 猫の瞳の中でゼストが笑った瞬間、背徳者は横たわったのだ。さらに猫が瞬きをした瞬間、その場には背徳者が溢れた。皆、地面に横たわっている。聞いていた犯罪者達は自分自身が横たわっている感覚になった。そしてそこに猫達が群がり、青い目の猫以外のすべてが、背徳者達の腹部を食い破りはじめた。内蔵を引きずり出して食べていく。その内に紅い目の鴉が飛んできて、仲良く食べ始めた。すると、遅いぞルシフェリア、なんていう声がしたものだから、周囲は息を飲んだ。その瞬間、今度は全員が、黒色が動いたのかと誤解する大轟音がした。ハーヴェストクロウレクイエムと呼ばれる、殺気特有の聖なる歌が流れ始めたのだ。闇猫の殺気には音がないのが音、といえるようなものなのだが、こちらはあからさまな大轟音なのである。これを聞いたら、生きては帰れないと現在でも多くが理解している。ゼクスが隊長だと今日まで知らなかった人々も、ゼクスから直接発せられたこの歌は聞いたことがあり、結果三秒で真正面の人型生体兵器が爆発した鮮烈な記憶があったりした。

 その内に生きながら食べられていた背徳者達は、腐り始め、体に蛆が湧いていった。皮膚の上を虫が這いずり回る感覚がする。そうして全員が、意識を持ったまま、肉体的な死を理解した。すると青い目の猫も鴉もいなくなり、また、最初の通りに、緑色と金色の瞳の猫だけになった。だが、沢山いる。見れば、ヴェスゼストが、唖然としたように、背徳者の遺体と猫達を見ていた。ヴェスゼストはしばらくそれを見ていた後、「全く心配性だな」と口にして、現在でも闇猫が用いている金色のラインが入った長い十字架を手に空を見上げた。PSY融合兵器であるが、とてもそうは見えない。ヴェスゼストは、猫をもたらしてくれたゼストの事を想い、さらに残響しているハーヴェストクロウレクイエムに苦笑しながら、十字架を下ろして苦笑した。もう――一人で強く、きちんと悪を排除できる。そのつもりだ。けれど。その部分が強くなったから、だから今は言える。一人では不安だから、一緒に闘って欲しいと。自分の弱さを公言できるレベルになったんだぞと、ヴェスゼストは空を見上げて苦笑したまま、静かに泣いた。そして朽ち果てていく、永遠に救済されない事が決定した背徳者の遺体を見下ろした。もう彼らにはゼスペリアの光は届かない。二度と許される機会は無く、地獄において苦しみ続ける事が決定したのだ。その死を見送り、ヴェスゼストは胸の前で十字を切った。どうか、なるべく楽な地獄の土地に堕ちますように、だなんて一人で考えて、目を伏せた。すると、ヴェスゼストが手にしていた金の十字架が闇の中に浮かび上がり、地獄において、背徳者達を磔刑にしている光景が過ぎっては消えていった。どうやら楽にはなれそうにないなと、使徒ゼストの声が遠くから響いて、それから鴉の羽の音がした。

「こうしてゼスペリアの光を失った背徳者は、永劫、断罪者の猫の十字架によって地獄で苦しみ続けることとなった――断罪者の黒猫の瞳」

 その祝詞が終わった時、多くの犯罪者達は、腰を抜かしていた。周囲に闇猫と黒色の気配が溢れかえったままであり、体中には虫が這いずり回る感覚がそのまま残っていた。それは本物の闇猫や黒色も感じ取って驚愕している事実だった。祝詞の効果だけで、このように大集団でしかも凄腕揃いの気配が生み出されるなど、信じられない事だったのだ。周囲がそうして呆然としていると、続いてゼクスが、メルディ猊下を一瞥した。そして言った。静かな声だった。

「それでは最後に――使徒ゼストの激怒を」

 そうゼクスが言った瞬間、全員が青空の下の大自然の中にいた。
 非常に清々しい空気の中、笑顔の使徒ゼストが立っていた。
 そして言った。

「死ね」

 瞬間、ブツンと音がした。そして犯罪者達は一斉に気を失った。
 周囲もゼストのイメージからすぐに解放され、同じ一言を口にしたゼクスを見た。
 二人の違いは、ゼストは笑顔、ゼクスはどうでも良さそうな顔という部分である。

 一拍おいて、周囲は理解した。使徒ゼストの激怒は、簡潔なのだ。
 友人等のためならばネチネチやるが、ゼストを怒らせると一瞬で死ぬのである。
 それも笑顔で、PSYにより頭部を破壊されるようだと直感的に理解できた。
 ゼクスはどうやら、殺さない程度に抑えて唱えたらしいというのも分かる。

 ――モニターにも『通常は死にますが、ゼクス猊下のご慈悲で気絶程度となりました』と表示されている。

 笑顔も恐ろしいが、殺気も何もなく、普通にゼストはぶち殺した。
 ランバルトのような正義感だとか、ヴェスゼストのような優しさだとか、そういうものはゼロだった。完全に頭にきたからぶち殺したのだというのが、見ていた人々には理解できた。不可思議な感覚であるが、なんとも正直な使徒ゼストに、民衆は何だか笑ってしまった。先程までのような不快感や恐怖は消えている。本当にあっさりとあの世に送った感じだった。それに呼応したわけではないだろうが、気絶している犯罪者全員を、冷や汗をかいている橘元帥が天才機関横の専用拘置所に集団テレポートさせた。そうしたら、犯罪者達が意識を取り戻した。見ればゼクスがOtherの青で回復していた。

「……――最後は非常に短いですが、全文だそうです。これにて宗教院からの背徳者への祝詞は終了とします」

 気を取り直したような声で、レクスが仕切りなおした。
 このようにして、オーウェンの恩赦祝典の影での逮捕劇は幕を閉じた。