【10】使徒オーウェンの恩赦式典――ヴェスゼストを苛む者へ――


 しばしの間、普通の表情でそんな人々を眺めていたゼクスは、それから橘元帥を見た。すると我に返ったように、橘元帥も瞳にためていた涙を拭ってから言った。

「――ゼスペリア猊下執務院から盗難届が提出されていた。ゼクス猊下ご本人が復古した聖遺物である『使徒ゼストの朝』という、今この場に集められて、破門の福音を聞かされた者達が身につけている十字架だ。執務院地下二階倉庫にゼクス猊下が保管されていて、宗教院と貴族院・法務院に復古登録もなされていた品である。よって捜査した結果、二階倉庫の防犯カメラ映像に、当該十字架を窃盗した人物が映っていた。それはメルディ猊下である。自分はゼスペリアの器であるから、使徒である枢機卿の皆様にお渡しすると言っていらしたが、全てゼクス猊下の所有物であり、メルディ猊下は、宗教院・貴族院・法務院の全法律により、窃盗行為を働いたと認定され、判決として、禁固三十年、実刑判決だ。並びに、ゼスペリアの器なのだから配布するべきだと進言した枢機卿議会議長の映像もあり、窃盗教唆によりこちらは禁固十五年である。さらに受け取った全員が、捜査の結果、それがゼスペリア十九世猊下が復古した品であると認識していた事実があるため、盗品と知って受け取っていたことも明らかになっている。映像証拠が大量に残っている。例えば、ゼスペリア十九世の復古物だとしても、メルディ猊下が器なのだから、等と語っているものも多くある。しかし法律上、無論ゼクス猊下の所有物である。なので、その他の持っている全員は、禁固十年となる。まず、これが一点目である。他にも複数の逮捕拘束礼状が出ている。聖遺物関連の事柄であるので、続いてレクス伯爵に補足をお願いする」

 橘元帥の声に頷き、レクスが目を細めた。

「まさしく今の福音にあった洋服泥棒と呼ぶしかない背徳者が二名、まず二点目としてあげられる。それは、枢機卿議会議長とイレイス猊下である。この二名およびメルディ猊下はさらに複数の罪を犯しているのですが、まずは一つずつご説明いたします」

 レクスはあからさまに溜息をついた。

「さて、議長とイレイス猊下は、現在それぞれ、使徒ヴェスゼストの腕輪とカフスを身につけておられますが、これもゼスペリア猊下執務院二階から盗難された品です。ヴェスゼストの遺物は、法王猊下の出生家が管理するのが通例であり、管理不能時はゼスト家となるのですが、つまりランバルト大公爵としてもゼスト家当主としても、その二つの聖遺物は、ゼクス猊下の管理している聖遺物です。法王猊下が本来特別な式典で身に付ける遺物を、ヴェスゼストの代理ではない聖職者が持ち出した場合、宗教院は極刑と決定しています。よって、お二人は禁固の刑罰のほか、ゼスペリア教会法の極刑である実刑二百年が上乗せされます。続いてイレイス猊下ですが、まずクラウ家代理をなさっておられましたが、シルヴァニアライム枢機卿の不在により、使徒クラウの十字架もゼスト家が管理していたのですが、こちらも盗難なさった証拠映像があります。さらに、使徒ラファエリアの聖遺物は、全てラファエリアの意思で、ゼスト・ゼスペリア猊下に継承・配布をして欲しいとの理由から、ゼスト家が継承しているのですが、何故なのかこれらの管理遺物も盗難されていて、盗難届を出している全ての品をイレイス猊下が身につけておられます。ラファエリアの末裔家のご出自だからかと誤解していた者も大勢いたようですが、映像証拠としても貴族院を含めた全公的機関の認定としても、それは、ゼスト家所有物の窃盗となるため、さらに極刑が上乗せで、イレイス猊下はプラス二百年の実刑です。そして何よりの恐れ多い大罪を犯しておられるメルディ猊下ですが、現在メルディ猊下は、聖遺物の中でも最高位の一つである『使徒ゼストの青き光の十字架』を窃盗して身につけておられます。それはゼスペリア十九世猊下の正式な継承物であり、使徒ゼストの末裔筆頭の継承する使徒ゼストの聖遺物の窃盗は、極刑ではなく、処刑が義務付けられております。よってメルディ猊下は磔刑となります。並びに、先程の破門福音で、ここにいる全ての窃盗者たる背徳者は破門であり、宗教院およびゼスペリア猊下執務院からの抗議により、悪質だという判断を法務院も判断したため、枢機卿議会のこの窃盗騒動に関わった十字架保持者全員を禁固二百年とする事になりました。同時に、ヴェスゼストの聖遺物の窃盗行為に際して、議長とイレイス猊下はそれぞれ『法王猊下が死んでも自分がいるから大丈夫』や『黙示録の第二使徒は自分である』といった聖職者としてあるまじき発言および、記録映像検証の結果、ローランド法王猊下を暗殺しようとしていたと取れる言動があったため、メルディ猊下同様、処刑となります。また、使徒ゼストは、自分をゼスペリアだと名乗った事はなく、あくまでも『器』として行動していたため、『暗黙の第十三使徒』と呼ばれているにも関わらず、自分を使徒ゼストの写し身だと触れ回った点においてもメルディ猊下は処刑です。使徒ゼストの写し身が、自分でそんな発言をするわけがないという判断が下っています。この処刑者三名は、現在の黙示録様相の不安定な王国情勢に不要な混乱を招いたという王国に対しての犯罪行為としても、極刑です。なお現在軍法院において、前法王でありイレイス猊下の祖父であるラファエリア猊下も取り調べ中とのことです」

 モニターに証拠映像が完璧に出ているため、誰も反論出来なかった。別のモニターには盗難届や法務院の判決状まであった。いつの間に取得していたのかは、誰もわからなかったし、それをいうなら貴族爵位の剥奪等もそうではあるのだが、言葉を失った全員はただただ滝のように汗を流しているだけだった。見守っていた全員も多くがポカンとしていたが、罪状と法律の表示を見ると納得するしかないし、彼らに擁護できる部分などなかった。

「ただし、ゼスペリア十九世ゼクス猊下とローランド法王猊下、配偶者の英刻院舞洲猊下、花王院国王陛下、ゼスペリア猊下執務院、宗教院の今後発足する新枢機卿議会、完全復帰後の王都大聖堂、新ゼルリア島大教会の全ての許可があった場合のみ恩赦がございますが、王都大聖堂を任せられている王都直轄特別枢機卿の俺個人は、恩赦許可にサインする予定はゼロです。何故ならば、背徳者を通り過ぎて、試練を受けるという救済さえ与えられるべきではない、堕天使の化身だと個人的に認識しているからです。ヴェスゼストの優しさとゼストの想い、ゼスペリアの心を汚すような悪であり、断罪者の猫が、おそらく刑罰よりも先に、ゼスペリアの怒りを届けると確信しております」

 きっぱりとレクスが言った時、全員が絶望的な顔をした。闇猫が殺す用意をした事に気づいたからだ。ここを出るまで生きていられるかさえ不安であり、逆に軍法院の透明な拘置所バリアが救いの盾にさえ思えた。

「まず、ヴェスゼストの聖遺物を身につけているお二人には、宗教院は破門した処刑が確定している犯罪者に対して祝詞を行うという規定により、最初に今回復古された使徒ゼストの福音書から、使徒ヴェスゼストを苛む者へ――これをゼクス猊下がお読みになるそうです。その後、イレイス猊下には、使徒クラウおよび使徒ラファエリアの聖遺物をゼスト家から窃盗した罪への祝詞として、特別にこちらもゼクス猊下が復古なさった使徒ヴェスゼストの外典から断罪者の黒猫の瞳を唱えていただく事になっております。最後にメルディ猊下には、使徒ゼストの福音書から、使徒ゼストの激怒を。さらにそれぞれに指定してはありますが、今ゼスペリア十九世猊下の目の前にいる人間全員へ向けての祝詞でもあります。地獄に堕ちる前に、じっくりとお聞きください」

 淡々と無表情でレクスは言ったのだが、その内容と、逆にその声や表情が冷酷に見えて、周囲は震えそうになった。レクスが、ハーヴェスト侯爵家の人間であると、ふと思い出した人間が大勢いた。使徒ルシフェリアは、自分の信じる正しき事を曲げないのだ。彼もまた、悪を許さなかったらしいという民間伝承がある。東方ヴェスゼスト派では悪役扱いだが、実はルシフェリアの民衆人気は昔から高いし、先程の祝詞の映像などでその観衆の感情は高まっていた。その隣で、ゼクスが一度深呼吸してから目を閉じた。

 そして開いた時、凄まじい冷気とゼスペリアの青が周囲を埋め尽くした。