【4】合流
さて――時東は地下の物音に気づいた。
……?
そこは、ハーヴェスト侯爵家とタイムクロックイーストヘブン大公爵家の共通の地下部分であり、ザフィスの研究室がある。しかし、自分以外が、これまでに入ったことはないのだ。誰だ?
そう思い、それとなく、さらに地下へと降りる。
「――? レクス伯爵?」
「時東先生……?」
そこには、ゼクスの点滴を取りに来たレクスがいた。
二人が近距離で迫ったのは、ルシフェリアのサイコメモリックが消えた直後である。
「何故ここに?」
「ここは俺の家の地下だ。まぁ、レクス伯爵の家の地下と言っても良いだろうが」
「それは分かっている。ここは、ザフィス=ロードクロサイトの『ギルド』での研究室だ」
「そうみたいだな」
「ザフィスお祖父様が、いくら優秀とは言えギルドの部外者にここを教えるとは思えない」
レクスはそう口にした後、ルシフェリアの言葉を思い出して、息を飲んだ。
「ロードクロサイト議長……?」
「――レクス副議長……お前、俺がそうだと知らなかったのか?」
「頼む兄上を診てくれ」
普段だったらレクスも何か言い返すのだが、この時レクスは必死だった。
そして時東――ことロードクロサイト議長は、それがゼクスだと判断して目を見開いた。ゼクスに何かがあったのだろうかと、不安になる。
こうして、急いで階下へと戻った。
そしてゼクスの点滴を見て、時東は、青ざめそうになった。
なにせ、余命が本日だと判断したばかりのZXの点滴類と同じものを、ゼクスが付けていたからである。幸いだったのは、ゼクスが再び、眠っていたことだろう。
「兄上は助かるか?」
「……」
「――ロードクロサイト議長と合流後に、王宮へ行けと言われた」
「……」
通常だったら、『誰に?』と、聞いただろう。
だが、時東には、この時、そんな余裕は無かった。
「一度先ほどの部屋に戻ろう」
時東の言葉に、レクスが頷いた。
階段を登る。
そして暗い室内に入ってすぐ、時東がどうやったのか、研究室の明かりをつけた。
それはレクスも知らない手法だった。
実はここは、完全PSY建築なのだ。
明るくなり、ソファの存在が明らかになったので、レクスは座った。
そこで時東が、巨大な銀色の低温保存バックを三つとスポーツバック、白いカバンを一つずつ取り出すのを眺めた。時東は、それらを全て、正式展開させた。
それから冷蔵庫を開き、まずは内部を漁った。
既にレクスがゼクスに使用したので二段目と三段目は空いていたのだが、時東は一段目の箱に入っていたアンプル数種類を箱ごとごっそり取り出し、カバンに入れた。
続いて一番下の野菜室のような所に入っていた三つの黒灰色の箱も手に取り、蓋を開けて一度中身を見てた。そしてそれもしまった。さらに、冷蔵庫の横の壁を押した。
そちらを見て、レクスはポカンとした。
そこには巨大冷蔵庫なのか――ガラス張りの低音処置がなされている棚があり、冷蔵庫に入っていたものと同じZXや意識不明時と書かれた箱が大量に入っていたのだ。時東は十段あるそれぞれの右のボタンを押した。すると全てが黒い小さな箱に収納された。数にすれば千単位であっただろう点滴類が十個の箱になり、それも銀色の低音カバンに収納された。その壁を戻し、今度は時東は冷蔵庫の逆側に立った。そして、そちらの壁を押すと、今度はびっしりと上から三段ほどファイルが並んでいた。そちらの壁の取っ手を回すと、それらは白い箱に格段三つに縮小した。時東はこれらを普通のスポーツバックのようなものにすべて押し込んだ。
そしてさらに下の段は、なにやら持参していたらしき鍵で開けた。
すると一段目に箱があるのがレクスには見えた。迷いなく時東が開ける。
そこには虹色に光る銀の鎖がついた、丸い黒曜石の首飾りがあった。時東はそれを首から下げた。それがなんなのかレクスには分からなかった。時東は、空箱をスポーツバックにしまう。
その下の段には、黒いアタッシュケースがびっしりと入っていたのだが、これは一つずつ取りだし、白い四角の横掛けカバンに規則正しく並べてしまった。
そして最後の段の、左端にあった木製の箱二つは、スポーツバックに、これだけはきちんと入れ――残りの古文書じみたものや巻物、ファイル、乱雑な紙の束はスポーツバックに適当につっこんだ。
その後、今度は上から通じる階段側の壁を押す。
するとこちらには、セットになったものとは異なる――大量の点滴類があった。
巨大な空間にびっしりと並んでいるこちらのものは、横のスイッチ三つを押した時、白い一つの球体になった。時東はそれを、新たな銀の低温保存バッグにしまった。
これで銀のカバンは二つ埋まった。
そして下の段にずらりと並んでいた試験管は、横の二つのボタンを押すと銀色の球体にまとまった。これを最後の低温保存バックに入れた。
こうして時東の目の前に、合計六つのカバンが並んだ。
それから冷蔵庫から取り出したものと、左壁から取り出したものが入るバックの二つに、時東がPSY完全保管処置を発動させたのをレクスは見た。そのPSYの光が消えると、空中に、七つの丸い黒曜石つきのペンダントが出現した。内一つを自分でかけ、レクスとにも一つ渡す。
「今後、これを握って、『出てこい』と言えば、点滴全種と栄養剤、鎮痛剤、注射器と点滴台もセットで全部出てくるから、万が一の時は使え。基本的には橘が持ってきたカバンの状態で出てくる。それで使い終わったら『消えろ』といえばカバンが消えて、在庫が尽きるまではカバンに勝手に補充されて、毎回出てくるようになる。残りの五つは、ゼクス本人とラクス猊下と政宗と高砂と橘宮に渡しておく。高砂とレクス伯爵は万象院とギルドで点滴する知識は学んでいるし、橘も一応医師免許を持っているからな。他三名はプロだから問題ない」
その言葉に非常に安堵して、レクスが頷いた。
「それとザフィスがこれまで管理していたロードクロサイト当主び資料と、俺の親側のタイムクロックイーストヘブン側の資料、それらが今、俺が所持しているカバンに入っている。他にも医学関連資料があるんだが――多くにPSY遺伝病の知識や血統関連情報が入っている。なのでしばらく俺が預かる。黙示録だのを俺は信じないが、敵集団がいるのとゼクスが病気なのは確かだから、それが落ち着いたら、回復したらザフィスに、しなかったら、ロードクロサイト分はゼクスかレクス伯爵、あるいはハーヴェスト侯爵に返還する。ザフィスとの間で有事に俺が引き受けて情報把握し、有事終了後に返却する書類は既に作成済みで、貴族院に正式に保管してあるから心配はいらない」
レクスはこれにも頷いた。
そしてザフィス神父と正確に時東がやりとりしていたと確信し、逆に安堵した。
続いて残りの球体が二つ入った銀バックを、時東が指を鳴らして亜空間収納した。その鍵として現れた銀の指輪を二つ、時東が右手の人差し指に嵌める。その後再度指を鳴らすと、青いスポーツバックが青いピアス、白いカバンが白枠のダイヤのピアスになり、時東はそれを右耳にはめた。おそらくそれらが研究資料なのだろうとレクスは判断した。
それから下の階に戻り、時東が大きく吐息した。
「王宮に行けと言われたんだな?」
「ああ」
「――王宮には、医療院置換システムが存在すると聞いている。今、医療院は逆に目立つかもしれん。王宮は逆に安全に思える」
「事実か?」
「ああ。ただ、ゼストの指示なら夢に痕跡があるかもしれないから測定後に移送しよう」
「頼んだ――このルシフェリア礼拝堂には、オーウェン礼拝堂への転送システムがあるそうで、オーウェン礼拝堂とは、王宮のことであるらしい。昔聞いたことがある」
レクスがそう言って、壁の模様を見た。
時東が頷く。時東が腕輪型装置に触れてから、小さく頷き転送許可を出す。
こうして――眠っているゼクスを連れて、二人は移動した。
二人のそんな姿を高砂が探知していたため、王宮ことオーウェン礼拝堂では、ベッドつきで、ゼクスを迎える態勢が整っていた。逆に時東とレクスが驚いたほどである。
――そして、時東が処置を始めた。
時東が一息ついたのは、それから五時間後のことだった。